あた婚! | ナノ

その無駄な労力を勉強にまわせばいいのに、それに気がつかない馬鹿なんだよねー

政宗の従兄弟、成実の問題が解決したと思えば、次は兄と名乗る人物が現れた。華那に休む間を与えず、政宗の親族はひっきりなしにやってくる。

自分の旦那を悪く言うことには少し気が引けるが、どちらかといえば政宗は悪人面だ。爽やかな笑顔より凶悪な笑顔のほうがよく似合う。が、政宗の兄と名乗ったこの男性は、その真逆であった。表情や雰囲気全てが柔らかく、笑った顔は爽やかそのものである。たしかに政宗を爽やかな好青年にすれば、似ていないこともないのだが、どちらかというと政宗の兄というより、成実の兄と言われたほうがしっくりくる。顔はどことなく似ていても、この兄弟は根本的なところが似ていないように思えた。

政宗の兄を無下に追い返すわけにもいかず、華那は自宅へ彼を招き入れた。リビングに案内し、お茶を出す。テーブルを挟んで向かい合って椅子に座り、まずは一息ついていた。

「あのー、いまはお昼どきですし、あたしなんかの料理でよかったら何か作りましょうか?」

作るのが面倒だったというだけで、決して材料がないわけではない。徹底的に掃除をした分カロリーも消費していたようで、実のところ華那はお腹が減っていた。しかし客人の手前、自分だけ食べるというわけにもいかない。面倒だが食べるためには作るしかないだろう。彼もそれなりにお腹が減っていたようで、華那の提案を二つ返事で受け入れた。一応苦手なものを訊くと特にないそうなので、おもいっきり冷蔵庫の中身を使えるというもの。あの政宗の兄なので舌も相当肥えているだろう。それだけが気がかりだが、あり合わせの材料で手早くバケットサンドをこしらえた。これなら料理の腕も多少は関係ないので、食べられないほど不味くはないだろう。華那は皿に盛りつけたバケットサンドをテーブルに運ぶと、緊張した面持ちで彼の一口目を見届けた。最初の一口ほど緊張する瞬間はない。

「………うん、美味しいよ!」
「よ、よかったです……」

とりあえずは、一安心。彼の笑顔にようやく安堵した華那も、バケットサンドを食べ始めた。

「でも驚いたなぁ。まさか君があの政宗のお嫁さんだったなんて」

彼もまさか華那が政宗の結婚相手とは思ってもいなかったようで、この偶然に驚きを隠せずにいたらしい。さらりと、結婚しているということを知っていると取れるこの発言に、今度は華那が驚く番だった。

「……政宗が結婚していたこと、知っているんですか!?」

成実の一件があったせいで、近いうちにバレるだろうとは予想していたとはいえ、こんなにも早く伝わっているとは思ってもいなかったのだ。

「少し前に成実から聞いたんだ。政宗も隅に置けないよね。結婚していたのなら、もっと早く教えてくれたらよかったのに」

それは無理な相談だろう。華那だってまだ親に話していないのだから。いまでこそ報告しなければと思うのだが、結婚当初はお互い好きでもない相手と、世間体のためだけに仮面夫婦を演じていたのだから、そりゃあできるだけバレないよう気をつけるし、迂闊なことを話さないよう注意だってしていたくらいなのだ。

「あたしも、まさか政宗にお義兄さんがいたなんて知らなかったです」

政宗は自分のことをあまり話そうとしない。伊達家の面倒事に巻き込みたくないからという気持ちを理解しているからこそ、華那も無理に聞き出そうとはしないが、自分の家族のことくらいなら話してくれてもいいのにと思う。

「政宗っててっきり長男だって思っていたんですけど、違ったんですね」

あの王様のような性格は長男故に構成されたと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。あれは末っ子故甘やかされて育った環境下で構成されたに違いないだろうと勝手に推測する。

「あんまり年が離れていない弟も一人いるよ」
「弟まで!? ってことは、三兄弟の真ん中? 見えない……」

華那の推理はまたもやはずれた。政宗の知られざる家族構成に純粋な好奇心が湧いた。華那は政宗がいない今をチャンスと思い、ここぞとばかりに彼のことを聞き出そうと兄に詰め寄った。

