あた婚! | ナノ

またそれ食ってんのか……

この季節になると至るところでハロウィンに関係する物をよく見かけるようになる。だが日本人にハロウィンはほとんどといっていいほど縁がない。例えば華那。彼女はこの季節になるとパンプキンプリンを買っている。理由は特にない。ただよく目につくからという、シンプルな回答である。勿論このパンプキンプリンはハロウィンをイメージした商品だ。だがパンプキンプリンを買うからといって、ハロウィンに関係するイベントをするわけではない。仮装してお菓子を貰いに歩くこともせず、仮装した子供にお菓子をあげることもない。そのためトリックオアトリートというハロウィンの常套句にも縁がなかった。

「このパンプキンプリンとも、今日でお別れかー……」

ハロウィンが終わればパンプキンプリンともしばしの別れである。華那は来年までお預けとなるこの味を忘れないようにと、一口一口味わいながら、名残惜しそうにお気に入りのパンプキンプリンを食べていた。

「またそれ食ってんのか……」

そんな彼女を横目で見ているのは政宗だ。彼女の隣に座り新聞を読んでいる。だが政宗の表情は寂しげな華那とは違い、げっそりと疲れきったものだった。それも当然で、彼女はほとんど毎日このパンプキンプリンを食べていたのだ。ハロウィンが終われば嫌でもどうせ一年間は食べられない。だったら今のうちにと、事あるごとにパンプキンプリンを食べ続けていたのである。まさしく食い溜め状態だ。毎日飽きもせず同じものを食べ続けられたら、食べている本人以上に見ている側のほうが精神的に参る。最近ではパンプキンプリンの容器を見るだけで、溜息をつきたくなるほどだ。

「今しか食べられないってなると、ついつい買っちゃわない?」
「買わねえよ。第一そんなに食べ続けると、どんなに好きな物でも飽きるだろうが」
「飽きるまで食べ続けてもまた一年後には食べたくなるから不思議よね。ふー……、ごちそうさまでした」

容器には何も残っておらず、綺麗に食べ終えたことで華那は満足気だ。

「そういえば政宗はハロウィンやったことあるの?」

華那の言うハロウィンとは、仮装してお菓子を貰いに行くことである。日本ではあまり馴染みのないことだが、以前少しだけ外国にいたことがあるという政宗ならやっているかもしれないと思ったのだ。案の定政宗の答えはイエスである。

「あ、ああ。向こうにいたとき少しだけな」
「ならトリックオアトリートって言って、お菓子を貰ったりしてたんだ!?」
「まあそうだが……なんだよその顔は」

華那の顔は期待に満ちていて、どうしてそんな表情をしているのかわからない政宗を怯えさせる。政宗からすればたかがハロウィンだが、彼女にとってはたかがでは済まされないイベントだった。

「いいなあ。だって楽しそうじゃない? 仮装してみんなでパーティーなんかしちゃってさ」

今年はどんな仮装をしようかとか、どんなお菓子が貰えるだろうとか、想像するだけで華那の胸は高鳴りだす。大人になった今でもそれは変わらない。むしろ大人になったからこそ、こんなふうにたまには羽目を外して騒ぎたいという欲求が強くなった。勿論ハロウィンが本当はどういうイベントなのか知った上でのことである。そんな彼女を見ていた政宗は、読んでいた新聞をテーブルの上に置くと、華那の肩を軽く押した。いきなりだったので反応が遅れた華那はころんと、ソファの上に横向きで寝かされる格好になった。何が起きたのかよくわかっていないうちになのか、政宗は素早く華那に覆いかぶさった。

「Trick or treat」

華那の耳元に息を吹きかけるように囁くと、彼女の顔は面白いくらい真っ赤になった。目を丸くさせ意味もなく口をパクパクと動かしている。過剰すぎる華那の反応に、政宗の支配欲が酷く疼いた。もう一度耳元でTrick or treatと囁く。華那はお菓子を持っていない。イタズラと称してどんなことをしてやろうか。政宗は下卑た想像に胸を膨らませる。

