トリップ連載 | ナノ




外に目を向けると、今まで見えなかったものが見えてくる。今日はいつもよりも早く起きてしまった。といっても女中さん達はもう行動を起こしていて、城のあちこちから活気のある声が聞こえてくる。城の朝は私が思っている以上に早いようだ。

私は身なりを整えると、部屋の襖を少しだけ開けてキョロキョロと左右を見回した。廊下に誰もいないことを確認すると、目を閉じて一度だけ深呼吸をする。緊張している心臓を落ち着かせるためだ。

今まで誰かと一緒以外でこの部屋から出たことはなかった。用があっても大抵みんなこの部屋にやってきていたため、自分から向かうということは一切ない。でも今日からは違う。今日からは自由にこの城を歩くことができるのだ。話は昨日、政宗様達と会話している頃にまで遡る。

「……あの、いまなんと仰いましたか?」
「華那を自由にしてやるって言ったんだ」

政宗様が言う「自由」の意味がわからず、私は首を捻った。今も十分自由なのに、これ以上の自由があるというのだろうか。政宗様のおかげで何一つ不自由なく過ごさせてもらっている。みんなに嫌われていないとわかっただけで今の私はとっても幸せで、特に片倉様に信じてもらったという事実で私は胸が熱くなるのを感じていた。

「今までは文か成実が傍にいる状態でしか城を歩けなかっただろ? だが華那は今から正式にオレの部下になる。……わかんねえか? 我が物顔でこの城に住めばいいって言ってんだよ。居候じゃなくて、仲間としてな」
「……仲間だと認めてくださるのですか?」

不思議そうにこう呟くと、政宗様は「何言ってんだ?」と目を丸くさせる。まるで当たり前のことを訊くなというふうに見えるのは何故だろう。おまけに政宗様の部下だと言ってくれた。政宗様の部下ということは私も戦わなくちゃいけない。戦いは少し怖いけど、政宗様に認めてもらえたように思えて嬉しかった。いつの間にか、ここが私の居場所になっていたんだな……。

「で、だ。明日からの飯はオレの部屋で食べるぞ」
「え………なんでですか?」
「お前なあ……家臣が城主のところへ来るのが普通だろ?」

政宗様の呆れた眼差しが私を突き刺す。私があまりに不思議そうに訊き返してしまったために、政宗様は少々呆れ気味だ。そこまで馬鹿にしたような目をしなくても、ねえ?
 横にいる片倉様も眉間にしわを寄せている。呆れて何も言えないといった感じだ。

「つーわけで明日、起きたらオレの部屋に来い。You see?」

政宗様の言葉に、私は頷くことしかできなかった。

で、現在に至る。みんなは私のことを認めてくれている。そうはいっても全く実感がないから、わかっていてもやっぱり少し怖い。今までこの部屋から一人で出たことがないから尚更だ。しかし政宗様を待たせるわけにもいかない。こうしているうちに時間は刻々と過ぎていっている。いつもなら文ちゃんがご飯を持ってきてくれるのに、今日に限って文ちゃんの姿は見えない。私の分のご飯も政宗様の部屋に運ぶようにと、きっと政宗様か片倉様が予め文ちゃんに伝えてあるに違いない。

「……ここでこうして悩むこと自体、時間の無駄なんだし……」

もう一度辺りを確認して人気がないことを確かめる。誰もいないことを入念にチェックすると、私はサッと部屋から飛び出した。そのまま足早に政宗様の部屋へ向かう。早くと自分自身を急かしながら長い廊下を小走りで歩く。幸いなことにまだ誰とも会ってはいない。あの角を曲がれば部屋までもうすぐというところにまで差し掛かったときだった。

突然角から兵士さん達が現れ、私は「きゃ!」っと短い悲鳴を上げてしまう。兵士さんも私の悲鳴に驚いたようで、ビクッと肩を小さく震わせた。

「ご、ごめんなさい……」

頭を下げると兵士さん達は「頭を上げてくだせぇ!」と口々に困ったような声を上げる。声に導かれ恐る恐る頭を上げ、兵士さん達をまじまじと見上げた。なんというか……私が思っていた人達とは違うような気がするのは何故でしょう。大名に仕える人達だから厳しそうというか、威厳があるというか……。とにかくもっとお堅い人達だと思っていた。でもこの人達の容姿からは、そんなものをこれっぽっちも感じられない。この人達は大名に仕える武士というより……。

「…………ヤンキー?」

一昔前のヤンキーそのものだった。髪型はリーゼントやスキンヘッドだし、服装も暴走族が着ているような特攻服のように見える。ある人は口にマスクもしていた。鉄パイプや折れた角材を持ってブイブイ言わせたら、もう完全に一昔前のヤンキーである。伊達軍って暴走族の集まりだったのでしょうか?

