あた婚! | ナノ

とりあえず、スタンガンでも使って誘拐しちゃおっか?

何故見合いを断わり続けるのか、当主直々に頼まれたために調査をすることになった彼――伊達成実は手を拱いていた。政宗の身辺を探ろうにも、彼の周りのガードは鉄壁だ。もともと自分のことを話すタイプでもなかったし、お付きの小十郎も口が堅いので、政宗のプライベートは謎が多い。会社の社員だって、仕事面の政宗のことならいくらでも話してくれるのに、プライベートのこととなると、「社長の私生活……言われてみればどんなふうなのかな?」というような答えが返ってくる。

見合いを断られた相手なら理由を知っているかも。そう考えて片っ端から連絡を取ってみたのだが、話を聞けば全員会う前に断られていた。政宗の性格からして、送られてきた見合い写真すら見ていないことは明白だ。つまり、見合い写真が送られた時点で、問答無用に断っているということである。しかも断っているのは政宗ではなく小十郎という話も聞いている。そこから察するに、政宗に結婚する意志は微塵もないということだろう。それなのに見合い写真を送り続ける連中には頭が下がる思いだ。その労力をもっと違う方向で活かせばよいものを。

こうなってしまえば、誰に訊いても答えは同じ。当主には悪いが、早くも手詰まりだった。政宗が住んでいるマンションは知っているので、とりあえず車を走らせてすぐ傍まで来てみたはいいものの、車内からマンションを眺めても事態を打破することなどできないわけで。

「あー…マジでどうするべきかな。親父さんにわかりませんでしたって言うのもなんか情けねえし」

ハンドルを支えに両腕を組むと、行儀悪くその上に顎を乗せ、フロントガラスからマンションの入り口を眺めていた。夜も更けてきたので辺りの人通りは少なく、ここからでは政宗が既に帰宅しているのかすらわからない。

「もう諦めるしかねえのかな……」

これ以上調べようにも手がかりもないし、なによりこれ以上踏み込むと政宗にバレる。そうなったら親父さんに駄目でしたと言うより、もっと面倒なことが起きてしまうことは明白だ。最悪、生きていないかもな、俺。嫌な想像が成実の脳裏に過る。長い付き合い故、政宗の性格を熟知している彼だからこそ、想像といえどもかなりリアルなものだった。

「あいつなら喜んでえげつないことやりそうだし……げっ、政宗!?」

最初は見間違いかと思い、まさかという思いでもう一度まじまじと、視界に映ったそれを見る。しかしそれは見間違いなどではなく、たしかにマンションのすぐ傍の道を、政宗が歩いているではないか。成実は慌てて姿勢を低くし、姿を隠す。さすがに車を見ただけで、それが成実の車だとは思わないだろう。姿勢を低くしつつもちらりと政宗の姿を目で追うと、彼の横に、一人の女性の姿を確認することができた。道路側を政宗が歩いているせいではっきりと姿が見えない。だが政宗の表情から見ると、かなり親しげな感じがする。成実でさえ、あのように穏やかな表情の政宗はあまり見たことがない。政宗の手には大きめのスーパーの袋が握られており、二人は極々自然にマンションの中へと消えていった。暗がりでよく見えなかったが、辛うじて女性の顔だけは確認することができた。今までの政宗が付き合ってきた派手めの女性からは想像できないほど、見た目はごく普通の女性である。二人の姿が完全に消えたのを確認すると、成実は低くしていた姿勢を元に戻し、背筋を伸ばしながらシートに背中を預ける。

「はっはーん。あの様子からすると、彼女が政宗の今の女ってところか。珍しいタイプに手ェ出してんなー、政宗も」

とにかく、いまは彼女がいるから見合いを断わっていると見て間違いないだろう。問題は先程の女性が、いつマンションから出てくるかである。あの政宗の女だ、十中八九朝帰りだろう。ここ数日の仕事は、当主から頼まれた仕事があるという理由から、表向きは有給休暇中であるので、別にこのまま車で朝まで待機していても問題ない。有給申請の際は言いだしっぺの当主も口裏を合わせてくれたので助かった。おかげで誰にも疑われることなく有給を使えたのだから。

