あた婚! | ナノ

最後に食べようと取っておいたshortcakeの苺を、食べないならっつって勝手に食べるような奴

華那が気に入ったあのベッドを買い終えた後(驚いたことにカードで一括だった)、折角来たのだからということで、食事をして帰ろうということになった。車に乗り込み、何を食べようか相談しているまさにその時、政宗のスマートフォンの着信音が車内に鳴り響いた。この着信音はプライベート用のスマートフォンだ。政宗はジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出し、着信相手を確認する。画面に表示されている名前は、西海の鬼。

「長曾我部……? 一体何の用事だよ……Hey 俺だ。Ah 今から? 随分急だな」

元親からの電話に、華那はこの二人がいつの間にこれほど親しくなっていたのかと、驚きを隠せない。色々訊きたいことは多いが、政宗の隣に自分がいると知られては拙いので、ここはじっと息を顰めているに限る。

どうやら会話の内容から察すると、元親が政宗を飲みに誘っているようだった。華那が知る限り、政宗が仕事抜きで誰かと会うことは少ない。取引先と食事だから夕食はいらないという理由はあっても、友達と飲んで帰るから夕食はいらないという理由は、結婚してから今日までほとんどない。

もしかして政宗って友達少ない? なんて、本人を前にして訊けるはずもない。前々から思っていたがなるべく考えようにしていたことに、現実味が帯びてくる。

(成実さんの言っていた言葉が、引っかかるのよね)

昔から政宗に言い寄る女は後を絶たない。あの見た目だし、いずれはこの伊達グループを背負って立つ男だからね。だから政宗の周りには色々な思惑を腹に抱えた女が多く集まるようになっていた。

財産や地位を目的に政宗に近づく女性達。なら同じように政宗の立場を利用しようとする男性達もいたって、おかしな話ではないのだ。政宗が小さい頃から、相手のそういう汚い部分を見ていたらとしたら? 人を見る目のある彼が、それを見抜くことに長けていたら……。

自分ならどうするだろうと華那は考える。そんな寂しい想いをするくらいなら、先に自分で壁を作り、近づけさせないようにする。相手とは適当に話を合わせ、決してこちらの懐へは入らせない。何の打算もなく政宗と付き合おうとする人は、華那が想像している以上に少ないのかもしれない。

元親はその何の打算もない、貴重な男だ。本人は否定しているが、政宗がなんだかんだで元親を気に入っているのには、そういう理由があるのかもしれない。折角の政宗とのディナーだが、しかたない。華那は通話中の政宗の袖をクイッと引っ張った。

「なんだよ? ちゃんと断るから心配いらねえよ」
「違う、その逆。長曾我部に飲みに行こうって誘われたんでしょ? 行ってきなよ」

元親に声を聞かれないよう、二人とも小声だ。

「Ah? お前何言って……」
「政宗の貴重なお友達のお誘いを無下になんてできないよ。あたしとのディナーはまた今度でいいからさ」
「おい、誰と誰が友達だって?」

友達というフレーズに引っかかったのか、政宗は嫌そうな表情をしている。

「政宗と長曾我部。ただの知り合いが、こう何度も飲みに行ったりするわけないでしょ?」

それを言われると否定するのが難しい。

「長曾我部と飲みに行くの、実は楽しいんでしょ? あたしのことは気にしなくていいから、飲みに行きなさい」

政宗には華那の真意がわからない。ニコニコと笑っているのに、いまの彼女には逆らえない何かが感じられる。自分と食事がしたくないからだと、うっかり最悪なことまで考えかけたのだが、彼女の様子からしてそれはありえない。

「何が言いたい?」
「友達づきあいは大事ってこと。政宗はそのあたり、あたしより下手そうだから」
「……一言余計だ」

が、政宗も華那の言い分に納得したらしく、元親との通話を再開した。返事は勿論、OKだ。政宗は気づいていないだろうが、声のトーンが少し上がっている。自分同様素直ではないので認めないだろうが、この様子を見て楽しくないと言われても信じられない。元親と話す政宗の楽しそうな横顔を、華那もまた楽しそうに眺めていた。

「悪ィな政宗。もしかして折角のデートを邪魔しちまったか?」

華那を自宅へ送り届けた後(酒を飲むので勿論車も一緒に置いてきた)、元親に指定された居酒屋に行くと、彼は既に飲み始めており、良い感じにできあがっていた。元親も政宗と同じで酒には強いほうだ。毎回飲み比べをするも、はっきりとした勝ちはなく、以前引き分けの状態のままなのだ。元親ができあがるにはそれなりの量が必要で、政宗が来るまでの間にどれくらい飲んだというのか。