「やんきー……って何スか?」

一人の兵士さんが不思議そうに訊いてきた。そっか、ヤンキーって言葉はここには存在しないのか。

「えーと……政宗様がよく言ってませんか? Punkやhooliganって」
「あ、よくわからねえっすけど筆頭がたまに言ってるな」
「そうそう、どういう意味か訊いたら「俺達に相応しい言葉だ」って言ってたよな」

兵士さん達が交わす会話を、私は苦笑しながら見守っていた。「俺達に相応しい言葉だ」って政宗様、自覚があるのですね。自分達の柄が悪いということに。あとそれ、回答になってないのではないでしょうか? 確かに相応しい言葉だとは思うけど、兵士さん達が意味を知ったらどういう反応をするかわからない。

「華那様はこれから筆頭のところッスか?」
「あ、はい。政宗様のお部屋で朝餉を頂くように言われてい……」

そこで私の言葉は途切れた。いまこの人は私のことをなんと言った? 聞き間違いか、華那様と聞こえたのだが……。

「どうしたんスか、姐さん?」

今度は姐さんと呼ばれたような……。笑顔を張り付けたまま微動だにしないことを不審に思った兵士さん達が、心配そうに私の顔を覗き込む。

「あのー……その「華那様」や「姐さん」というのは一体なんですか?」
「だって筆頭直属の部下になったって聞きやしたよ。そんな人を気軽に呼ぶことなんてできっこねえ!」
「俺は姐さんの戦う姿を見て、姐さんの強さに惚れやした!」

若干興奮気味に話す彼らに、私は早くも腰が引けていた。彼らは拳を握りしめ、何をそれほど興奮しているのか目がギラギラと燃え滾っている。大の男の人達に「強さに惚れた」って言われても素直に喜べない。なにより私は「様」付けで呼ばれるような身分じゃないのに。

「その華那様とか姐さんっていうのはやめていただけませんか? そんなふうに呼ばれるようなことをした覚えはありませんし、私なんか皆さんと違って武士でもないのですし……」
「そんなこと関係ないっスよ! 俺達は華那様についていくって決めたんです!」
「そ、そんな……」
「俺達だけじゃないっす、みんな華那様を慕ってますよ!」

屈託のない笑みを浮かべて笑う兵士さんの姿と言葉に、私は胸の奥が熱くなった。みんなが私のことを慕ってくれている、仲間だと認めてくれている。その事実がどうしようもないほど嬉しかったのだ。

さっきまで部屋で不安だった自分が嘘のようで、あれだけ怯えていた自分を恥じる。結局みんなを受け入れていなかったのは私のほうだったんだ。みんなは私を信じてくれていたのに、私はみんなの言葉を信じていなかった。

「―――テメェら、そんなところで何をしてやがる?」

困ったように曖昧に笑っていると、背後から片倉様の声が耳に届いた。振り向くとそこには片倉様がいて、彼の姿を見るなり兵士さん達は背筋を伸ばして頭を下げた。私も慌てて頭を下げる。片倉様は手を制して頭を上げるように促し、私達はゆっくりと頭を上げた。

「華那、政宗様がお待ちだぞ?」
「あ、はい! じゃあみなさん、失礼致しますね」

一度頭を下げ、私は足早に政宗様の下に向かう。さっきまでの自分が嘘のように、今の私の足取りはやけに軽い。まるで重しが外れたように心が弾んでいる。背後では兵士さん達が顔を赤らめ私の背を呆然と見送っていることにも気づかずに、私は政宗様の部屋に向かった。

廊下ですれ違った女中さんが「お早う御座います」と私に声をかけてくれる。私も笑顔で「お早う御座います」と言葉を返すと、女中さんも優しい笑みを私に向けてくれた。そんな些細なことがとっても嬉しい。もう大丈夫、不安なんかない。私は華那。伊達軍の一人にして、政宗様を護る蒼天だ。

「……か、可愛い」
「ああ、華那様ってああいうふうに笑うんだな」

華那の笑顔に見惚れている部下達を、小十郎はなんともいえぬ複雑な目で眺めていた。

第壱章完