あた婚! | ナノ

こうでもしないと今すぐ気が狂いそうだ

華那が会社にきていない。佐助がそれを知ったのは昼の休憩時、元親経由だった。佐助と華那は部署が違うので、会社でも休憩などでしか顔を合わすことがない。一方元親は彼女と同じ部署のため、華那がまたもや無断欠勤していることが気になっていた。

電話をしても繋がらず、何かあったのかと心配してしまう。上司である今川部長は「これで何度目でおじゃー!?」と朝から喚き散らす始末。ただでさえ鬱陶しい今川部長だ、こうなってしまっては誰も近づきたくないので無視するに限る。

周りに訊いても知らないという答えしか返ってこず、気にし過ぎといえばそれまでだが、そのときの元親は妙な胸騒ぎを感じていた。我ながら勘は良い方だと自負しているだけに、嫌な予感が拭えないこと自体気持ちが悪い。胸にモヤモヤとした何かを抱えたまま昼休憩になり、食堂で偶然佐助に会ったので、元親は何か知らないかと彼に訊ねたのだが、佐助は華那が無断欠勤していること自体知らなかったというオチだった。

「音城至のヤツ、最近無断欠勤多くねえか? これで何度目だ? 猿飛、オメー本当に何も訊いてねェんだよな?」
「俺様が知るわけないっしょ? 第一会社を無断で休むこと自体、どんな理由があれ華那が悪い」

二人は食堂で顔を突き合わせながら、華那のことについて話していた。どんな理由があれ、休むのであれば会社に連絡を入れるのは当たり前のことだ。それができていない者は社会人としての常識が欠落しているのだろう。本来なら元親も佐助も、所詮そういう奴なんだと切り捨てるので、大して気に止めない。気に止めないのだが――。

「あの音城至だから、気になるんだよな。俺が知る限り、あいつはそんなことする奴じゃねえ」
「俺様も同感。病欠のときや遅れるときなんか、必ず連絡してるだけに、連絡がないっていうのが引っかかるんだよな……」

二人が知る限り、華那は無断で会社を休むような真似をしない。佐助が言ったとおり、病欠や遅刻などの場合、今まではきちんと連絡をいれていたのだ。以前華那が無断欠勤したとき、彼女が述べた理由はおそらく嘘だろうというのが佐助の見解だ。本人が何も言わないのでそれ以上訊こうとはしなかったが、あのときの華那の普通じゃない様子、そして伊達政宗の態度からして、夫婦間で何か問題が起きて、それが原因で休んでいたに違いない。もしかして、今回も何か面倒なことが起きているとでもいうのだろうか。

「あいつなら、何か知ってるかもな……」

そう呟くと佐助は椅子から立ち上がり、一人でどこかへ行こうとするではないか。慌てて元親が声をかけるも、佐助は「ちょいと野暮用。勝手にメシ食ってて」と言うだけでどこに行くのか話そうとしない。露骨にこれ以上訊くなというオーラを出されてしまうと、元親としてもどうしようもない。佐助にそれ以上話す気はないとわかると、元親は荒い手つきで髪の毛を掻きむしり、すっかり冷えてしまった昼食を再開した。麺類にしなくてよかった。麺類なら確実にのびて不味くなっていたところだ。

食堂の入口近くで、佐助はちらりと元親がいるテーブルを盗み見た。何か言いたげな様子だったが、昼食を再開し始めたところを見ると、これ以上訊いても無駄だと判断したのだろう。華那から何か訊いていないかと元親は佐助に訊ねた。

しかしもう、佐助にはわからない。何故なら今の華那を一番理解し、近い存在となっているのは自分ではないからだ。

だからこそ、あいつなら何か知っていると佐助は考え、これからそいつがいるであろう場所に向かって重い足取りで歩いている。水と油とでもいうのだろうか、華那のことを抜きにしても、どうもあの男――伊達政宗とは馬が合わない。それは向こうも同じだろう。お互いのストレスが溜まるだけで何一つ生産性がない無駄な行為とわかっているので、佐助は政宗と極力関わらないようにしている節がある。華那が休んでいるんだけど理由知ってる? と訊くだけなのに、はっきり言ってしまえば、穏便に話し合いができると思えない。どちらが先かはわからないが、十中八九喧嘩越しになりそうな気がする。できることなら、いまだってすぐさま引き返して食堂に戻りたい気分だ。

