リクエスト | ナノ


甘いワケ

親が子供に甘いのは当たり前のことだと思う。でも最近の政宗を見ていると、その言葉だけでは収まらないように思えてくるのだ。前々から娘の蒼華には甘いと思っていたけれど、やっぱり普通に考えればあれは異常である。どうしよう、政宗が将来私の父親のようになってしまったら……。政宗の性格を考えたら、自分より弱い奴には娘は渡さねえ! とかなんとか言っちゃいそうよね。

でも政宗以上に強い人なんて簡単には見つからないように思えるの。あ、これは決して惚気ているわけじゃないから。妻の贔屓目でもないのよ? 普通に考えた結果そう思っただけなんだからね。とにかく、このままだと蒼華の将来が可哀想なことになるかもしれない。それだけはなんとか阻止せねば! ここはいっちょ母親らしく、政宗にお説教なんてしちゃいましょうか?

「おかーさん、ただいま!」
「はーい、おかえりなさい。他の人の迷惑にならなかったかなー?」

玄関で大きな物音がしたと思うやいなや、リビングに元気な声が響き渡る。ソファに座っていた私の姿を確認するなり、蒼華はてててと可愛らしくこちらに駆け寄ってきた。私の膝の上に座っていた蒼もお姉ちゃんの姿を見るなり「うー」と呻きながら、短い腕を必死になって伸ばし始めた。

蒼華の両手には小さなスーパーの紙袋が一つ握られている。重いものは入っていない様子だけれど、中のものが潰れていないか若干不安になった。お願いだから乱暴に扱わないでね。もう少し優しく扱ってくれないかしら。……政宗のことだから、重いものや卵のように潰れたら拙いものは持たせていないと思うんだけど。

「Hey 蒼華。そんなに乱暴に扱ったら中に入っているものが潰れるかもしれねえぞ?」

少し遅れて政宗がひょいとリビングに顔を覗かせた。重そうな紙袋を軽々と持っている姿は、さすがは男の人だと思わされる。私なんていつもひいひい言いながら重い荷物を持っているというのに。

「おかえり政宗。おつかいご苦労様」
「………おつかい言うな。ったく、天下の伊達組筆頭が女におつかい頼まれるなんて世も末だぜ」

嫌そうにそう呟きながら、半眼の眼差しを私に向けてくる。そして何が可笑しかったのか、「このオレにおつかいなんぞを頼める女なんて華那くれーだぞ。光栄に思うこったな」と言ってきた。光栄に思うかどうかは別として、確かに政宗におつかいを頼める人間はそんなにいないだろう。

小十郎も政宗におつかいを頼める数少ない人間だが、小十郎の場合「そのようなことを政宗様にさせるわけには!」とかなんとか言って、結局自分で済ませちゃいそうだしな。なら成実……はないな。あれ買ってきてって言ったら、政宗は自分で行けって言った挙句鉄拳をお見舞いしちゃいそうだわ……。やっぱり政宗の言うとおり、凄いことなのかしらコレって。うーん、わからなくなってきた。つくづく私も政宗に毒されたようね。

「ところで蒼華、その手に持っている袋の中には何が入っているの?」

子供に大事なものを持たせていないとは思うけど、中身が気になったので蒼華に訊いてみる。するとさっきまで飄々としていた政宗と蒼華の態度が急変した。一瞬、お互いの肩がビクッと大きく震えたように見えたのである。女の勘か母親の勘かはわからないが、私の中の何かがこれはあやしいと告げた。私の目が獲物を捕えた動物のように鋭く光る。

「蒼華、もう一度訊くわよ? 中には何が入っているのかしら?」

できるだけ優しく穏やかに。相手に余計な警戒心を抱かせないよう、できるだけ優しく、優しく……と自己暗示をかけながら、そりゃもう聖母の自愛の笑みに負けないくらい穏やかな微笑を浮かべつつ、もう一度蒼華に訊いてみる。すると蒼華は恐ろしいものでも見たかのように大きく目を見開き、本人も知らないうちに一歩ずつ後退し始めたではないか。

「ねえ政宗、蒼華は何を持っているのかしら?」

蒼華に見せた同じ、聖母のような微笑で政宗に向き直る。すると彼も蒼華ほどではないが、若干顔を引き攣らせたではないか。心なしか私と目を合わせようとしてくれない。ずっと斜め下を見つめたままだ。

「蒼華……見せなさい」
「は、はい……」

穏やかな笑顔とは裏腹に、私の口から出た言葉は非常に冷たいものだった。そのギャップが怖かったのだろう。蒼華は大きな瞳に涙を浮かべながら、手に持っていた袋をそっと私に差し出した。その横で政宗が「この馬鹿……!」と小さな声で呟く。