当面の問題は政宗の彼女が万が一、夜遅くにマンションを出てくるような事態があった場合だ。ないとは思いつつも、百パーセントないとは言い切れない。正直今日はもう疲れているので、今すぐにでも眠りにつきたいところなのだが、いつ出てくるかわからない彼女を待たねばならない身としては、そう簡単に眠ることは許されない。なにしろ彼女はやっとの思いで見つけた重要な手掛かり。寝オチというくだらない理由で逃したとあっては当主に合わせる顔がない。

「あの政宗が夜遅くに女を帰すとも思えん……タイムリミットは零時ってとこだな」

零時までまだ四時間以上もある。ここからは自身の眠気との戦いだ。しかし抜かりはない。こういう事態を想定し、予め食料プラス暇つぶしの道具は多めに仕込んである。まずはこちらも腹ごしらえと、助手席に置いていたコンビニの袋から夕食の菓子パンを取り出した。

きっかり零時までマンション前で張っていた成実だったが、当初の読み通りあの女性はその後現れることがないまま朝を迎えた。夜と違って朝となると、いつ現れるのか予想しにくい。予め目覚ましのアラームを早めの時刻に設定していたおかげで、普段よりも早く起床し、現在朝の七時半、マンション前の張り込みを再開して一時間以上が経過していた。まだ政宗とその彼女の姿は見えない。もしかして俺が眠っている間にマンションを出ているのかもしれない。何度もそのような疑念に襲われているが、それはないだろうと言い聞かせる。政宗は独身なので、人の目を気にする必要性がないのだ。

「そもそもあいつは、人の目なんてモンを気にするほどの繊細さ、とっくの昔になくしてるっつーの」

昔はあんなに可愛かったのに、何をどうしてこうなってしまったのか。そんなことを本人の前で言えば命がないので絶対に言わないが、政宗とは誰よりも長い付き合いだと自覚がある成実は、懲りずにまだそのような疑問を抱えていた。

「俺も諦めが悪いのかねー……っとと? おっ!? きたきたきたー!」

マンションの入り口から出てきたのは、服装こそ違うが、昨日の夜政宗と一緒にいたその人である。昨日は辺りが暗かったので彼女の持ち物まできちんと確認できたわけではない。しかし替えの服が入るような大きな荷物はなかったと記憶している。ということは、政宗の自宅には彼女の服などが置かれている環境であると見ていいだろう。自分のテリトリーに相手の私物を持ち込ませるなど、かなり親しい者でしかありえない行為。ましてや彼女はこれから仕事に行くと見える、オフィスカジュアルな服装だ。本人も至って普通の表情をしているので、これが初めてというわけではなさそうだ。これまでにも何度か、同じ経験をしているに違いない。成実は車を降りると、少し距離を開けた上で、静かに彼女の後をつけていく。彼女が何者であるか突き止めるためにも、彼女の仕事先は抑えておきたい項目の一つだ。会社さえわかれば、あとはどうとでもそこから攻略することは可能だろう。本当は車で後をつけたほうが楽なのだが、彼女が電車やバスなどの交通機関で通勤していると車は邪魔になるだけ。仕方がないが、ここは徒歩が一番リスクは低い。成実の予想通り彼女は駅へと向かい、満員電車に乗り込んだ。人混みの中で彼女だけは意地でも見失うまいという一心でなんとか耐え抜いた成実は、電車を降りて彼女が向かった先に驚きを隠せなかった。彼女が向かった先は、なんと伊達グループが経営している会社の一つにして、政宗がいま黒字化を目指してテコ入れをしている会社だったからだ。政宗は後々面倒になるからという理由で、会社の女性だけは手を出さないようにしていたはずなのに、いまの彼女はこの会社の社員だったのだ。しかしこれは逆に好都合と捉えるべきだろう。伊達グループの関連会社なら個人情報は入手しやすい。

「じゃあまあ、ゆっくりと調べさせていただきますか」

ニヤリと、悪だくみをしているようなどこか楽しげな笑みが自然と零れた。成実自身はあまり認めたくないのだが、このような笑い方は政宗とそっくりらしい。従兄弟も意外と似るものだね、とかなり昔に当主が笑いながら言っていたのを思いだす。そのときはたしか成実と政宗、二人とも露骨に嫌な顔をしていたはずだ。お互い、こいつと一緒にするなと思っていたのは明白である。勤め先がわかったので焦る必要はない。今日は一旦引き揚げることに決めた成実は、止めたままの車を取りに行くためマンション前まで戻ることにした。

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