Moon Dance 「……すんごいお洒落してこいってこういう意味だったのね」 悠然と聳える立派すぎるホテルに、あたしは頭がクラクラとしていた。このデートの前に政宗から、「持っている服で一番洒落たものを着て来い」って言われていたのだけど、まさかこれがそういう意味だったなんて。学生にしては豪華すぎる、ホテルでのディナー。これが本日のデートコース。政宗はお坊ちゃまだから、こういうところは慣れている様子だった。コートの下にはばっちりスーツを着ていたあたり、さすがとしか言いようがない。だって様になっているのよ。同じクラスの男子が以前スーツを着ていたけど、まるで七五三のように幼く着慣れていない感丸出しだった。 ホテルのレストランに入店するなり、待ち構えていたように支配人さんがやってきて、「お待ちしておりました伊達様」なんて言いながら丁寧に頭を下げたときには、内心「もう帰っていい?」と失礼な考えすら浮かんだほどである。なに、伊達様って。 「ここはオレの親父が経営しているhotelなんだよ。だから顔が利く」 あたしの疑問を見抜いたかのような政宗の言葉。対してあたしはそのスケールの大きさについていけなくなっていた。細部にまで行き届いた接客、舌を唸らせる料理の数々。 政宗ら吸血族には人間が食べる食事は必要ない。でもあたしに合わせてくれているのか、彼も食事に付き合ってくれている。食べなくてもよいものを食べる彼に罪悪感を覚えつつも、あたしは彼の好意にとても感謝していた。 マナーなんかわからないと言ったら、「お前は何も気にせずいつもどおりに食えばいい」なんて言ってくれるし。へたに繕おうとすれば慣れない故にボロがでて、逆に赤っ恥をかくことは必須。政宗の申し出を素直に受け、あまりマナーなどは考えずに食事を続けていく。 *** 最後のデザートまであっという間に平らげたあたしは、ホテルのロビーに飾ってあったツリーが見たいと政宗に言ってみた。ここのホテルは中央が吹き抜けという構造で、このツリーはその吹き抜け部分に立っているのである。つまり天井に届かんというほど高いツリーというわけだ。どこの階からも見えるように作られたものらしい。こんなに大きなツリー、一生に一度見られるかどうかだ。 レストランをでると、ツリーの一部が視界に飛び込んでくる。それだけであたしの気分は高く上がり、ツリー見たさに真っ直ぐに駆けた。手すりに手を添えながら、少しだけ身を乗り出すようにしてツリーを眺める。後ろからゆっくりと歩いてくる政宗にもこの興奮を伝えたくて、あたしは首だけを振り返り政宗の名を呼んだ。 「政宗! 見て見て、すごい、よ……?」 でも瞬時にあたしは笑顔のまま凍りついた。だって政宗は、遠目から見ても明らかなくらい顔が青ざめていたのだ。笑っているけど、どこか辛そうに眉を顰めている。あたしは手すりから離れ、慌てて政宗に駆け寄った。近くで見れば政宗の額には脂汗が滲んでいる。あたしがその身体に手を添えると、彼はすんなりと腕の中に納まってしまった。呼吸も若干荒い。 一体どうしてこうなったのか、そもそも彼の身体に何が起きているのか全くわからない。わからないことだらけで泣けてくる。あたしの声に気がついたのか、レストランから支配人さんが飛び出してきた。支配人さんは政宗の様子を見るなり、「すぐに部屋を用意させます!」とだけ言って、ホテルのフロントの人と連絡を取ってくれた。一先ず、彼を休ませなければ。 *** 「……嫌な予感はしていたんです。やはり、こうなりましたか」 急遽用意してくれた部屋に政宗を寝かせ、あたしは少し離れたところで支配人さんと声を潜めて会話していた。まるで全てを知っているかのような口ぶりに、あたしは問い詰めるような視線を投げかける。 「貴方は政宗様が日光に弱い理由をご存知ですか?」 この質問はあたしを試している。日光に弱い理由。つまり政宗が吸血族だということを知っているか、と訊かれているのだ。この口ぶりからして、この人は政宗の秘密を知っている。だからあたしは迷わず答えた。 「政宗が吸血族だから、ですよね?」 「やはりご存知でしたか……。