リクエスト | ナノ


ゲレンデマジック

動かしにくい指を動かして、華那はがむしゃらに雪を丸めていた。華那の傍には掌サイズの雪玉がたくさん転がっている。彼女はそれを投げるでもなく、誰かにぶつけるでもなく、ただ延々と雪玉を作っているだけだった。たまに作った雪玉で小さな雪だるまを生みだしたりするが、むしろそれは雪玉同士を重ねただけというようで、最初から雪だるまを作ろうして作ったようには見えない。そんな華那の様子をかれこれ十分近く見ていた成実は、おそるおそる華那に声をかけた。

「なあ華那。そろそろ滑らない? 折角スキー場に来たんだからさ」
「私はこうして楽しんでいるから、成実はみんなと滑っておいでよ」

そう言った華那の笑顔があまりに爽やかで、成実はうっと眉を顰めた。

「……し、成実様。どうしやす?」

困り果てている成実に声をかけたのは良直だ。成実は良直の腕を引っ張り華那から少し離れると、彼女に聞こえないほどの小さな声で囁き始めた。

「どうするって言われてもなあ。華那と政宗が仲直りしない限りどうしようもなくね?」
「……ですよね、やっぱ………」

伊達組全員でスキー旅行に行こうということになり、政宗の提案で華那も一緒に旅行に行くことになった。見るからに華那は楽しそうにしていて、政宗も表情には出さないだけで楽しそうにしていたはずだった。

しかしそれも数時間前までの話。スキー場に向かう車の中で、華那と政宗はちょっとした意見の対立から喧嘩をしてしまったのだ。誰もが口を揃えて「そんな些細なことで」と言うに違いない。しかし当人達には真剣そのもので、それまで賑やかだった車内は一瞬にして険悪な空気が漂い始めたのだ。

以後、華那と政宗は一切口を利かず、スキー場に着いた今でも二人は別行動をとっていた。政宗は小十郎と早々に上級者向けコースに向かい、華那は下のほうで雪玉をせこせこ作っているのだった。

「俺もう嫌だよ。こんな険悪な空気の旅行なんて……。来たばっかだけど、帰りたい……」
「俺もっス……」

誰かに気を遣いながらの旅行は周りが疲弊するだけだ。華那と政宗が果たしてそのことに気がついているのか問うてみたい。こんな状態で一泊二日過ごせというのは、ただの拷問なのではないだろうかとすら思う。

「ここはやっぱり二人にとっとと仲直りしてもらうのが一番だよな……」
「し、成実様! 華那さんが……!」
「んー? 華那がどうした……あ……ああ!?」

良直の硬い声に成実は不審そうに目を細めた。良直の声には明らかな焦りと動揺が含まれていたからだ。呑気に構えていた成実だったが、華那を見るなり良直と全く同じ反応をしてしまう。それもそのはずで、雪玉を作っていた華那の傍には、いつの間にやら男が二人立っていたからだ。二人が何やら親しげに華那と話している。だが華那は少し困っている様子だ。

「良直……お前、あれをどう見る?」
「どう見るってそりゃあ……華那さんがナンパされている……?」
「だよなあ、俺にもそう見える。すげえよあの華那がナンパされているんだぜ? 写メ撮って政宗の野郎に送ってやろうぜ」
「いやあの……華那さん困ってやすぜ? 助けなくていいんで……?」

良直は華那が困っているから助けるべきか成実に訊いたつもりだった。が、成実は華那がナンパされたことを面白がり様子見を決め込んでいる。華那がナンパされる光景なんて滅多にない。実は華那がナンパされたのは、これが人生初だった。

ナンパ野郎達は女一人で雪玉をせっせと作っている華那を見て声をかけたのだろう。大方スキーができないと判断し、「俺達がスキーを教えてやるからうんたらかんたら……」と声をかけたに違いない。困っている華那を放っておくのも忍びないので、そろそろ助けに行ってやるかと成実は重い腰をようやく上げかけた。だが腰を中途半端に浮かした妙な態勢で、成実はどこか遠くを見ながら考え込む。

