あた婚! | ナノ

ふざけんな! あたしは政宗の恋人なんかじゃないわよ!

ここは一体どこなのだろうか。そんなことを思いながら、華那が周囲を見渡せば、テレビでしか見たことがなかった洋式の豪華な家具や調度品が置かれていて、部屋の内装もこれらの家具に負けないくらい豪華なものだと見ただけでわかった。

部屋も華那の自室よりはるかに広く、いま自分がいる場所はどこかの豪邸の一室だと容易に窺えた。窓の外はまだ日が高い。腕時計の針は午後三時をさしている。華那が座らされているソファもとても座り心地の良いもので、細部にまで拘りが窺える洗練された優雅なデザインから、こちらも負けず劣らずの高級品に違いない。

場違い。あまりにも場違いな自分。居心地の悪さを覚えるなというほうが不可能である。

突然見知らぬ場所に連れてこられた挙句、テーブルを挟んで向かい合って座っている目の前の男――伊達成実のせいで、華那の表情は目覚めてからずっと硬い。対照的に成実の表情は朝声をかけられたときと同じ、人畜無害の人懐っこい笑顔のままだ。それが逆に恐ろしい。あの男はこの笑顔をうかべたまま、どんな手段を使ったのかまではわからないが、多分スタンガンのようなもので自分を気絶させてここに連れてきたのだから。

「早く飲まないと、それ冷めちゃうよ? ここの紅茶結構美味いって最近評判なんだけどなー」

テーブルの上には二客のティーカップが置かれていて、香りと色からして中身は本当に紅茶。お茶受けはお皿の上に綺麗に並べられたスコーン。たしかに美味しそうなのだが、何が入っているかわからない以上迂闊に手を出せない。

「もしかして何か入っているとか思っちゃってる? 大丈夫、何も入ってないよ。なんなら俺が先に食べてみせようか?」
「なら……あたしに選ばせて。あんたが選んだやつじゃ信用できないもの。ついでにティーカップも交換してもらうわ」
「いいよ。っていうか、見た目に反して結構抜け目ないね」

成実は意外そうに華那を見る。自分に選ばせろと言ったのは成実が選んだスコーンでは、事前にそれに何も入れないようにすることが可能であるということ、ティーカップを交換しろと言ったのは華那の前に出されたティーカップに予め細工してあった場合のことを考えてだろう。どちらにせよ随分と嫌われたものである。

「でもさー、交換してって言ってくると俺が予め予想していて、逆に自分のカップに何か仕掛けているかもとは考えなかったの?」
「それはたったいまのあんたの言葉で、ないと判断したわ」

成実は華那の用心深さを見た目に反してと言ったのだ。つまりそう思っていなかったと受け取れる言葉であることから、華那は成実のティーカップには何も仕掛けていないと判断していた。

「……本当に何も仕掛けていないから安心して。俺はただ、君と話がしたかっただけだからさ」

成実が紅茶を一口飲み続けてスコーンを食べ始める。その様子を見てしばらくしてから、華那も紅茶を一口飲み、スコーンを食べた。朝食べたきりだったため我ながらみっともないほどお腹が減っていたらしい。あっという間に一個を食べ終えてしまった。成実が言ったとおり、紅茶もスコーンも少し冷めてしまっていた。それでも美味しいと思わされることが些か腹立たしい。

「改めて俺は伊達成実。政宗の従兄弟。で、ここは俺の家の客間。政宗の実家にあたる伊達家の本邸の近くなんだ」

と言われても、政宗の実家がどこにあるかわからない以上、ここがどこなのか華那にはまるでわからない。ただ得体の知れない人物より、政宗の従兄弟のほうが少しは胡散臭さもましになるような気がした。尤もこれが本当ならの話だが。本当に政宗の従兄弟かどうか訊かれると思っていたのか、反論してこない華那に成実は少し拍子抜けだ。

「俺が政宗の従兄弟だってことは、信じてくれるんだ?」
「……なんとなくだけど、政宗とちょっと似てる感じがするものでして。それに紅茶とスコーンに怪しいものも入っていないようだし、言ってることはちょっとくらい信用しても大丈夫なのかと……あ、本当にちょっとだけだからね! ところでこのスコーン、もう一個食べていい?」

悔しげな表情でスコーンのおかわりを要求する華那の様子がおかしくて、成実はたまらず吹き出した。素直に食べていいのか訊けばいいのに、何をそんなに悔しがるのかわからない。突然成実が笑いだすものだから、華那は顔を真っ赤にさせた。唇を噛み締め、わなわなと身体を震わせている。

