あた婚! | ナノ

狐如きが竜を食らうたァ、本気でできると思ってんのか?

去っていく華那の背中を見送った後、佐助はスッと目を細め背後から感じる気配に神経を集中させた。彼女は最後まで気づいていなかった。今までの会話を盗み聞きしていた性格の悪い誰かさんが、すぐ傍の木の影に隠れていることに。佐助は後ろを振り向かず前を見据えたまま、今なお背後にいる悪趣味な誰かさんに話しかけた。

「天下の伊達グループの社長様が盗み聞きなんて、随分下品な真似をするもんだね」
「Ha! テメェだってオレに気づきながら気づかねえフリをしていたんだ。同じだろうが」

木の影から現れたのは政宗だった。自分が佐助に説明すると言った華那のことが気になり、こうしてこっそりと様子を窺っていたのである。佐助はかなり早い段階で政宗が隠れていることに気づいていたが、彼の意図がなんとなく想像できていたので特に何も言わなかった。

そして政宗もまた、佐助が自分の存在に気づいていると知りながらも、今までずっと隠れていたというわけである。隠れていることを知っていてあえて自分を泳がしたのだから、悪趣味なのは佐助も同じだと政宗は思う。佐助自身もそう思っているのか、政宗が指摘したことを否定しようとしない。

「うっわー、怖い顔。なんで華那も、こんな見るからに悪そうな顔した男に惚れちゃったものかなー?」
「さあな。だがアイツはオレを選んだ、オレもアイツを選んだ。それだけだ」

華那が政宗の何を好きになったのかは知らない。ましてやいつから自分のことを好きになっていたのかすらわからないのである。だがなんとなくの目星ならついている。政宗が体調を崩して倒れたときから、どことなく彼女の態度が変わったような気がするのだ。こうなる前は単純に気味が悪かったが、彼女が自分に好意を抱いているとわかれば色々と見方も変わってくる。

「酔っ払った勢いで結婚したって言うけどさ、そもそもなんで華那だったんだ? 酔っ払った勢いってことは、誰だっていいってことだよな?」

例えばあのホテルのバーにいたのが華那ではなく、違う女性だったらどうなっただろうか。酔っ払った勢いで結婚したというのなら、相手がその女性でも政宗は結婚しただろう。そうして一緒に暮らすうちにその女性のことを本当に好きになるかもしれない。
言い換えれば、相手は誰だっていいということになる。たまたまその場にいたのが華那だった、それだけなのだ。そんな理由で好きな女を奪われたとなると、大抵のことはすんなりと受け入れられる佐助ですら納得するのは難しい。

「……酔っ払って結婚したけどな、相手が華那じゃなかったらそんな馬鹿な真似しなかったと思うぜ。確かに酔っ払っていて正確な判断はできなかったかもしれねえ。だがそれでもオレはこいつとなら結婚してもいいと、そのとき確かに思ったんだろうな。尤も酔いが醒めたらそう思ったことすら忘れちまったけどよ」

だからこれは政宗の推測でしかない。だが自分のことは誰よりも自分が理解している。だからこそ言いきれる。いくら酔っ払っていたとはいえ、会ったばかりの女性といきなり結婚するという愚は絶対に犯さないと。その愚を犯してしまったのは、犯してもいいと思えるほど自分にとって良い女性だったということだ。

「その場にいたのが華那じゃなかったらそもそも結婚なんかしない、か……」
「アイツと一緒に暮らすうち、オレ自身気づかない間に本気で惚れちまってた。正直わかんねえんだよ、なんでアイツじゃなきゃ駄目なのかがな」

彼女と違ってかなりの恋愛経験を積んできた。はっきり言って彼女より美人の女、スタイルのいい女、頭のいい女は沢山いた。政宗から見れば彼女はお子様そのものだった。ろくに男性経験がないせいでキスどころか、手を繋ぐという行為だけで顔を真っ赤にさせそうなのである。彼女の反応が面白く時折からかって遊んでいるが、想像以上に初な反応をするためからかっているこっちが照れそうになるときがあるほどだ。恋愛の何もかもが初めてのようにさえ思えることもある。

彼女の反応は女慣れしている政宗には面倒だった。これなら今まで付き合ってきた女のほうが遥かに楽だ。それでも政宗の中で、何かが満たされることはなかった。その満たされなかった何かを持っているのは、政宗が知る限り華那だけなのだ。

「……ぶっちゃけあんたは華那を幸せにはできないと思うよ。あんたは大事なモンを守るためなら自分を犠牲にしそうなタイプだしね。あの子に本気になればなるほど、あの子はあんたのせいで泣く羽目になると思うよ。でも今の華那はあんたの傍にいることが幸せなんだ。だから……頼むから、離さないでやって」

――あの子は、俺様の可愛い後輩だからさ。

特別な女性から可愛い後輩へ。それは佐助なりの、彼女のことから身を引くという想いの表れだった。佐助の言葉の意味を汲み取った政宗は、ニヤリと口角を吊り上げる。

「アイツがどれだけオレに惚れているかわかって諦めがついたってことだな!」
「まっさかー! あんたのその性格じゃ、あの子のほうから愛想を尽かされそうだし? せいぜい離婚されないよう、あんたこそ気をつけることだね。もしかしたら狐が竜を食らうかもしんないよ?」
「狐如きが竜を食らうたァ、本気でできると思ってんのか?」

政宗と佐助は互いに挑発的な笑みをうかべ睨みあう。竜と狐の化かし合いはまだまだ始まったばかり――。

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