「政宗からは何も聞いてないの?」
「そんな余裕がなかったと言いますか、最近やっと夫婦としてやっていけそうって思えたくらいのレベルなんで、政宗があたしもことを知らないように、あたしも彼のことを、まだそんなに知らないんです」

だからあたしの知らない政宗を少しでも知りたくて! 本人ではなく他人から聞き出そうとしているあたり、多少の罪悪感はあるものの、知的好奇心には逆らえない。

「例えば、小さい頃の政宗ってどんな感じでしたか?」
「小さい頃ねえ……よく勉強をサボる子だったね。家庭教師を雇っても勉強したくないからか、数々のいたずらをして家庭教師を追い返してた。一週間もてばいいほうで、最短では会って一時間で根を挙げた家庭教師もいたっけなぁ」
「そ、それは……」

やんちゃが過ぎるにも程があるだろう。勉強をサボるというのは言われてみればそれっぽいので笑い飛ばすところだが、勉強したくないからといって、やってきた家庭教師をやめさせるまでのいたずらを仕掛けていたという点は引いた。大の大人が子供に泣かされるなんて、一体どんなえげつないいたずらを仕掛けていたのだろうか。

「毎回新しい家庭教師がやってきては、どう追い返そうか知恵を振り絞っているんだよ。その無駄な労力を勉強にまわせばいいのに、それに気がつかない馬鹿なんだよねー」
「へえ………って、え?」

いま、さりげなく馬鹿って言った?

「勉強をサボるくせに、物覚えはよかったんだよね。学校の成績は常に上位だったよ。全く腹立つよねぇ。一度くらい苦労とかしてみればいいのにって何度思ったことか」

爽やかに笑いながら酷いことをさらりと言うあたり、やっぱりこの人も伊達の血縁者だと思わされた。政宗と成実。華那が知る伊達の血縁者は、どこかしこに欠陥があった。この人は違うだろうと思いこもうとしたが、やっぱりこの人にも欠陥はあった。こんなにも優しい表情をする人がそんなこと言うはずがないよね聞き間違いだよね、と無意識にそう思おうとしてしまう。華那は愛想笑いと引き攣った笑いが合わさった微妙な笑顔で固まっていた。ここは彼と一緒に笑えばいいところなんだろうか。

「どうしたの華那さん?」
「いえ、人は見た目で判断しちゃいけないなーと、肝に銘じているだけです」

悪人面が似合う政宗が実は優しいというように、人を外見で判断するとろくな目に遭わない。目の前の男は優しそうな顔をして、さりげなく辛辣なことを言う。相手が笑顔だけに一言、一言が必要以上に突き刺さる感じだ。

「不躾なことを訊くようですけど、お義兄さんと政宗って、あんまり仲が良くない感じなんですか?」
「そこまで悪くはないと思うけど、とても仲良しと言えるほどでもないかなあ。僕は政宗が大好きだけど、向こうはそう思っていないのか、あんまり話しかけてくれないんだ」

出会って数時間も経っていないが、その理由はなんとなく察しがつく。時折含まれる毒気はともかく、この兄弟は性質が違いすぎて噛み合うようには全く思えない。

「……ところで政宗に会いにきたって言ってましたけど、彼は今日、親族会議でご実家のほうへ帰られていますよ? お義兄様こそ親族会議へ出られなくていいんですか?」

わざわざ政宗に会いにこようとせずとも、実家に行けば強制的に彼と会うことはできたのだ。むしろ親戚が集まるその会議に、彼は参加しなくてもいい理由でもあるとでもいうのだろうか。

「うーん、正直なところ僕はあの会議の場が昔から苦手なんだよ。表面上は仲良くしていても裏では何を考えているのかわからない連中も多いし、逆にあからさまな敵意を剥き出しにしてくる奴らもいるしねぇ」

彼は困ったように眉を顰めてそう言った。政宗の言っていたとおり、親族会議というものはとても殺伐としているものらしい。政宗と違って表面上は人の良さそうな感じがするだけに、苦手と言う言葉にも信憑性が増す。自分にとって限りなく害がある存在でも、表向き旨くやることくらい、この人には容易そうに思えたからだ。

