リクエスト | ナノ


入れ子ファミリー

テーブルに置かれた少し大きな物体に、子供達は目を奪われていた。しかし初めて見る得体の知れない物だけに、その視線にはどこか刺々しいものが含まれているようである。蒼華はテーブルから少し離れた物陰に隠れて見ているし、蒼もそんな姉の姿に影響されてか、テーブルの上に置かれた物体に近づこうとしなかった。警戒心丸出しの子供達の姿に私は苦笑するしかない。

「二人とも、大丈夫だからこっちおいでー。別にこれはあんた達を取って食べちゃうようなことしないから大丈夫よ」
「でもかおがこわいもん!」
「あーうー!」
「顔が怖い……ねえ」

顔が怖いと言う蒼華と、おそらく自分もそう思うと言いたげな蒼に、私はテーブルに置かれた物体こと、マトリョーシカをまじまじと見た。世界を放浪している元親先輩が送ってきてくれたもので、このお土産を見る限り彼は今ロシアにいるということが窺える。

つーかあの男、世界中を放浪して何をやっているんだろう。恋人の遥奈を放っておいていいご身分だ。たまにこうしてお土産を送ってくるので、とりあえず生きているということだけは確認できるんだけどね。

「まあ独特な顔をしているといえばしているけれど……」

見方によってはちょっと不気味かもしれないと思いつつも、元親が折角送ってくれたお土産だ。無碍にはできない。とりあえず子供達の警戒心を解くためにも、マトリョーシカが害のないものだと認識させるとこから始めなくてはいけないようだ。

「いいから二人ともこっちにきなさい。このお人形にはちょっとした仕掛けがあるのよ」

物陰からこっそりこちらの様子を窺っている二人に手招きすると、二人はおずおずとこちらに歩み寄ってきた。テーブルの前にちょこんと座った二人に、私はマトリョーシカの胴体部分をパカッと二つに割る。そして中から少し小さいマトリョーシカを取り出した。

「おおー!?」

中から同じ人形がもう一体現れたことで、二人の目は好奇心でキラキラと光り始めた。中から取り出した二体目の人形の胴体部分を二つに割り、さらに中から三体目の人形を取り出す。再び中から同じ人形が現れたことで二人は先ほど以上に興奮した奇声をあげた。

「このお人形はマトリョーシカと言ってね……こういうふうに、中に沢山のお人形が入っているのよ」
「つぎはわたしがやる!」
「はいはい」

すっかりマトリョーシカが気に入ったのか、蒼華と蒼は楽しそうにマトリョーシカで遊んでいた。中から取り出したマトリョーシカを、大きいサイズから順にテーブルの上に並べてはしゃいでいる。

あの様子だとしばらくマトリョーシカから離れないだろう。テーブルに並べられたマトリョーシを元に戻してはまた出して遊んでいる。もう少し子供達の様子を眺めていたかったのだが、そろそろ晩ごはんの支度をしなくてはいけない時間だ。私は今日の献立は何にしようか考えつつキッチンに向かったのだった。

***

「ねえ蒼。この「まとりゅーちか」って、おなかのなかにいっぱいおにんぎょうがつまっててくるしくないのかなー?」
「うー?」
「……そうだ! いいことおもいついた」

しかし子供が言ういいこととは、大人達にとっては大抵いいことではないのが世の常である。そんな世の常を知らない子供達は、迅速な動きでいいことを実行に移し始めたのだった……。夜になり仕事から帰宅した政宗は、テーブルの上に置かれたままのマトリョーシカに気がついた。こんなものを一体どうしたというのか。身に付けていたネクタイを緩めながら、政宗はキッチンで晩ごはんの支度をしていた華那に訊ねた。

「ああそれ? 元親先輩のお土産。さっき送られてきたの」
「……ってことはあの野郎は今Russiaにいるってことか? 何やってんだあいつ……」

政宗の声には少しばかり呆れの色が混じっている。だがそんなことを華那に言われても答えようがなく、苦笑するしかできずにいた。政宗の反応は最もなので華那は否定することができないのである。

「でも蒼華と蒼はすっかりマトリョーシカを気に入ったようよ。最初は顔が怖いって言っていたけれど、マトリョーシカを割って見せたらはしゃいじゃって。今は子供部屋にいるけど、本当についさっきまでマトリョーシカを持って家中走り回っていたんだから」
「へえ……そんなにこれが気に入ったのか」

言いつつ政宗はマトリョーシカの胴体部分を二つに割った。元親から貰ったという点は少々癪だが、貰ったからには彼とて全部並べてみたいと思ったからである。一番小さいサイズでどれくらいのものか気になるところだ。だがマトリョーシカを割った途端、政宗の目は点になってしまった。目の前の光景が信じられず、政宗は疑わしい眼差しでマトリョーシカを上から覗き込む。そんな彼のおかしな行動を不審に思った華那は何かあったのかと訊ねた。