「邪魔も邪魔だよ……ったく」
「それなら断ればよかったじゃねえか」
「Ah それはだな……」

数少ない友達の、折角の誘いを断るなんてことをしては駄目だと、嫁に言われたから。

「って口に出したら相当情けなくねえかこれ?」
「何一人で言ってんだ?」
「いや……まあなんだ、別に理由なんていいじゃねえか。ところで二人だけか? まさかとは思うが、また猿野郎を呼んでたりしねえよな?」

以前元親に飲みに連れられた場所には佐助がいた。フラれた佐助を励まそうとした元親なりの心遣いだろうが、政宗と佐助の間ではそうはいかない。もともと馬が合わない二人が華那という共通の話題で、更に険悪になったことは語るまでもないだろう。見たところ、この場にいるのは元親だけだが。

「……悪かったねぇ、俺様がいて」

あからさまに不機嫌な声が、政宗の背中に振ってきた。やはり佐助も一緒だったか。政宗は溜息をついた。おまけに佐助のほうが先に来ていたらしい。佐助が一緒なら、既に元親ができあがっているのにも納得だ。二人で先に飲んでいたら、そりゃあできあがるものもできあがる。

「ちょっと席を外しているうちに、なんで竜の旦那がいるんだよ?」
「大勢で飲んだほうが楽しいじゃねえか!」

その理屈は間違っていないが、相手にもよるぞと、二人は内心付け加える。この先同じようなことがまたあるかもしれないと思うと、いっそ自分達の関係を元親に伝えるべきなのではと、若干血迷った決断を下しそうで怖い。

「それよりお前らもさっさと飲め!」
「言われなくてもそのつもりだっつーの」
「ま、結局こうなるんだよねー」

何が悲しくてかつての恋敵と酒を酌み交わさなくてはいけないのか。しかしこうなってしまった以上、相手よりも先に酔い潰れてなるものかと、二人の妙なプライドに火を点けた。そこからは元親ですら目を疑うハイスピードで、二人はどんどん酒の入ったグラスを空にしていく。顔が火照って赤くなっているものの、酒にはめっぽう強いという自信がある者同士、意識ははっきりしているし呂律もちゃんと回っている。元親もそんな二人に感化され、飲むスピードをさらに上げた。

「へっ、相変わらずしぶてェじゃねえか!」
「こんなもん、まだまだ飲んだうちには入らねえんだよ。なあ猿飛?」
「そうそう。まだまだこれからってね。そう言う竜の旦那こそ、そろそろヤバイんじゃないの?」
「俺だってこの程度で飲んだ気になれるかっつーの」

そう言いつつも、三人の唇は弧を描いている。なんだかんだ言っていても、こうして飲み比べをすることは楽しいのだ。酒を飲んでいるから楽しいのか、それともこの面子で酒を飲んでいるから楽しいのか……いまの政宗にはまだわからない。だが決して不味い酒ではないことだけは確かで、半ば無理やりとはいえ自分をここへ行かせた華那には素直に感謝した。

やはり今日も決着がつかないと、何十杯目かわからないグラスを空にしたところでそう思い始めた矢先のこと、平行線かと思われた勝負の行方は思わぬ形で急変した。

「……輝宗?」

聞き覚えのない、ハスキーボイス。まさかこんな場所でその名前を聞くことがあるなんて思っていなかった。一気に酔いが醒めた気分だ。輝宗という名前には、嫌と言うほど聞き覚えがある。元親と佐助は状況を理解できていないようで、酒を飲む手が止まった政宗を不思議そうにじっと見ている。声をした方を向けば、そこには一人の男が、驚きの表情で政宗を見つめていた。政宗と同じで、この居酒屋の客だろうか。男の容姿が目に入った途端政宗は言葉を失った。元親と佐助も言葉を失っている。

声からして間違いなく男なのだが、その男の格好が彼の性別に疑問符を叩きつけているのだ。ブラウスに、膝より少し上のタイトスカート、おまけにストッキングまで穿いている。顔はばっちり化粧をしていて、髪型も男のショートヘアというより、女性らしさが窺えるボーイッシュなショートヘアである。パッと見ただけだと、バリバリのキャリアウーマンだと言われても違和感がない。

「お……オカマ?」

女装した男が父親の下の名前を呟いたのである。動揺するなというほうが無理だ。

「……すまねえが、誰だ?」
「んまぁ! アタシのことを覚えていないっていうわけ!?」

政宗の返答が気に入らなかったのか、そいつは政宗の胸倉を掴みかかった。いつもの政宗なら胸倉を掴まれるようなヘマはしない。掴まれる前に先手を打つ。が、今回はこの女男の迫力に珍しく気圧されて反応が遅れた。

「覚えているわけねえだろ! 第一俺は輝宗じゃねえーよ!」
「嘘おっしゃい! アンタのその顔、どう見ても輝宗でしょうが!」
「お取り込み中のところ申し訳ねえけど、こいつはそのテルムネってやつじゃねえよ。こいつの名前は政宗だ」