「良直、行くぜ」
「え、でも華那さんは!?」
「いいの。むしろ俺達はここにいないほうがよさそうだし」

突然何を言い出すんだと呆然としている良直の腕を引っ張り、成実は華那とナンパ男達に背中を向けた。 一方、そんな二人のやりとりなど知らない華那は、この状況をどうしたものかと頭を悩ませていた。一緒に滑ろうと言われたから、間髪いれず嫌だとはっきり断った。しかし二人は華那の話など聞いていないのか、一緒に滑ろうの一点張りだったのだ。

第一、 私が一緒に滑りたいのはあんた達じゃない。華那が一緒に滑りたいと思う人は、今頃上級者コースでかっこよく滑っているだろう。数時間前、些細なことで喧嘩さえしなければ今頃楽しく滑っていたはずなのに。いま思えばどうしてあんなくだらないことで口論になったのかすら思い出せない。それくらい今の華那には些細なことだったのだ。

あのときは頭に血が上っていたとはいえ、折角の旅行をぶち壊してしまったと思うとみんなに申し訳なく思う。あのあとみんなが華那や政宗に気を遣ってくれていたことは知っていた。なんだか無性に情けなくて悔しくて、華那はなんともいえない憤りを覚えた。

「あれぇ〜どうしちゃったのかな? さっきから黙っちゃってさあ」
「ばーか、お前にびびっちゃってんだろうが」
「なんでビビるんだよ。なあ、一緒に滑ろうぜ? こんなとこで一人で寂しく雪玉なんか作ってないでさ〜」

ヒャハハと下卑た笑い声をあげる二人に、華那はぷつんと何かが切れたような音を、このとき確かに聞いたのだった。

「生憎だけど、あんた達じゃ役者不足なのよ。さっさとどっかに消えてくれない?」

私が一緒に滑りたいのはあんた達じゃなくて、政宗なの。あんた達じゃ政宗の代わりになんてなれやしないのよ。華那の態度に男二人は怒りで顔を真っ赤にさせた。

「なっ……折角この俺様が声をかけてやってるっつーのに、何だよその態度は!?」

頭に血が上ったせいで、華那に最初に声をかけた男のほうは、拳を振り上げ華那に殴りかかろうとする。まさか殴りかかられると思っていなかった華那は咄嗟に首を竦めた。ぎゅっと目を硬く閉じる。が、いつまで経っても痛みは襲ってこない。華那は恐る恐る硬く閉じた目を開いた。

「Hey なに人の女に手ェ上げてんだ?」
「政宗………?」

華那に殴りかかろうとしていた男の腕を背後から掴んでいる政宗の姿に、華那だけでなく男達も目を見張った。うっすらと笑みすら浮かべている政宗に、華那は恐怖を覚え、背中に嫌な汗が伝う。この場にいる者の中で唯一華那だけは、政宗の笑みの奥に隠された怒りに気づいてしまったのだ。ああ、怒ってる。かなりキレてるよあれ。

「ああん!? なんだてめ……」

男の言葉は不自然に途切れた。同時に華那の耳横を、ヒュっと突風が吹きぬける。何が起きたのか華那にはわからなかった。何が起きたのか認識するよりも早く、後ろのほうから男のくぐもったうめき声が聞こえた。華那が後ろを振り向くと、雪に体が埋まった人間が見えた。足だけをバタバタを動かしている。顔は雪に埋もれてわからないが、おそらくさっきまで華那の目の前にいた男だろう。

……先ほどまで確かに華那の目の前にいたはずの男が、華那の後ろで雪に埋まっている。そう、政宗が男の頬を殴り、男はその衝撃で吹っ飛んでいたのだ。積もった雪のおかげで吹っ飛んだダメージは少ないのが救いだった。もう一人の男は苦笑いを浮かべながら、雪に埋もれた友達を置いて一目散に逃げだしていた。政宗に殴られたくないから早々に逃げたのだ。薄情にもほどがある。

「あ、ありがと……」
「まさか華那がナンパされる日がくるなんてな。今日は赤飯か?」
「なんですって!?」

気まずい中人が頑張ってお礼を言おうとしているのに、よりによってそんなこと言う!? 華那の中にあった政宗への感謝の気持ちが一瞬にして吹き飛んだ。やっぱり我慢なんかしないで政宗みたいに一発殴ってやればよかった。口で駄目なら実力行使。ああいったタイプの相手だと、時には力で黙らす必要性があると華那は思っている。