「……ふう、ごちそうさまでした。美味しかったよ。もともと料理は得意なほうなのかな?」
「人並み程度です。一人暮らしをしていたので、とりあえず自炊はできるっていう程度で。でも政宗と結婚してから鍛えられましたけど」
「だろうねえ。彼、憎たらしいことに料理も得意っていうか、もう趣味のレベルだから、昔から味にうるさかったよ。食べ物の好き嫌いも激しいし」
「そうなんですよ。小十郎さんのファイルに何度救われたことか……あ、お茶のおかわり如何ですか?」
「じゃあ一杯だけもらおうかな……ん?」
「どうかしましたか?」

彼は突然リビングのドアのほうをじっと見つめ始めた。華那も何かあるのかとそちらへ目を向けるが、特に変わった様子はない。自分に見えないだけでそこに何かいるのかと、非科学的なことまで想像してしまった。

「僕はそろそろお暇したほうがよさそうだね」
「もう帰っちゃうんですか?」

できればもっと政宗の話を聞かせてほしかった。残念そうな表情を出してしまっていたのか、彼は苦笑しながらごめんねと言った。

「なんとなくだけど、そろそろ帰ったほうがいい気がするんだ。僕の直感がそう言ってる」
「それってどういう……?」

彼の言っている意味がわからず、華那が首を傾げたときだった。ガチャ、と、玄関のドアが開く音がしたのだ。この家の鍵を持っているのは華那の他には政宗だけだが、この時間だと彼はまだ伊達の屋敷にいるはずである。華那が慌てて立ち上がると同時に、リビングのドアが開かれた。

「――ただいま」
「政宗? なんでこんな時間に?」
「それが……」

言いかけた政宗は言葉を失った。彼と目が合ったからだ。彼は唖然としている政宗に、へらっと気の抜けた笑顔を見せる。呑気にも手をひらひらと振りながら、おかえりと挨拶を返していた。刹那、政宗はキッと眉を吊り上げる。ドカドカと彼のもとへ歩いたと思えば、いきなり胸倉を掴んで椅子に座っていた彼を強制的に立たせたのだ。どうして急に怒ったのかわからない華那は何もできなかった。

「テメェ……なんでここにいる!? こっちがどれだけ大変だったと思って……!」
「なんでって政宗に会いにきたんだよ。結婚したって成実から聞いてね」
「ちょっと政宗! いくらなんでもお義兄さんにそんなことしちゃ駄目でしょ!?」
「………お兄さん、だと?」

このままでは拙いと思った華那が二人の間に入ると、何故か政宗が怪訝そうな表情を見せた。しかしすぐさま画点がいったのか、彼は胸倉を掴んでいた手を離すと、深い溜息をついた。どうやら兄も政宗がどうしてそういう反応をしたのかわかっているようで、呑気に笑いながら掴まれた胸倉のシャツのしわを直している。

「いいか、華那。よく聞けよ」
「な、なによいきなり……」

子供を諭すかのような政宗の声色に、華那の背筋が自然と伸びる。

「こいつはオレの兄なんかじゃねえ。そもそも、オレに兄なんていねえからな」
「は!? 何言ってるの。じゃあ彼は誰なのよ!?」

政宗は親指でクイッと自称兄を指差した。その顔は若干呆れている。

「こいつの名前は伊達輝宗。オレの……親父だ」

古典的な表現を使用するなら、いまたしかに自分の頭は、ふたが外れたようにパカッと開いているに違いない。中から鳩かひよこが顔を覗かせて、間抜けな鳴き声を晒していることだろう。ギギギと壊れかけの人形のようにぎこちない動きで彼のほうへ首を向けると、彼は年甲斐もなくテヘッといたずらがバレた子供のように笑っていた。それが意味することはただ一つ、政宗の話が真実ということである。

「昔っからこういう奴なんだよ。人をからかうのが好きなんだよな」
「えーと……つまり、お義兄様じゃなくて、お義父様ァ!?」

前言撤回。やっぱり似ています、この親子。平気で人にイタズラを仕掛けるあたりが、特に。

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