あた婚! | ナノ

残されたあたしは広い部屋でポツンと独り後悔するっていうパターンなのでは?

何の前触れもなく突如現れ、そして去って行った政宗のお父様。多分だけど、あたしのことは好意的に受け入れてくださった……と思っていいのよね。あの政宗のお父様だから一体どんな怖い人だろうと思っていたけど、実際会ってみると……想像以上に怖かった。そりゃもう、ものすっごく怖かった。だってあの政宗を黙らせたのよ!? あの王様のような性格はきっと生まれた頃からなんだろうな〜と、常日頃思わずにはいられないあの政宗に、一切の反論の余地を与えなかった。いつもみたいに自信たっぷりな態度で言い返すと思っていたのに、ただ黙って悔しそうに唇を噛み締めている政宗の姿を見たのは初めてなような気がして、悲しかったし、なんでかあたしまで悔しくなってしまった。これはあれか? 夫を馬鹿にされた妻の悔しさというやつでしょうか? 言葉だけ聞くとあたしもちょっとは奥さんっぽくなったんじゃないかな〜? っていまはそんなことどうでもいいか。さて。政宗に言いたいことだけ言って帰ったお父様。あたしもお父様に一言言いたいことができました。……こんな微妙な空気を生み出した責任を取ってから帰ってほしかったです。

輝宗を見送った華那と政宗は、先ほどからリビングのソファに二人肩を並べて、何をするでもなく、ただ黙って座っていた。華那は何か話しをしようときっかけを探しているのだが、隣に座る政宗の無言の圧力に気圧されてしまっている。俯く政宗の表情は華那からでは窺うことができず、結局彼女は何もできずあっちこっちに視線をさ迷わせる羽目となっていた。声をかけようにも、なんと言って声をかければよいのかわからない。仕舞いにはこういう空気を生み出した輝宗に、内心八つ当たりをし始めた華那である。

窓の外には清々しいほど綺麗な青空が広がっているというのに……これほど天気の良い休日に、一体あたしは何をやっているのでしょうか……?

「………よし」
「うわっ!?」

政宗は急に声を出すなり、いきなり立ち上がった。窓の外に広がる青空に現実逃避をしかけていた華那は思わずびっくりしてしまう。華那が立ち上がった政宗をマヌケな顔で見上げていると、彼女の視線に気がついた政宗も、じっと華那を見つめ始めた。端正な顔立ちをしている政宗にじっと見つめられると、華那は未だにドキドキしてしまう。脳裏に過るのは唇と唇が触れ合ったときや、身体を重ね合ったあの夜のこと。政宗に愛されていると感じた時々を思いだし、余計に恥ずかしくなってしまった。

な、なに? そんなにじっと見つめられても……そりゃあ政宗には、あたしの初めてのほとんどをあげたわけだし、今更照れる仲でもないかもしれないけど、でも、でも……!

これ以上は恥ずかしすぎて無理と言わんばかりに、華那はギュッと目を閉じた。

「アホな面が更に残念なことになってるぞ」
「…………はぁ!?」

政宗の口から飛び出したまさかの言葉に、華那は閉じた目を大きく見開いた。彼を心配していた気持ちが、一瞬にして吹き飛んだ。その代わり、怒りという感情が一気に溢れだした。

こ、この男は……こっちの気も知らないで!

「人が心配してるのになんでそういうことを言うのかな!? お義父様に怒られたからヘコんでんじゃないのかなって思ってたのに!」

華那は立ち上がるなり政宗に食ってかかった。彼には華那が息を荒くして怒っている理由がわからずにいた。

「心配? そんなことをする暇があるならさっさと出かける支度を済ませろ」
「そ、そんなことですってー!? 第一、出かけるってどこへよ。どうしてあたしも支度しなきゃいけないのよー!?」
「前々からほしいと思ってたモンがあるんだよ。親族会議も潰れたし、丁度いいから今から買いに行こうと思ってな。勿論一緒に来るだろ」
「はぁ!? なにそれ、命令!?」

