リクエスト | ナノ


サーモンとキノコと柚子コショウのペペロンチーノ

柄にもなくポカポカ陽気に誘われたせいなのか、政宗は偶然にも彼女と出会った。

「なんで会っちゃうかなぁ……」
「なんで休みの日までオメーと顔をつき合わせなくちゃいけねえんだろうな」

一件の小洒落たカフェの一角で、政宗と華那は顔をつき合わせている。本当に偶然だった。このカフェの入り口でばったりと遭遇してしまったのである。別にわざわざ別々に入る理由もなかったので、なんとなく一緒にお店に入り、なんとなく一緒の席に着いたのだ。店員さんに聞かれたときも、別にこれといって他人だと言う理由もなかったので、つい「二人です」と言ってしまったのが数分前だったか。

「………一緒の席に座る必要性は全くなかったのにねぇ」
「なんで座ってんだろうな、俺達………」

ハァ……と重く長い溜息を吐く二人は、この小洒落たカフェにはあまりにも不釣合いだった。周りを見回すと現在がお昼ということもあり、見事にカップルだらけで居心地が悪くなる。

―――ま、俺達も傍から見ると同じように見えちまうんだろうな。

ただそんな中でも一人寂しく食べる輩もいるわけで、男は華那のほうを、女は政宗をチラチラと盗み見していた。二人とも外見には少しばかり自信がある。政宗の場合は少しばかりではないかもしれないが、少なくとも華那は「少し」程度にしか思っていない。

が、いくら本人がどう思っていても周囲には関係のないことだ。そんな連中から常日頃好奇の目で見られることが多いせいで、もはや慣れっこと化していた。しかしそれが無性に腹が立つというか納得がいかないと言うか、理由はわからないが、とにかく気に入らない。二人とも自分のことなら平気なのに何故か政宗には華那が、華那には政宗がそういった目で見られることに不満を抱いていた。お互いがそう思っていると気づかず、今日も内心で不満という名の風船を膨らまし続けている。

「あーあ、目の前にいるのがこじゅなら、どれほど幸せだろう……」
「テメー、まだ小十郎のことに憧れていやがったのか……」

華那は政宗に仕えている片倉小十郎に昔から好意を抱いている。それは誰の目から見ても明らかなもので、小十郎自身も華那のことを年の離れた妹のように可愛がっているせいか、本人はさほど嫌そうにしていない。昔からそんな二人のやりとりを見ていた政宗は、複雑な思いを抱いていた。

「だって政宗と違ってこじゅはかっこいいじゃん。大人の落ち着きっていうものがあるじゃない」
「そりゃあただ華那がガキなだけだろ」
「なにおぅ!?」

言うが同時にお互い火花が散るような感じで睨み合うこと数秒。険悪な雰囲気に負けじと、健気な一人の店員が二人の横に立った。

「あの、ご注文の品ですが……」

政宗と華那が注文した物は季節限定のパスタである。目の前に鼻を擽る良い匂いが漂ってきたことで、二人は無言で一時休戦状態に入ることを示した。しばらく黙々とパスタを口に運んでいく。口の中でパスタの味を味わっていた華那は、次第に眉を八の字にさせた。思っていた以上にあまり美味しくなかったのである。

「見た目は美味しそうなんだけど……味はイマイチ」
「そうか? 値段を考えたらこんなもんだろ」

食べた感想がこれである。不満そうに口を尖らせる華那に、こんなものだろうと政宗は諭した。手ごろな値段のことを考えると、あまり贅沢は言えないものである。

「なんかねー、政宗のせいで舌が肥えたみたいなんだよね」
「この俺の料理を食ってりゃ、舌も肥えるだろうぜ」

外見や性格に似合わず、政宗は料理を得意とする。その腕前はずば抜けていて、それこそそこらのお店で食べるより美味しいのだ。たまに趣味といっては創作料理にチャレンジするほどである。そのたびに華那が試食係として政宗の家に呼ばれるのだ。

「だからさー、外で食べても美味しいって思うことがなくなってきちゃって」
「そりゃヤベェな」
「政宗と結婚する人、幸せ者だろうねぇ。でも一緒に暮らすのは大変そうだ。政宗ワガママだもん」
「華那と結婚した奴は可哀想だろうな。オメー家事は得意じゃねえだろ」
「煩いな黙れ」
「安心しろ、最悪俺が貰ってやるよ。それにだ。華那は俺に惚れてんだろ?」
「同情で貰ってなんかほしくないやい。そもそも誰が政宗なんかに惚れるか!」

