トリップ連載 | ナノ




蒼天。意味は青空、大空。春の空。そして上帝、天帝、造物主。

「オレはお前が蒼天なんじゃねえかって思ってる」

政宗様の真っ直ぐな瞳が私を射抜く。突然そんなことを言われても、蒼天が何かわからない私は首を傾げた。彼の言う「蒼天」は、私が思う「蒼天」とは意味が違う。私が思ったのは単純に青空のことだったけど、政宗様が言う「蒼天」は何か別のものを表しているはずだ。

「ま、知らねえだろうな。蒼天っつーのは最近噂になってる、どこの軍にも属してねえ凄腕の将のことだ。なんでもたった一人で戦場に現れては、全軍を相手にしちまうほど強いらしいぜ。問題は、その蒼天の持ってる刀から蒼い龍が現れるらしいってことだ」
「蒼い……龍」

これで話が繋がった。蒼い龍が現れるという刀を持つ蒼天。そして私が持っていたという刀から現れた蒼い龍。政宗様達は私がその蒼天だと言ってるのだ。

「おまけにここ一ヶ月ほど蒼天が現れたっていう話が途切れてやがる。わかるよな? 華那がこの城に住むと同時に、戦場に蒼天が現れたっつー話も聞かなくなった」

これが偶然なわけがない。一ヶ月前といえば丁度私が記憶を失った頃と一致している。蒼い龍が現れるという刀が世の中にそう何本もあるとは思えない。覚えはなくとも、事実が私を追い詰める。

蒼天はたった一人で全軍を相手にできるほど強い将だと政宗様は言った。もし私が本当に蒼天なら、あのとき無意識化で身体が戦闘体勢に入った説明もつく。私が蒼天だったら戦い方を知っているのは当たり前で、人の死も冷静に受け止めることができるはずだ。

「……きっと私がその「蒼天」なんでしょうね」
「華那……」

でも蒼天だって言われても、記憶を失った私に何が言えようか。蒼天だった頃の記憶がないので、私は何も言うことができない。どうして一人で戦っていたのか、何が目的だったのか。政宗様達は訊きたいことが沢山あるはずに違いない。でも今の私に答える術は持ち合わせていなかった。

「一つだけ気になるのですが、蒼天は政宗様達とも戦ったことがあるのですか?」

もし蒼天が政宗様に危害を加えたことがあるのなら、今度こそ私はここにいられない。政宗様を傷つけようとした自分を、きっと一生許すことができないだろう。

「Relieve オレは一度も蒼天と戦ったことはねえよ」

政宗様は私が心配していたことを見抜いたように柔らかい笑みを浮かべた。その笑みに私もホッと安堵の息を吐く。

「華那、アンタはこれからどうしたい?」
「どうしたい……ですか?」
「Yes 怪我も治ったことだし、これからどう生きるか考えねえといけねえだろ?」

確かに政宗様の言うとおりだ。怪我も治った今、このまま何もせず過ごしているわけにもいかない。何もせずこの城に置いてもらうのは気が引ける。

「女中の手伝いをするもよし、このまま何もしねえのもよし……華那はどうしたい?」
「私は……」

今の私が一番したいことは。

「―――失った記憶を取り戻したいです」

失ったままじゃ前に進むことも、後ろを振り返り後悔することもできない。このまま自分が何者かわからないまま、ただ不安に流されたくない。同じ流されるのなら全てを知った上で流されたい。例え自分が罪人だったとしても、私は逃げるわけにはいかなかった。

「自分が何者か、知る覚悟はあるんだな? 記憶を失ったままのほうが幸せかもしれねえぞ?」

政宗様の言葉は、まるで私の覚悟を試しているかのようだった。しかし今の私に迷いはない。

「―――はい」
「……だろうな、華那ならそう言うと思ってたぜ」

政宗様は楽しそうに目を細める。彼には私の返答などお見通しだったのだ。わかっていた上で訊くなんて、少しだけいじわるじゃないだろうか。

「だが、どうやって失った記憶を取り戻すつもりなんだ?」

と、政宗様の隣で控えていた片倉様が口を開く。片倉様の言うことはもっともで、私はどうしたものかと途方に暮れた。日本中を旅して、私のことを知っている人がいないか見て回るっていうのはどうだろう。でもそれを言うと政宗様と片倉様は揃って呆れたような溜息をついた。な、そんなに馬鹿げた案だったか?