「し、しかたないじゃない。予想以上に美味しかったのよ!」

成程。素直に美味しいと認めることが悔しかったのか。これは面白い反応だ。そもそも自分を誘拐した相手に差し出されたお菓子がうっかり美味しくて、もう一個食べたいと思ったこと自体不本意だったに違いない。多分餌付けされていると感じているのだろう。まあ実際、そういう下心がないといえば嘘になるのだけれど。彼女が美味しいものに目がないということは、先の調査で判明済みだ。

「いいよ。もう一個と言わず好きなだけどうぞ」
「う……あ、ありがとう。じゃあ遠慮なく」

言うなり華那は次々とスコーンをたいらげていく。この食欲にはおもわず成実も呆気にとられた。華那は食べることに夢中で、成実の存在などすっかり忘れている様子である。僅かな時間であっという間にスコーンを完食してしまった華那は、行儀良く手を合わせてごちそうさまでしたと呟いた。

「すっげー食欲。女と思えねえ……」
「お腹が減っていたのよ。そこにあんなに美味しいもの出されちゃ……これは不可抗力よ。ちなみにあれはどこで売っているものなの?」

あわよくば自分で買いに行くつもりなのかこの女。どうやらかなり気に入ったらしい。まあ出したものを完食してくれて、しかもそれが美味しいと言ってくれたのだから、悪い気はしない。素直に教えてやりたい気持ちは山々なのだが……成実は申し訳なさそうに頭を掻いた。

「これ市販じゃなく手作りなんだよなァ」
「そ、そんなー……ってまさかこれ、あんたが作ったの!?」

どこにも売っていないこと、まさかの成実の手作りという事実が本当にショックだったようで、がっくりと華那が肩を落としていると、いきなりドアが外側から大きな音とともに開け放たれた。華那がビクッと肩を震わせていると、目の前に現れたのは荒くれ者のような四人の男だった。身長や体型もバラバラだが、ひょろっとしている気の弱そうな一人を除いてみんな結構良い身体つきをしている。しかしそれよりも華那の目を惹きつけてやまないのが、最近ではなかなかお目にかかれない立派なリーゼント頭だった。わさわさといい感じに揺れている。しかしこの男、もといこのリーゼント。どこかで見たことがあるような……。

「あ、あの! よかったらこれ、どうぞ!」

リーゼント頭が差し出したのは、大きなお皿に山盛りされたスコーンである。さすがにこの量は食べきれない。華那は呆気に取られながらも丁重にお断りすると、

「なら持って帰って食べてくだせえ!」

と、言われてしまい、持って帰っていいのならと華那は遠慮なく頂くことにした。

「良直どうしたのさ? 盗み聞きとは良い度胸だねー。それとも自分達が作ったものを美味しいって言ってくれて嬉しかったとか?」

リーゼント頭の男は良直と言うらしい。このスコーンは成実ではなく、彼らの手作りだったのか。見た目と味のギャップに華那は益々開いた口が閉じられなくなった。やはり人は外見ではない。先人の言ったとおりだ。この見た目からどうやったらこんなに美味しいものができあがるんだろう。悔しいことに、華那が作るものより美味しかったのだった。

「そりゃあ美味しいって言ってくれて嬉しかったっていうのも本当ですが、今朝乱暴な真似をしちまったんで……その詫びのつもりでもあるんです。これくらいのことで許してもらおうなんて思っちゃいませんが……」

言うなり良直達は華那の足元にしゃがみ込むなり、土下座したではないか。謝られる理由がわからない華那はただオロオロするしかできない。

「すまねえ! 今朝あんたにスタンガン使って気絶させて、無理やりここに連れてきちまって本当にすまねえ!」
「す、スタンガン!? やっぱり意識を失う前にチラッと見えたのはスタンガンだったんだ……」

成実に声をかけられたところまでは覚えているのに、その後の記憶がなかったのはやはりそういうわけだったのか。間違いであってほしいと思ったが、彼女の期待は裏切られてしまった。

「な、なんでスタンガン?」
「言ったじゃん。俺はあんたと話をしたかっただけだって。でも普通に連れてきちゃ面白くないでしょ? 君が素直に俺と話をしてくれるって思えなかったし。だったらスタンガンでも使って無理やり連れてきちゃえって思ったんだー」

結果的に大成功と満面の笑みをうかべてVサインをする成実に、華那は込み上げる怒りで身体を震わせた。そのほうが面白いという理由だけでスタンガンで気絶させられたこっちは迷惑どころの話ではない。成実が政宗の従兄弟という確証が得られなかったが、これではっきりした。この男は正真正銘政宗の従兄弟だ。常識的に考えられない危険な思考回路がそっくりなのだ! 良直達は成実がおかしいと気づいているからこそ、先に土下座をしてきたに違いない。

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