吸血鬼連載 | ナノ

Ecstasy

最近、伊達政宗の周りから女の影が消えた。学校中の女子達はつまらなそうに、男子達は不思議そうな目で遠くから彼を眺めている。そりゃ伊達政宗は学校一のプレイボーイ(古い)だから、みんなが首を傾げるのも無理はない。

伊達政宗の周りから女の影が消えた、この噂はあっという間に広まった。伊達政宗のファンの子達は信じられないと愕然し、男子達はこれで女子達も俺達を見るようになると浮かれている。

反応は男女で様々だが、共通するのはやっぱり「何故?」という点だった。その「何故?」に対する答えを唯一知るあたしとしては、とても複雑な心境である。

いままで伊達政宗は女を食料としてみていた。それ以上、それ以下でもない。吸血族が生きるために必要な血液を提供する道具なのだ。しかしそんなことを知るはずがない彼女達は、伊達政宗に一度でも相手にしてもらったことで、脈ありだと勘違いしてしまうのだという。そりゃ吸血という行為を誤魔化すためとはいえ、ヤるんじゃ誰だって勘違いしてしまうだろう。

しかし伊達政宗からしてみれば、それが鬱陶しかったらしい。どこへ行っても女子達が付き纏い、このままではヘタをすると吸血族だとバレるかもしれない。現にバレた。伊達政宗に興味がないあたしだったからよかったものの、ファンの子達ならどうなるかわかったものじゃない。あたしは彼が吸血族だって喋る気など毛ほどないし、人の秘密をベラベラと喋るような真似は大嫌いだ。伊達政宗にもそれが通じたのか、あたしの存在は無害だと判断したらしい。

しかし吸血族のことを教えた代わりに血を寄越せ、なんてあんまりだ! 

それも一回きりじゃない、毎食だ。夜はともかく学校にいる間だけは血を提供しろっていうのが彼の要求である。あたしには吸血族だってバレているから、いちいちヤらなくてもいいんだってさ。こんなこと言うやつに血をあげなくちゃいけないのか……。

噂の張本人は至って涼しい顔で読書中だ。そんな彼をあたしはチラリと盗み見る。何の本を読んでいるのかと目を凝らすが、全てが英語で書かれていた。よ、読めない……。なによこいつ、まさか洋書を読んでいるとでもいうのか。

いまは昼休み中で、あたしはお弁当を食べ終わった後のんびりとし
ていた。伊達政宗もお弁当を食べ終えたようで、静かに読書に精を出している。人間社会で生きるために、食べなくていいものを食べるってどんな感じなんだろう。だってこれって食べているフリ、みたいなものでしょ? 彼に必要なものは血で、あたし達が食べているモノではない。そんなものを食べてもお腹は膨れないし、栄養だって摂れない。彼からすればなんて無駄な行為。でも人間社会で過ごすためには、これは絶対に必要な嘘―――。面倒じゃないの、かな?

「……Hey 音城至」
「は、はひっ!?」

急に名前を呼ばれたことで動揺してしまい、あたしの口から裏返った声が漏れた。しゃっくりのときと似ている声っぽい。恥ずかしくなりながらもあたしは彼と目を合わす。伊達政宗は本を閉じ、静かにあたしを見ていた。気のせいか、彼の気配が若干優しく思える。

伊達政宗は顎でドアを示すと、無言で立ち上がりすたすたと教室を後にしてしまう。これってついて来いっていう意味なのだろうか。しかし何故顎で使う。口でついて来いって言えないのか? これ以上ここで考えていたら伊達政宗の姿を見失ってしまう。あたしは慌てて立ち上がると、伊達政宗の背中を追って駆け出した。

***

彼の背中を追って辿り着いた場所は、人気がない体育館裏だった。どうしてこんなところに連れてこられたのかと思いながらも、あたしは壁に背中を預けて佇んでいた。目の前には何を考えているのかわからない伊達男。

しかしあまり良い予感はしない。人気が無い場所、昼休み。人気が無い場所ってことは、他人に聞かれたくない見られたくないことがあって、昼休みはお弁当を食べてお腹を満たす時間だ。これらを伊達政宗の事情に当てはめると、あたし的に相当ヤバイことが起きそうな予感がする。ヤバイ、あたしの背中は壁側、前には伊達政宗。逃げ道は左右しかない。

「も、もしかして……お食事ですか?」
「Yes アンタの血がほしい」

ほらねー! 予想通りヤバイことが起きたよ。おまけになにその声。結構ツライのか、声が掠れちゃっている。至近距離でそんな声出しながら見つめないでください。妙な色気を出さないで……! 