「……このMatryoshka、中身がねえぞ。空っぽじゃねえか」
「中身が空っぽォ!?」

予想していなかった政宗の返答に、華那はおもわず彼の下へ駆け寄った。政宗は二つに割ったマトリョーシカを華那に見せる。さっきまで中身が詰まっていたマトリョーシカは今ではすっかり空っぽで、中の空洞がくっきりと窺えた。政宗と華那はマトリョーシカを覗き込みながら、互いに目を瞬かせる。

「まさか初めから中身がなかった……っていうわけはねえよなァ」
「それじゃあマトリョーシカと言わないじゃない。おかしいな……私が見たときは確かにあったのよ?」

華那は首を傾げつつもキッチンに戻り、野菜を取り出すため冷蔵庫を開ける。直後華那は己の視界に飛び込んできたまさかの物体に目を丸くさせ、おもわずその場でずっこけてしまった。キッチンから派手な音がしたことで、政宗も何事だと慌てて華那の下へ駆け寄った。

「おい、大丈夫か!? 何があった!?」
「れ、冷蔵庫の中……」

政宗は何があったのかわからず訝しげに目を細めた。華那は起き上がると、もう一度冷蔵庫を開ける。どうやら政宗にも中を見ろと言っているようだ。政宗も冷蔵庫の中を覗き込む。二人の視線の先には冷蔵庫の中で涼んでいるマトリョーシカがあった。たまらず政宗もガクッと肩を落とす。

「なんで冷蔵庫の中にMatryoshkaがあるんだよ……!」
「そんなの決まっているじゃない。……蒼華!」

久しぶりに聞く華那の怒鳴り声に政宗は耳を押さえた。この声は子供を叱るときのものである。これから蒼華の身に起こるであろう不幸に、政宗は心の中で同情した。母親のいつもと違う声に身の危険を感じたのか、蒼華はびくびくしながらキッチンへ姿を現した。蒼華の後ろから蒼もついてきている。

「……蒼華。これは一体どういうこと? なんでマトリョーシカが冷蔵庫の中に入っているの?」
「まとりゅーちかのおなかにいっぱいおにんぎょうがつまってるから、くるしいかなっておもった。だからやすませてあげようとした!」
「……だからってなんで冷蔵庫の中なのよ」
「まとりゅーちかもずっとなかでこもっているとあついかなっておもって」

蒼華の実に子供らしい発想に、華那はがっくりと肩を落とした。蒼華に悪意がないだけに怒るのが難しい。政宗に至っては必死に笑いを堪えている。ここで声をあげて笑った火の粉が自分のほうへ飛んでくるとわかっているので、おもいっきり笑いたくても笑えないのだ。華那はそんな彼をギッと睨みつける。その鬼の形相に政宗はおもわず笑いが引き攣ってしまった。

「とにかく、マトリョーシカは冷蔵庫に入れちゃ駄目です。マトリョーシカは中身が詰まってこそ意味があるのよ。ほら、早くこのマトリョーシカをテーブルの上にあるやつに入れて」

冷蔵庫に入れてあったマトリョーシカを取り出し蒼華に渡そうとした。だが華那は「ん?」と眉を顰めた。

「どうしたんだ?」
「なんかこのマトリョーシカやけに軽いんですけど……」

中身が詰まっているわりには異様に軽い。華那はまさかと思いながら、マトリョーシカを割ってみた。するとこのマトリョーシカの中身も空っぽだったのだ。これには政宗も言葉を失った。華那と政宗はなんともいえない複雑な視線をきょとんとしている蒼華に投げつける。

「蒼華、この中身はどこへやったの……?」
「みんなくるしくないようにやすませてあげた!」
「……それはバラバラにしたMatryoshkaを家中に隠したって思っていいのか?」
「ええ、きっとそう解釈していいと思うわ政宗……」

さらに蒼華に問いただせばどこに置いたか覚えていないと言う。こうなったら晩ごはんどころではない。華那と政宗は蒼華が家中に隠したマトリョーシカを探すことに専念した。お腹が減ったと騒ぐ蒼華に、華那は拳骨を落として黙らせる。

「Oh! このMatryoshka一丁前に風呂に入っていやがるぞ!?」
「なんでマトリョーシカがベッドで寝転んでいるわけェ!?」

蒼華が隠した(正確には休ませた)残りのマトリョーシカ全七体を回収しながら、華那と政宗はマトリョーシカを送ってきた元親へ対して、今度日本に帰ってきたときにシメる! と決意したのだった。

完 

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政宗夢/幼馴染は伊達組筆頭シリーズ
頂いたリクエスト内容は幼馴染は伊達組筆頭シリーズで甘いお話でした