普通なら社長室前には秘書の片倉小十郎がおり、門前払いを食らうだろう。しかし引き返そうにも、今日に限って彼はおらず、代わりの秘書課の女性陣達も用事で席を外しているのか不在だった。社長室はもう目の前に迫っている。社長室のドアの前で立ち尽くすこと数十秒、不服そうな顔のままだが一応は覚悟を決めた。

佐助は深呼吸をすると、意を決して社長室のドアをノックした。すると中から聞こえてきた声はあの強面の秘書ではなく、非常に耳触りな社長本人のものだった。表にもいなかったこともあり、本当に秘書はいないのだろうか? てっきり中にいると思っていただけに意外だ。仕事の要件ではなく、プライベートなことを訊きにきただけに、部外者はいないほうが助かるので有難い。政宗相手に敬語など使いたくないが、ここが職場である以上それなりの態度を取らねば拙い。誰が見て、聞いているのかわからないのだ。非常に不本意だが、ここは仕方あるまい。

「猿飛です。社長にお伺いしたいことがあるのですが」

本来なら平社員が社長に、聞きたいことがあると言ったからといって、すんなり通してもらえるはずがない。そのため門前払いという可能性も考慮した上でここにきた。だがそこは政宗だ。元々の性格なのか、それとも佐助だからなのか、意外にもすんなりと「入れ」と入室のお許しが出た。佐助も少しだけ意外そうに目を丸くするが、すぐにいつもの飄々とした表情に戻った。

初めて入る社長室は、シンプルながらもシックな色遣いの家具できちんと統一されていて、部屋の主のセンスの高さが窺える。――こういうところでも隙なしかよ。佐助としてはあまり面白くない。政宗は部屋の一番奥にあるデスクで、昼休憩だというのに書類と睨みあいをしている最中だった。佐助がきたというのに、彼は書類から目を離そうとすらしない。人と話すときは目を合わせろって教わらなかったのかねー。と、細かいことを気にしていてはいつまで経っても話が前に進まない。佐助は政宗の様子を気にすることなく話を切りだした。

「今日はあの怖―いお付きの人はいないんだ?」
「小十郎のことか? あいつはいま別件で動いていていねえよ」

声のトーンもどこか素っ気なく、政宗の意識は確実に書類のほうを向いている。軽い苛立ちを覚えながら佐助が室内を見渡すも、ここにいるであろう小十郎の姿は見られない。いないなら好都合。政宗の秘書なので、彼と華那の関係は当然知っているだろうが、現旦那と元カレという奇妙な構図はあまり見られたくない。

「で、何の用だよ? 仕事の件……ってわけじゃねえだろ」

やはり政宗も佐助の意図をわかっていて入室を許可していた。長居は無用なので、佐助はさっさと本題に入ることにする。

「音城至が今日会社にきていない。連絡もないから無断欠勤状態だ。あんたならその理由を知ってんじゃないかと思ってね」
「……無断欠勤だと? そんなはずはねえだろ。あいつ今朝もいつもどおり元気で、会社に行く支度だってちゃんとしてたはずだぜ?」

この時点になって、政宗はようやく書類から目を離し、佐助と目を合わせた。いつも鋭く細められていることの多い瞳が、今回ばかりは少し丸く見開かれている様子から見ると、本当に驚いているのだろう。となると政宗も華那の無断欠勤を知らなかったということだ。

これは一体どういうことだ。政宗の話によると、体調が悪いわけでもなく、特にいつもと変わらない様子だったというではないか。なら何故華那は会社に来ない。ここにきて急に、ないだろうと思っていた事故や事件の可能性が浮上する。このご時世、いつ何が起こるか本当にわからないからだ。佐助の脳裏に嫌なビジョンが浮かび続ける中、彼の耳は政宗の「まさか……」という小さな呟きを聞き逃さなかった。

「まさかって……あんた、何か知ってるな?」
「部外者には関係ねえ……いや待て。Hey猿、お前最近誰かに華那のこと訊かれたりしなかったか?」

政宗には思い当たる節があるのか、塞ぎこむように何かを考えている様子だ。佐助はすぐに答えず、政宗にその理由を訊ねた。

「……どういう意味だよ?」
「言葉通りの意味だ。華那がどういう女か……家族構成、学歴、交友関係。なんでもいい。何か訊かれなかったか?」

政宗のこの言葉に、佐助の脳裏に数日前のやりとりがよぎる。

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