政宗は目の前で食べる彼女よりも食べるスピードが早かった。まだ華那のパスタが三分の一しか減っていないのに対し、彼のパスタは既に半分ほど消化されている。同じように話しながら食べているのに、どうしてこれほど差ができるのか華那には不思議でならない。

「あーあ……恋したいよぅ」
「結局はそこかよ。つか華那の好きな野郎は小十郎だろうが」
「政宗だって恋したいでしょー? 好きな子の一人や二人、いないの?」

二人もいたら男として軽蔑されるのではないのかと言いたくなったが、大して気にも留めずスルーした。

「俺だって好きな女はいるぜ?」
「でも女ったらしの言うことなんて信用できないよ」

いつだって政宗の周りには女の影がある。どこまで手を出すのかは全く分からないが、華那は美味しく頂いて終わりなんだろうと漠然と思っていた。だが今まで背後を狙われたことがないことを踏まえると、それなりに付き合い慣れているはずである。

「悪ィがそいつは本命なんだよ。だからこそ、大事にしたいっつーか……手が出せねえっつーか……」
「女の子キラーが未だに手を出してないなんて……すっごく大事にしてるんだぁ。で、どんな子なの?」

パスタを食べる手を止め、華那は好奇心で瞳を輝かせながらずいっと身を乗り出してきた。華那とて年頃の女の子なので、やはり色恋沙汰には目がないのだろう。こういう場合いつもなら当たり障りのないことを言ってあやふやにするのだが、今回は相手が悪かった。こういった話になると、元々噂好きである彼女は一歩も引かないのだ。最初は言いたくないと言っていても、最終的には華那の粘り勝ちで喋らざる得なくなる。

「同じ高校の子? 学年は? クラスは何組?」
「……勝手に言ってろ!」
「否定しないってことは……やっぱり同じ高校の子だ!」

先ほどよりも華那の瞳がキラキラと輝き出したように思える。従兄弟の成実とはまた違った好奇心旺盛さに、政宗はどうしたものかと溜息をついた。好きな子はいる。だがそれを言うわけにはいかない。

「なら華那はどうなんだよ。いつまで小十郎を追っかけているつもりだ?」
「うーん。追っかけてはいるけど、政宗の言う好きとはまた違うよ」

華那が小十郎を追いかけるのは、恋愛感情からではない。一種の憧れというか、芸能人を追いかける気持ちに近いと彼女自身は自覚している。

「こじゅを追いかけてはいるけど、恋愛感情の好きじゃないもん。そういう意味での好きな人は別にちゃんといるもん」
「What!?」

華那の爆弾発言に、パスタをかっ込んでいた政宗は突然声を荒げる。だが次の拍子にパスタを喉に詰まらせ、彼は声にならない悲鳴を上げた。見るに見かねた華那がさっと水が入ったコップを差し出すと、彼は乱暴にそれを受け取り一気に飲み干す。

「はあ……はあ……。この俺がpastaを喉に詰まらせるとはな……coolじゃねえ」
「なんでそこまで驚くかなぁ?」

華那は苦笑しながら人差し指で頬を掻いた。

「どんな奴なんだ!? 俺の知ってる奴か?」
「そうだなあ……とにかくすっごく我侭で、俺様で、よくもまあそこまで自信が持てるなと関心してる。そんな姿がかっこいいから許すけれど」
「聞いているとあんまり良い印象じゃねえな、そいつ」

―――もし俺の知ってる奴なら、問答無用で潰す。いや、知らない奴でも潰すけどな。

「なんか言った?」
「いいや、別に何も」

人の色恋沙汰には敏感な彼女は、自分のことになると恐ろしいまでに鈍い。よく成実に「なるみちゃんは鈍い!」と言っているが、人のことは言えないのだ。初めて逢った瞬間から俺はこの女に惚れているのに。何度も何度もアプローチしているというのに、未だ彼女は気付いてはくれないのだから。俺が好きな女は華那、オメーだよ。いい加減気づきやがれ。

完 

30000HIT企画/ひなさまへ
政宗現代夢
頂いたお題のセリフは「俺に惚れてんだろ?」でした