リクエスト | ナノ


番長、悩む

婆娑羅高校には一昔前に滅んだと思われていた番長的ポジションに付く男が存在する。入学初日で婆沙羅高校にいる全ての荒くれ者を倒し、自動的に番長というポジションに付く羽目になってしまった不幸な少年だ。

そもそも彼とて入学早々喧嘩沙汰を起こすつもりはなかった。しかし相手には気に入らない人間、例えそれが誰であろうと喧嘩を売るという信念があり、男には売られた喧嘩は利子を付けて買うという、何があっても、それこそ世界が滅んでも譲れない信念みたいなのがあった。

お互いが絶対に譲れない信念同士がぶつかり、そしてそれがいつしか学校中の荒くれ者達を巻き込む大喧嘩にまで発展したのである。入学式の日、学校中から殴りあう音や怒号が絶えず聞こえていた。これこそ後に伝説と語られることになる大喧嘩である。

やがて争いが収まった頃、重なり合うように倒れていた荒くれ者達の頂点に立つ男がただ一人いた。彼の名前は伊達政宗。入学式の日にいきなり伝説を生み出した、第三十七代目番長である。しかし。世間では婆娑羅高校始まって以来の番長と呼ばれている政宗も、なんだかんだいって十代の健全な男の子。

甘酸っぱい十代の少年特有の、平たく言ってしまえば恋の悩みだって抱えているのだ。彼には付き合って一年になる恋人がいる。政宗の彼女の名前は音城至華那。彼と同じ婆娑羅高校に通う、ついでにいうと同じ学年同じクラスの女の子だ。彼女もまた曲者で、顔は美少女の部類に入るのに、とにかく口が悪い。黙っていればお人形のようだと男子の間では言われているのに、口を開けば出てくるのは猛毒だった。

ゲームで言えば一撃必殺の即死効果を持つ魔法に近い。実家は男系家族なんですか? と思わずにはいられないほど、華那は女の子らしいという言葉からかけ離れた女の子である。おまけに喧嘩上等。とにもかくにも派手なことや争いごとを好む危険な面も持ち合わせていた。そして政宗は、先日華那と些細なことで喧嘩してしまっていた。政宗からすれば半分冗談のつもりだったのだが、華那は冗談として受け流すことができなかったらしい。

また政宗もこの程度の口喧嘩はよくあることだったので、言ったら華那がどんな反応をするかあまり深く考えていなかったのだ。いつもなら華那が得意の口で捲くし立てるか、それとも直接暴力で訴えてくるかの二択だった。しかし今回はそのどちらでもなく、華那は瞳に今にも零れ落ちそうな大粒の涙を浮かべながら無言で走り去ったのである。

本当は大声で泣きたいのに、泣くことが悔しいと思ったのか口元をギュッと引き締めながら。これには政宗も呆然とすることができず、声をかけることも追いかけることもできず、ただ華那の背中を見送ったのだった。

「竜の旦那。お嬢と口聞かなくなって何日目?」
「………四日と五時間二十六分ってとこだな」

何日と聞かれて時間まで正確に答えられる様子を見ると、政宗が受けたダメージは自分の想像を超えるものだったとクラスメイトの猿飛佐助は考える。お嬢というのは勿論華那のことだ。少なからず華那も腕っ節が立つことから、男子生徒からはお嬢や姐御と呼ばれることが多い。政宗が華那と喧嘩したという事件は、同じクラスの人間なら一限目が始まるまでにわかるくらい朝飯前である。言い換えれば、それくらい二人の様子は変だったのだ。

「今回は何やらかしたんだ独眼竜?」
「今回はって言うな西海の鬼! ……別に、いつもと同じくだらねえ口喧嘩だ」

表には出していないだけで、内心政宗が酷く落ち込んでいることなど、手に取るようにわかる。普段こういった光景を見ないだけに、西海の鬼こと長曾我部元親は顔のニヤニヤが収まらないでいた。顔を引き締めようと意識すればするほど、人間とは皮肉なもので余計にニヤけてしまう生き物である。その様子が気に入らなかった政宗は忌々しそうに舌打ちをした。

「ってかさー、今回はどんな禁止ワードを言っちゃったわけ? お嬢ってばあの性格だから、並大抵の言葉の暴力じゃ効かないと思っているわけじゃないっしょ。あの手の子は笑顔や冗談で傷を隠すタイプだぜ」

佐助の言うとおり華那はそんじょそこらの女とは格が違う。力だろうが言葉だろうが、暴力と名の付くことに関してはほとんど自力で返り討ちにしていた。男にだけは縋らないと心に誓っているのかと考えてしまうほど、華那は何事も自分一人で解決しようとする節がある。

しかし佐助が言ったとおり、平気なのと平気なふりをしているのでは話が全く違ってくる。華那だって女の子だ。好きな人に言われる一言一言がどれだけ重いことか。瞼を閉じれば政宗のたった一言で一喜一憂する華那の表情がすぐに浮かんだ。政宗が可愛いと言えば顔を真っ赤にし、プイッと明後日の方向へそっぽ向く華那。政宗が悪口を言えば、あれだけ元気な笑顔の彩が一瞬にして失われ、しかしそれを相手に悟られないよういつも強がってみせる華那。

どれもこれも最近見ることができない、華那の表情だ。最近の華那の表情といえば、無表情の一言につきる。政宗と目を合わせようとしない。政宗が声をかけようとすると脱兎の如く逃げ出してしまう。誰の目から見ても政宗は華那に避けられている。それが今日で四日と五時間二十六……ではなく三十一分。

「まー一方的に仲直りのキッカケを与えようとしないお嬢にも問題はあるけどね」
「ならこれを機に新しい女を作っちまったらどうだ? 華那みたいなガサツな女じゃなくてもっとこう……」

元親の本気か冗談かわからない提案に、政宗はすぐさま鋭い声で「No」と切り込んだ。政宗の様子に佐助と元親は驚きを隠せないでいる。

「華那以外の女に興味はねえ」

きっぱりと言い切ってしまう政宗が羨ましいと思えるのは何故だろう。

「しっかしどうっすかなー……今まで華那とこんな喧嘩したことなかったからな…。Shit! どうすりゃいいかわからねえ! オイそこの猿と西海の鬼。何かいい方法はねえか!?」

頭を抱えて苦悩する政宗の様子は見ていて面白い。これが婆娑羅高校最強と謳われる番長の姿だと言えば情けないの一言につきるが、少なくとも伊達政宗という人間を知っている者達からすれば面白いの一言だ。普段こんな政宗の姿など見ることはできない。政宗が本気で悩む姿が見られるのは、華那という女の子が絡んだときだけだ。

「……何笑っていやがる、お前ら……!?」
「だって面白いもん。俺達にはお嬢のどこがいいかわからないけど、旦那がそこまで悩むくらい手放したくない子なんでしょ?」
「お前らは華那のことを知らなさすぎだ。アイツはああ見えてか、可愛い……とこもあるんだよ!」
「天下の番長が可愛い発言ってか!」
「煩ェ姫若子!」
「なっ……なんで俺の黒歴史を知っていやがるんだァァアアア!?」

顔を真っ赤にさせて好きな子を「可愛い」と言う、実に番長らしくない番長伊達政宗。好きな子と仲直りするため、彼は今日も頭を悩ませるのであった。

完 

111111HIT/ひなこさまへ
政宗学園夢
頂いたリクエスト内容は幼馴染は現パロで一度ケンカ別れしたけど、やっぱり大好きで必死で足掻く筆頭というものでした