「……あらあら、ずいぶんと美味しそうな匂いね。とっても甘い匂い……これはケーキかしら?」
「そ、そうです……」

蒼華が持っていた袋の中に入ってあったものはケーキだった。袋の中にあった小さな箱を開けると、中から色鮮やかなケーキ達が顔を覗かせる。

「どうしたの、これ?」
「お、おとーさんにかってもらった」
「………政宗。私はケーキなんて頼んでないのだけれど?」
「あー……そうだっけか?」

こいつ、また蒼華にお菓子を買って与えたな! 余計なものは買うなってあれほど言ってあったのに、政宗ったらまた蒼華にお菓子を買ってあげたんだ。じっとりとした目でしばらく政宗を見つめていたら、やがて我慢できなくなったのか政宗が「仕方がねえだろ」と声を上げた。何が仕方がないのか全くわからない。

「蒼華の……つか子供のあんな目で見つめられたら、気がつかねえうちについ」
「政宗、また負けちゃったんだ。蒼華のキラキラっとした眼差しに」
「オレだって頑張ったんだぜ!?」

政宗は私以上に蒼華の「これ買って」っていう眼差しに弱かった。特に何をするでもない、普通の眼差しだと思うんだけど、おねだりするときの子供の目って無駄にキラキラ輝くのよね。蒼華はただじっと私達を見つめているだけだと思うんだけど、私達はその眼差しが何よりも恐ろしいのだ。だから政宗の気持ちはわからなくはない。屈してしまう気持ちも、非常に理解できるのだけれど……。

「それ抜きにしても、政宗って蒼華に甘いわよね」
「どういう意味だよそれ?」

頻繁にものを買い与えているとかそういう意味じゃなくて、なんていうのかな……根本的に接し方が甘いように思えるの。どこが? って訊かれたら答えられないのだけれど。だって私も具体的に説明できるわけではないのだ。ああもう……上手く説明できない自分に腹が立つ。

「政宗って子供好きだった? って思うくらい蒼華には優しいじゃない」
「ガキは苦手だが……蒼華を見ていると、ついな」
「つい……何よ?」

不自然に言葉を切った政宗を、私は怪訝そうに見つめていた。気になって政宗が見ている先に私も目をやってみる。そこにはケーキを見ながら楽しそうにはしゃいでいる蒼華と蒼の姿があった。ケーキに夢中なのか、私達が見ていることにすら気づいていない様子である。

「蒼華って華那のガキの頃にそっくりなんだぜ。だからつい構いたくなっちまうのかもな」

そう言うと政宗はようやく蒼華から視線を外し、私と目を合わせてくれた。その表情があまりに優しく、穏やかだったから、私は年甲斐もなく恥ずかしくなってきてしまう。今更政宗の笑みを見て照れることないじゃない。

「おまけに今の蒼華の姿はオレが華那の姿を見た最後のときと似ていやがるから、なんつーか懐かしく思えてくるほどだ。やっぱおかしいか? 自分の子供に惚れた女のガキの頃の姿を重ねるなんてな」

……じゃあ政宗が蒼華に甘いのは、蒼華に昔の私の姿を重ねていたからということ? どうしよう、なんか凄く嬉しい。胸の奥がじんわりと熱くなってきた。そんな理由じゃ叱るに叱れないじゃない。政宗はやっぱり卑怯である。

「でもよ、そう言う華那だって蒼には甘くねーか?」
「え、私!?」

いきなり話題を変えられたことで、私は驚きを隠せずに戸惑ってしまった。政宗は面白くなさそうな目で私をじっと見つめている。私も政宗同様、蒼に甘いのかな……? そんなつもりはなかったんだけど、政宗がそう思っていたということは、そう見えてしまう程度には私も甘いということなのだろう。

「……だって蒼の姿を見ていると、赤ちゃんだった頃の政宗ってこんな感じだったのかなって思えてきたんだもん。きっと政宗も蒼に負けないくらい可愛かったんだろうなー。昔は可愛かったはずなのに、どこで道を間違えてこんなにふてぶてしくなっちゃったのかしら……とか考えずにはいられないの」

「最後のセリフさえなけりゃ素直に喜んでやったんだがな……!」
「まーまー。要するに二人とも、自分の子供に互いの子供の頃を重ねていたってことでしょ? なら、甘くても仕方がないよね」
「そうだな。でもよ……」

蒼華と蒼が見ていないことをいいことに、政宗は私の肩を抱くなりグイッと自分のほうへと引き寄せる。突然のことに抵抗できなかった私は、政宗に流されるまま抱き寄せられ、彼の肩に頭を預ける羽目になった。すると政宗は私の耳元で―――。

「それじゃあオレが退屈なんだよ。だからたまにはガキじゃなくオレの相手をしやがれ」

と、自信たっぷりな声で囁いた。

完 

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政宗夢/幼馴染は伊達組筆頭シリーズ