あたしの都合は無視ですかそうですか。

政宗は自分が行くと言えば、ついてくるのが当たり前だと思っているのだろうか。一緒に行こうと誘ってくれたと前向きに捉えれば嬉しいこともないが、誘うなら誘うでもうちょっと言い方というものを考えてくれと言いたい。仕事じゃないのだから、そんなふうに命令口調で誘われて、誰がはいと言うものか。

政宗が自室に戻りスーツから私服へ着替えている間も、華那は背筋をピンと伸ばした状態でソファに座ったまま、ピクリとも動こうとはしない。一緒に行きたいという気持ちがないわけではないし、本当のところすごく行きたいのだが、あんな言い方をされて素直にはいと言うのはさすがに悔しい。

しばらくして私服に着替え終えた政宗が戻ってきた。スーツよりはラフなジャケット姿とはいえ、そこはさすがに伊達男。着ているものは全てブランドものだと、流行りものに疎い華那でもわかる。悔しいがよく似合っていると思う。自然と溜息が出てしまった。コンビニで暇つぶし程度に読んだファッション雑誌に載っていたモデルが飛び出したようだ、などど考えて何を考えているのだと己自身を叱咤した。

あたしは政宗に怒っているのよ。褒めてどうすんの!

「なんだよ、支度してねえのか」
「………だって一緒に行くとは、一言も言ってないもん」

意地を張っているのがバレるのではないかと思うほど、華那の声は不自然なまでに硬かった。こういうとき、自分は本当に可愛くないと痛感する。素直に自分の気持ちを表せる女性が羨ましいと、何度も思った。政宗の言い方に腹が立っているのは本当でも、自分だってもっと違う言い方があったのではないかと思うのだ。が、一度口に出してしまった以上、こんな性格なので訂正することは難しい。

政宗の目を見ることができず、華那が視線を反らしていると、彼が小さな溜息をついたのがわかった。この反応が華那を更に惨めな気持ちにさせる。何度も何度も同じ経験をしているので、相手がどういう気持ちでこういう反応をしているのかわかっている。きっと呆れているに違いない。そして決まってこういうのだ。もういい、と。

……いつまで経っても本当に学習しないな、あたしも。

「五分だけ待ってるから、さっさと支度してこい」
「………はい?」

政宗の口から飛び出した予想外の言葉に、華那は耳を疑った。聞き間違いかと思い政宗に向き直る。

「そこはいつもの流れだと、もういいって言って、政宗は一人で出て行って、残されたあたしは広い部屋でポツンと独り後悔するっていうパターンなのでは?」
「ってことは今までに誰かと、何度か同じことをやってるってことか。あのなぁ、お前がオレのことを理解しようとしているように、オレだってお前のことを理解しようとしてるんだぞ。その、なんだ……オレもこの一年で、お前の性格を少しは理解してるってことだ。華那が意地を張ってるだけだって、知ってんだよ」
「ま、政宗……!」

政宗が華那を理解しようとしてくれたことが嬉しすぎて、感動で声が震えてしまった。心なしか涙も浮かび、政宗の顔がぼやけて見える。

「それにオレの言い方もよくなかったしな。華那の言うとおりここは会社じゃねえし、いまのオレ達は上司と部下ってわけじゃねえし……」

政宗はバツが悪そうに、ガシガシと頭を掻き毟る。

「Ah 買い物に行きたいんだが、一緒にきてくれねえか、奥さん?」
「はいっ!」

華那は大きく頷くと、ソファから立ち上がり一目散に自室へと駆けこんだ。その様子がまるで子供のようで、政宗は内心呆れながらも、その口元は自然と笑みをうかべている。しかし買い物に行こうと誘っておいてなんだが、華那がどうしてあそこまで嬉しそうにしているのかが、政宗にはわからずにいた。

(あいつも何か欲しい物でもあったのか? で、オレに買わそうとか思ってんのかもな。ついでだし、買ってやってもいいか)

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