男とろくに付き合ったことがないので仕方がないかもしれないが、ここまで奥手すぎると政宗にとってはただの生殺しだ。もっと触れたい。自分のものだという証を華那に刻み込みたい。だがそれ以上に、拒絶されるのが怖かった。その原因を作ったのは、他ならぬ自分自身。もう一度、今度こそちゃんと彼女を愛したいのに、また拒絶されてしまったらと思うと政宗もどうしていいかわからないのだ。彼女に拒絶されてしまったら、今度こそ政宗は本当に壊れてしまう。こんなにも近くにいるのに、彼女に触れることは許されない。それでも今、無性に彼女が欲しくてたまらない。顔を真っ赤にさせている華那が可愛すぎるのが悪い。そんなことを思っているなんて、本人には口が裂けても言えそうにもなかった。

「Hey 華那。お望みどおりのTrick or treatだぜ?」

彼女に触れたくてたまらないのに、拒絶されるのは怖い。だからこうしてハロウィンを口実にして華那に触れようとしている。そんな自分を内心で情けなく思いながら、政宗はゆっくりと華那の唇に顔を近づけていく。

「ん……?」

政宗の唇に、硬い感触が伝わった。政宗が想像していた唇の柔らかい感触ではない。

「Candy……?」

政宗の口に押し当てられていたものは、一口サイズの丸いキャンディだった。

「お菓子をあげたからイタズラはなしよね?」
「……こりゃどういうつもりだ華那?」

政宗の口にキャンディを押し込んだのは、にっこりと楽しそうに笑っている華那だ。彼女は咄嗟にポケットからキャンディを取り出し、政宗の口に押し当てることでイタズラを回避しようと試みたのである。盲点だった。まさか彼女がお菓子を忍ばせていたとは。だがそのお菓子は既に政宗の口の中だ。もう持っていないだろう。こうなったら意地である。何が何でも華那にイタズラをすると決めた政宗は、もう一度Trick or treatと囁いた。

「はい、キャンディ」

すると華那はポケットからまたキャンディを取り出し包み紙を破ると、中身を政宗の口の中に無理やり押し込んだ。仕事中ならポケットにキャンディを持ち歩くのはわかる。だがここは家の中、キャンディを持ち歩く環境とは程遠い。どうして今日に限ってキャンディを持っているのか、政宗は不思議で仕方がない。その理由を探るため、政宗は一旦華那を起き上がらせる。

「おい、pocketの中身を全部出せ」
「別にいいけど……」

そう言って華那はポケットの中身をテーブルの上に置いた。テーブルの上に置かれたものは、色とりどりの大量のキャンディである。ポケットにどれだけ詰め込んだのかと、おもわず目を疑いたくなるほどだ。

「なんで今日に限ってこんなに持ってんだ!?」
「実は昨日佐助がくれたの。明日はずっとこのキャンディを持ち歩くようにって言われて、正直どうしてなのかなって思ってたんだけど……。なるほど、こういうことだったのね!」

明日はハロウィン。これに乗じて政宗は華那にいやらしいことをするのではないかと考えた佐助は、大量のキャンディを華那にプレゼントしていた。明日はこのキャンディを肌身離さず持っているようにと一言添えることも忘れていない。わけはわからないが佐助がそう言うのならと、華那は言われたとおりポケットにキャンディを忍ばせている。佐助は政宗の考えを見事看破していたのだった。ハロウィンの常套句はトリックオアトリート。お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ、である。ならばお菓子を持っていればイタズラされることはない。華那のことは確かに諦めた。だが諦めたからといって邪魔をしないとは、佐助は一言も言っていない。

「あんの猿! 今度会ったらタダじゃ済まさねえ!」

本気で悔しがる政宗の姿があまりにおかしくて、華那はただただ笑うことしかできない。だが少し残念な気持ちが華那の中にはあった。こんなことを言うと政宗が調子に乗るから絶対に言わないけど、政宗にならイタズラされてみたかったな……なんてね。

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