政宗が何を言ったところで信じてもらえないと踏んだのか、元親が助け船を出した。案の定、元親の言葉なら耳に届いたようで、胸倉を掴んでいた男の手の力が緩んだ。まじまじと政宗の顔を観察し始める。

「えっ? あ、あらっアタシったら……。そ、そうよねえ、輝宗がこんなに若いはずないものネ。ご、ごめんなさい。あんたがアタシの大嫌いな男にあまりに似ていたものだから」

男は胸倉を掴んでいた手を放すと、両手を顔の前で合わせて、政宗に謝った。政宗としては、大嫌いと言われた自分の父親とこの男の関係が些か気になるところである。

「あっ、アタシの名前は馨(カオル)って言うの。本当にゴメンナサイね」
「……そんなに嫌いなのかよ、その輝宗ってやつのこと」
「ええ、大嫌いよ。その男はアタシの高校の同級生なんだけど、そいつはアタシの秘密を大勢の前でバラしたのよ!」
「馨さんの秘密って?」

と、話を促したのは佐助である。馨も待ってましたと言わんばかりに、鼻息を荒くして捲し立てた。

「アタシの家族って女ばっかりでね。そのせいか昔からこういう口調だったの。でも人前でこういう喋り方をしないように気を付けていたのよ? からかわれるってわかっていたし、恥ずかしいとも思っていたから。けどあるときうっかり、輝宗の前で地が出ちゃったの。アタシは恥ずかしいからクラスのみんなには内緒にしてってお願いしたわ。けど数日後……」
「輝宗の野郎はclassの生徒に喋っちまってた……と」
「そうなのよ! 酷いと思わない!? その日以来高校を卒業するまでずっと、アタシはオカマって呼ばれ続けたわ……」

そう叫ぶなり、馨は手身近にあったグラスを手に取ると、一気に酒を飲みほした。その横では政宗が、「テメェ! それ俺の酒じゃねえか!」という声をあげるも、馨はあっさり無視してあろうことか追加の酒を勝手に注文し始めた。女装までしておいてそう言われても……という、三人の冷やかな視線を感じ取ったのか、馨は「いまでこそ開き直ってこんな格好しているけど、昔はそうでもなかったのよ」と付け加えた。

「輝宗はね、昔からそうなのよ。人の嫌がることを爽やかな笑顔でやってのけるの! こっちが気にしていることもズケズケ言うし! なんて言えばあの男の厭味ったらしいところが伝わるかしら」
「……最後に食べようと取っておいたshortcakeの苺を、食べないならっつって勝手に食べるような奴」
「そう、まさにそれよ! 上手い喩えね、それ」

ぼそっと呟いた政宗の喩えを、馨は聞き逃さなかった。おまけにその喩えが随分と気に入ったのか、馨のテンションは最高潮だ。元親と佐助もなんとなく理解できたようで、お互いなんともいえない複雑な顔をしている。

「目に見える悪意がないだけに、余計に性質が悪いのよネ。あれは絶対天然モノよ」
「相手にするだけこっちが損したような気になるんだよな」

あからさまな悪意があれば、怒るなり注意するなり、いくらでもやりようがあった。悪意のない相手を怒ったり注意したところで、当の本人に自覚がないので、結局また同じことを繰り返すだけなのだ。こちらが無駄に体力を消耗させられるだけのような気がして、悪循環なことにそれが更にストレスの原因となる。

「政宗って言ったかしら。アタシの気持ちをわかってくれるのはアンタだけよ。この場の会計はぜーんぶアタシが持つから、話を聞いて頂戴〜!」
「ゲッ!? 冗談じゃねえぞっ!」

馨は逃げようとする政宗の腰をガシッと掴んだ。振り払おうにも腐っても男、かなりの力で掴まれていて振り払うことができない。

「テメェ実は相当酔ってるだろ!?」
「当たり前じゃない! お酒は酔うために飲むのよ!」

こちらのテーブルで話し始めたときから薄々感づいてはいたが、馨は酔うと人に絡む傍迷惑なタイプで間違いないだろう。酔っ払い相手にまともな会話が成立するはずもなく、政宗は元親と佐助に助けを求めるも。

「奢ってくれるなら話くれェいくらでも聞いてやるぜ!」
「さっ、馨さん。もっと飲んで飲んでっ」

と、元親は奢りという言葉に気を良くしているし、佐助に至っては馨のグラスに新しい酒を注ぎ始めた。政宗の困る姿を見られて嬉しいのだろう。こんなことになるなら華那とディナーに行っていたほうが遥かにマシだった。自分をここへ行くよう促した彼女を、逆恨みと自覚しつつも政宗は恨めしく思った。

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