では吸血族が日光以外で苦手なものは?」 「え、それは知らない、です……」 意外だった。日光以外にまだ苦手なものがあったなんて。 「それは人の信じる心―――つまり信仰心です。吸血族は信仰心に弱い。だからこの信仰心が一気に強まるクリスマスは、吸血族にとっては忌まわしい日でしか他ならない。故に吸血族はクリスマス前後の日は、家に引き篭もるのが常なのです」 そこで全てに合点がいった。クリスマスが近づくにつれ政宗の体調は悪くなっていたし、今思えば彼はクリスマスに関連するものが置いてある場所を避けていなかったか。ツリーやリースには微弱ながらも信仰心が含まれている。それに当たることで体調を崩してしまうのなら、誰だってそれらを避けようとするものだ。 「そんな……じゃああたし」 彼に惨いことをし続けていたんだ。自覚した途端、後悔の波が訪れる。 「……それ以上、余計なこと、を……喋るんじゃねえ」 「政宗!」 はじかれたようにベッドに目をやると、政宗が起き上がろうと足掻いている最中だった。あたしは慌てて彼の傍に駆け寄り、背中にそっと手を伸ばす。 「これはテメェの勝手だ。華那は悪くねえ」 「……でも、知らなかったとはいえ政宗には。そもそもなんで行ってくれなかったの?」 「……オレだって今日を楽しみにしていたんだ。いつもこの日になると屋敷に閉じこもっているだけだったんだぜ。息が詰まる」 「もう大丈夫そうですね。では私はこれで失礼いたします。華那様、あとはお頼みます」 「あ、はい」 彼はどうして吸血族のことを知っているのだろう。そんな疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消え……。 「アイツはオレと同じ、吸血族だ」 「ええ!?」 政宗の言葉に目を見開いた。うそ、あの人も吸血族? でも政宗のお父様が経営なさっているということは、吸血族がこのホテルを経営しているということになる。なら従業員にも吸血族がいたっておかしくない。 「……しかし、思っていた以上に堪えていたようだ。まだ身体が重い」 「ごめんね……血を飲めば、少しは回復する?」 「そりゃするが……今日はいらねえ」 「なんで? 身体が楽になるのなら、飲んだほうが……」 「今はまずい。なんだか止められないような気がする。以前他の女にやっていたようなことをやっちまう自信があるんだ」 他の女の人にやっていたこと? 記憶を手繰り寄せると、彼が最初に語った吸血行動に至った。 「女の人の血しか飲まないって……。どうやったら相手に吸血族だってバレずに血を飲むの?」 「簡単だ、ヤってる最中の人間ほど無防備なものはねえ。女が絶頂を迎えた瞬間、少しだけ血を頂くだけだ」 ―――つまり、そういう行為もしちゃうってこと? 彼が何を言わんとしているのか理解した途端、あたしは何も言うことができず呆然としてしまった。彼はベッドに深く沈んでいて、さっきより落ち着いたとはいえまだ苦しそう。血を飲めば楽になるらしいが、そのままあたしを襲うと言っていた。でもだからこそ、血はいらないと言ったのだ。あたしを大事に想ってくれていると、信じてもいいのよね……? ならば―――私がするべきことは一つだ。 あたしは着ていた服のボタンを乱暴に外すと、ベッドに沈んでいる政宗に覆い被さり、そのまま深い口付けを交わす。突然のことに彼は目を見開き、ただあたしを受け入れることしかできずにいた。何度も口角を変え、身体が酸素を欲しがるまで荒い口付けを交わし続ける。 「……ッ! いきなり、なんだ!?」 「なにって……政宗を誘惑しているの。あなたがその気になるように、血を飲みたくなるように」 「な……!?」 血を飲めば楽になるのなら、どんな手段を用いても飲んで欲しい。そういえば以前にも似たようなことがあった。あのときはハサミで自分の首筋を切ったんだっけ。あのときよりは遥かにマシよね。 「……どうなっても知らねえぞ?」 「いいよ。壊れるくらい愛してくれるのなら」 それだけ告げると、あたしは再び政宗の口を塞いだ。言葉はもう、必要ない。 完 ← |