だが見知らぬ男に手を出すのは難しい。躊躇った結果が今なのだが、政宗にこんなことを言われるくらいなら自分で殴ったほうがよかったのかもしれない。そんなことすら思えてくる。

「成実と良直が慌てて呼びに来るから何事かと思えば、まさか華那がナンパされているとはな……」

やはり華那の様子が気になり下へ降りてきた政宗は、自分の姿を見つけ慌てて駆け寄ってくる成実達に会った。そこで華那がナンパされて困っているようだから助けてやってくれと頼まれたのだ。別に頼まれなくてもその現場を目撃すれば、先ほどのように問答無用で手を出すが。尤も、そんな恥ずかしいことは華那に言えるはずもない。

「そうよ、私って意外とモテるんだから。知らなかった?」
「……知ってるよ」

意外すぎる政宗の言葉に華那はたじろいだ。そこは知らないに決まってんだろって返すとこでしょ何言っているのよこいつはー!? 冗談のつもりで言ったのに、華那のほうが恥ずかしくなってきた。

「むしろ華那のほうこそ気づいてなかったのか? 自分がモテるってこと」

少なくとも政宗は知っている。華那に好意を抱いている男達のことを。華那の飾らない性格に惹かれている自分以外の男がいることを、彼女はきっと気づいていない。現に政宗だってそうだ。華那が政宗の想いに気づくまでに長い年月を費やしたのだ。この鈍感娘はきっと何もわかっていない。普段政宗が男達にどれだけ牽制していることを、苦労しているのかを知らないのだ。

「そう言う政宗だってモテてるじゃん、かなり!」
「そりゃあこのオレだぜ? 当たり前だろ」

ここまできっぱり言い切られてしまうと、華那は返す言葉が浮かばなかった。何を今更、というような顔をされるとどうしようもない。

「なんだよその面は?」
「いやあ……こうもきっぱり言い切られると何も言えなくなるな、と」
「それより、これからどうすんだ? まだ雪玉を作っているつもりか?」
「………たい」
「Ah?」

急に俯き小さな声で何かを言っているのだが、その声があまりに小さくて政宗には聞き取れなかった。政宗は身を前に乗り出し、華那に顔を近づける。近づいてくる政宗の気配に気づいたのか、華那は顔を真っ赤にさせながら、潤んだ瞳で政宗を見上げた。

「政宗と一緒に滑りたい……。ううん、政宗とじゃなきゃ嫌だ」
「……………そんな顔をした華那が悪いんだからな」

真っ白な雪の上で、二つの影が重なった。

「あ、今チューした!」
「なっ!? ちゅ、チューですか!?」

政宗と華那の様子を少し離れたところから見ていた成実と良直は悲鳴に近い声をあげた。急に大きな声を出した二人を、すぐ傍を通ったスキー客が怪訝そうに見ている。

「あーよかった。無事仲直りしたみたい。でもまさか政宗の奴がいきなりチューするとは、さすがに思わなかったなァ」
「いいんですかね……ばっちり見ちゃいましたよ、俺……」
「いいのいいの。これは周りに心配をかけたお駄賃ってことで。ま、これで俺らもようやく心の底からスキーを楽しめるよ」
「そういえば筆頭と華那さんが喧嘩した原因って何だったんスか?」

良直は二人が喧嘩するに至った原因を知らなかった。たしか成実はすぐ隣で二人の喧嘩を聞いていたはずなので、原因を知っているはずだ。良直は素朴な疑問をぶつけただけのつもりだったのが、成実は急にげっそりとした、疲弊しきった表情を浮かべた。

「滑るならスキーかスノーボードのどっちだっていうのが、この喧嘩の原因。本当にくだらない。両方で滑ればいいだけのことだっつーのに」
「そ、そんなことで……!?」

あまりにくだらない理由に、成実と良直は揃って長い溜息をついたのだった。

完 

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政宗夢/幼馴染は伊達組筆頭シリーズ
頂いたリクエストは幼馴染は伊達組筆頭シリーズで二人でスキー旅行に出かけるが、ハプニングに巻き込まれ、最後は甘くなるお話というものでした