口をパクパクと動かすだけで声が出ないあたしを、伊達政宗は一歩ずつゆっくりと近づくことで追い詰めていく。伊達政宗の両手があたしを閉じ込めるように壁につかれた。こ、これで左右の逃げ場もなくなった……。

「いいから大人しく食われろ」
「………ッ!」

伊達政宗の手がブレザーのボタンを外していく。二つだけ外すと白い肌が露になった。彼は首筋にかかっていた髪を少しだけかき上げ、そのままあたしの首筋に舌を這わす。電気が奔ったような感覚に、あたしの口からなんともいえない声が漏れる。彼が触れただけで首筋はとても熱くなっていた。今まで感じたことがない、得体の知れない感覚に酔いそうで怖い。頬は自然と蒸気し、呼吸も荒くなる。

すると突如甘い痛みが私を襲った。

間違いない、彼があたしの首筋に牙を突き立てたのだ。恐怖を堪えながらも、あたしは視線をずらしてその一部始終を見ようと試みるが、彼の左手があたしの顎を固定して視線を下げることができなくなってしまった。彼の喉がゆっくりと鳴るたびに、あたしの肌から伝わってくる。

ああ、飲んでいる。あたしの血を飲んでいるんだ―――。彼が血を飲むたび、なんともいえない快楽があたしを襲う。脳や脊髄が快感に酔いしれ、あたしから理性を奪っていくような感じがした。しばらくした後、伊達政宗はゆっくりと首筋から唇を放した。彼の口元には薄っすらと血が付着している。彼はあたしの顔を見るなり、ニヤリと口角を吊り上げた。

「随分と厭らしい顔をしていやがるな。―――感じたか?」
「ち、ちが……!」

いや、実際は違わないと思う。吸血の瞬間、あたしは確かに麻痺していたのだから。否定しようにも身体は感じていて、悔しいくらいだった。あたしはそっと咬まれた箇所に手を添えるが、そこは何事もなかったように元のままだった。咬まれた痕もなければ、血の跡もない。目を丸くさせていると、伊達政宗が至って平淡な声色で呟いた。

「吸血族の唾液には治癒能力があってな、咬まれた痕は大抵残らねえんだ」
「じゃ、じゃあ血の跡がないわけは?」
「オレは一滴残らず頂く人間なんだ。零すようなヘマ、するわけねえだろ」

最後のは別として、吸血族の唾液には治癒能力がある、か。咬まれた痕が残らないから、今まで女の子達は咬まれたことに気が付かなかったんだ。いくらなんでも首筋に咬まれた痕があれば、誰か一人くらいは気づいたはずだもの。

「しかし……アンタの血は美味いな。今まで飲んだどの女より美味かったぜ」
「え、そうなの? 血にも味の違いってあるんだ……」

血が美味しいって言われても、喜ぶのは精々蚊くらいのものだ。褒められもこれじゃあ確かめようがないじゃん。むしろ美味しいのなら夏場は余計に蚊に注意する必要があるってことじゃないか?

「これなら文句ねえ。これから毎日頂くぜ」
「ま、毎日!? たしかにちょっと吸われたほうが、綺麗な血が生まれるから健康にはいいけど!」

毎日あんな快感と戦えっていうのは酷過ぎる。私を殺す気ですか?

「ンなこと知るか。とにかく……本来なら毎食食いたいところを、学校にいる間だけにしてやってんだ。じゃねえと毎食貪ったらお前の身体が持たないしな。むしろ感謝しやがれ」

―――できるか! そう叫びたいけど、上手く身体に力が入らない。この気だるい感じはなんだろう。疲れているのに妙に心地よい。

「アンタの血が美味すぎるのがいけないってことだ。諦めな、音城至」

え、やっぱりあたしが悪いの?

続