あた婚! | ナノ

なーんか俺様が恋のキューピット役を演じさせられたみたいでむかつくんだよね

休みということもあり家でゴロゴロしていた元親は、佐助から今晩飲みに行こうと誘われた。給料日までまだまだある。懐具合を考えたらとてもじゃないが飲みに行く余裕はない。佐助には悪いが断ろうと連絡を入れたら、あろうことか奢るから飲みに行こうとまで言われてしまった。そこまで言われると断る理由はない。

あの佐助が奢るからとまで言ったのだ。言い換えれば元親の飲み代を負担してでも誰かと一緒に酒を飲みたいか、それとも愚痴を聞いてほしいということなのだろう。ともあれ佐助に何かあったことだけは明白だ。相手の分も払うからというときは、十中八九その人に何かがあったとき。誰かに自分の話を聞いてほしいときだ。休みだというのに働いている佐助の仕事が終わる時間に合わせ、元親は会社の同僚と飲むときよく行く居酒屋に足を向けた。

その日の佐助は明らかにいつもよりハイペースで酒を飲んでいる。まだ飲み始めて三十分も経っていない。それなのに佐助は既にビール四杯目だ。元親はまだ二杯目で、佐助の飲みっぷりに驚かされている。二人とも酒豪であるため、今日は長くなりそうだと元親は内心げっそりしていた。

「……華那にフラれた!」
「ぐっ!?」

四杯目を飲み終わると同時に、佐助はこう言い放った。遅れてドンッとジョッキを置く音が豪快に響く。あまりの突然の告白に、元親は食べ始めたばかりのやきとりを喉に詰まらせそうになった。

「フラれたってオメー……」
「俺様以上に好きな男がいるんだってさ」

本当のことは元親に言えなかった。既に華那は政宗と結婚していて、どうあっても佐助のものにはならない。これは元々勝ち目のない負け戦だったのだ。あのあと華那に、政宗との結婚のことは内密にしてほしいと懇願された。佐助としてはせめてもの意趣返しとして、このことを誰かに話して政宗にひと泡吹かせたい気持ちはある。だがうっかりこのことを誰かに話して、それが政宗にバレたらどうなるか。報復としてリストラは当然で、最悪社会的に抹殺されるかもしれない。佐助とて政宗に雇われている身だ。この就職難の御時世、伊達グループを敵に回すほど愚かではない。

「そっか、そりゃあ残念だったな」
「それは別にいいんだ、もう。華那に好きなやつがいるんだろうなってなんとなくわかってたし。ただ何が一番むかつくって、俺様のせいで華那とその好きな男が上手くいったことだよね」

華那と政宗は結婚した経緯が経緯だけに、夫婦としては全く上手くいっていなかったらしい。華那の一方的な片思いだった関係に佐助が割り込んだことで、どういうわけか政宗も華那が好きだと自覚してしまったのだ。お互いが好きだとわかったらあとはもうゴールに向かって一直線。華那が何を言っても政宗が強引に彼女の手を引くだろう。結果的に損な役回りを演じる羽目になってしまった佐助は、このやりきれない想いをどうすればいいのか手を焼いている。

華那には政宗と幸せになれと言ったが、本音を言えばまだ彼女のことを諦めきれない自分がいる。政宗が華那と知り合ってたかが半年。だが佐助は何年もの間彼女に想いを寄せていたのだ。別れてもなお華那のことは諦めきれなかった。何人かの女ともそれなりに付き合ってみたが、佐助の脳裏には常に華那が焼き付いて離れない。それどころか、佐助が付き合った女は皆、どこかしら彼女に似ている女ばかりだったような気さえする。

「なーんか俺様が恋のキューピット役を演じさせられたみたいでむかつくんだよね」

佐助が割り込まなければ、あの二人は相変わらずあのままだったに違いない。華那が幸せになってほしいという気持ちは本当だ。心からそう思う。だが政宗は別だ。あいつの幸せなんて佐助にはどうでもいい。華那が好きになった男が政宗じゃなかったら、きっとここまでモヤモヤしなかったはずである。

―――どうやら俺様、竜の旦那のことが相当嫌いみたいだね。

政宗と話したのは今日が初めてだ。だが佐助は前々から政宗の情報を集めていた。自分が働く会社の社長であり、あの伊達グループの次期社長でもある。どんな男か純粋に興味が湧いた。佐助は情報収集が好きだ。情報を餌にすれば、大抵の交渉は上手くいく。情報さえあれば上手く立ち回ることさえできる。佐助にとって情報は自分の立場を有利にする、生きるために必要な道具だ。政宗のことは調べれば調べるほどプライベートのことだけがわからず、だからこそ何か理由があってプライベートを意図的に隠していると踏んでいた。まさかそれが華那との結婚だったとは予想すらしなかったわけで。

「なあ、音城至の好きな野郎ってオメーの知り合いか?」
「まあね……なんでわかった?」
「顔も名前も知らねえ男ならそこまでむかつきはしねえだろうなって思ったんだよ。知り合いだからこそ、なんでこいつなんかにってむかつくんだろうが。音城至が惚れた男みたいに上手くいくやつもいれば、猿飛みたいにフラれるやつもいる……そういやあいつのとこはどうなったんだろうな」

何日か前、元親は偶然政宗と出会った。そこで政宗の悩みを聞いたわけだが、たしかこちらも恋愛に関する悩みだったはずだ。政宗の恋愛相談も佐助の悩みと若干近いような気がする。政宗の好きな女が他の男と一緒にいるところを見て嫉妬して、挙句その彼女を傷つけてしまったと言っていた。政宗の場合自分が嫉妬していることすら気づいていなかったらしいが。というより、あの口ぶりからすると自分がその彼女に惚れているということすら気づいていなかったのかもしれない。いや、さすがにそれはないかと元親は思いなおす。

「あいつの悩みも、佐助みたいなやつがいれば解決するかもしれねえのになー……」
「は? なんだよそれ」

もしこの場に華那と政宗がいたら、間違いなくこう言っていただろう。恋は藪蛇、と―――。

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