「ンなまどろっこしい方法より、手っ取り早い方法があるぜ?」
「本当ですか!?」

政宗様の表情が怪しく歪んだ。

「華那もオレと一緒に戦に参加しろ」
「…………………は?」

私と片倉様の口からなんとも言えぬ声が漏れる。この城でお世話になって一ヶ月。私と片倉様が初めて息が合った瞬間だった。気まずい空気が流れる中、政宗様だけがどうだと言わんばかりに胸を張る。

「戦場に行けばお前のことを知ってるやつが一人くらいいるかもしれねえだろうが。蒼天が伊達軍についたとなれば、今まで蒼天に痛手を食らった奴らがrevengeに来る可能性だってある」
「それはそうかもしれませんが、そのために戦を起こすなんて……!」
「これは華那のためであって、オレのためでもある。オレは天下統一のための戦を、華那は記憶を取り戻すための戦をすりゃいい。互いに利が一致してるんだ、一緒に戦えば効率がいいだろ?」

天下統一。政宗様はこの日ノ本を一つにまとめる戦を仕掛ける気いるんだ。スケールが大きすぎていまいちピンとこない。だが片倉様は違った。信じられないような目で政宗様をじっと見つめている。

「……では政宗様、ついに」
「Yes いい加減魔王のオッサンに好き勝手させてる場合じゃねえからな」
「魔王の………オッサン?」

って誰だろう。この日ノ本に魔王が存在しているとは思えない。けど政宗様が魔王って言うのなら、どこかに魔王が存在しているってこと? ここ日本だよね?

「織田信長……って言ってもわかんねえか。ここから西の尾張を根城にしている大名で、そいつが恐ろしいほどの残虐さで周辺を支配下に置き始めているんだ。放っておけば近い将来、必ず脅威になる」
「織田には精鋭が集っているから、尚更見過ごすわけにはいかねえんだ」
「魔王の嫁さんに魔王の子。それにあの不気味な明智ときた。ったく厄介なもんだぜ」
「明智……? それってもしかして明智光秀のことですか!?」

二人がどうして知っているんだという目で私を見る。私だって明智光秀なんて人、ついさっきまで知らなかった。さっき見た夢に出てきた長髪の男。彼は自分のことを明智光秀と名乗っていたはずだ。

「夢を見たんです。私が明智光秀と名乗る男と対峙している夢を……。傍には少年が事切れた状態で木に寄りかかっていて、辺りは炎で包まれていました……」

政宗様と片倉様は深刻そうな表情を浮かべ、お互い何かを考える仕草を見せる。私も少しだけ目を伏せた。たかが夢、でもたかが夢だと割り切れないのだ。何よりあの夢を見ているとき、私は前にもどこかで似たような光景を見たような錯覚を覚えたのである。

「小十郎……」
「はい。一ヶ月ほど前、農村が何者かによって壊滅するということがありました。
村は炎で焼かれ、村人は全員皆殺しにあったはずです」

聞いているだけで嫌な気分になる。自分がそこにいたわけじゃないのに、知っている人なんていないはずなのに。それなのに同情してしまうのは、亡くなった人達に対して失礼なことだろうか。

「さらにその少し前その辺りで戦がありました。戦といっても小さな小競り合い程度のものでしたが……そこに蒼天が現れたという噂です」
「だから華那がその村の近くにいてもおかしくねえっていうわけだ。華那が見た夢っていうのは、もしかしたらそのとき見た光景なんじゃねえか?」

夢にしてはやたらとリアルなあの光景。炎の熱さ、血の匂い……五感で感じることを感じれたほどリアルな夢。

「とにかく華那はオレと一緒に戦に参加しろ。安心しろ、刀と服は返してやるよ」

自分が何者かを知るために。この日、私は戦うことを決意する。

続