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どんな理由であれ借りを作りたくねえ

緩やかに下降している業績をなんとか上昇させようと、政宗は予め小十郎にこの会社のここ数年の業績データを入手させていた。そのデータを元に何故業績が下降したのか原因を究明し、そこを修正して売り上げを上げるためだ。元々この会社の責任者、つまり政宗の前社長にあたるのは彼の遠縁にあたる男だった。マイペースな性格が災いして、売上が下降気味でもまだ大丈夫と言い張り手を打たなかったのである。

その結果がこのザマだ。だが過去のデータを洗いざらい調べてみたが、これならまだ十分取り返しのつく範囲内である。気を抜けないことには違いないが、これまでいくつもの会社を経営しその全てを黒字にした政宗の経験から、大丈夫と断言できた。

「政宗様、もうお休みになられては如何ですか?」
「Ah? いつもこのオレにサボるな働けって言うお前が、珍しいこともあるもんだな、小十郎」

会社の社長室で長時間パソコンと向かい合っていたら、ふいに小十郎がそんなことを言ってきた。いつもならサボってないで働けと言う彼が休めと言うのだから、政宗が意外そうに目を丸くさせるのは無理もないことである。

最近の政宗はまさに働き詰めで、ある意味小十郎の理想通りの姿かもしれない。だが今回は度が過ぎている。ちゃんと食事を摂っているのか、睡眠をとっているのかすらわからない。ぱっと見ただけではわからないだろうが、いまの政宗の顔には明らかな疲労の色が見えた。いつも政宗の傍につき従っている小十郎だからこそ、政宗の微妙な変化に気づいたと言えるのかもしれない。

「ここ最近満足に食事と睡眠をとっておられないでしょう。この小十郎の目は誤魔化せませんぞ」
「………もうちょっとでいま抱えている案件が終わりそうなんだ。それが終わったらちゃんと休む」
「そう言って昨日もちゃんと休んでおりませんでしたが?」

政宗は返す言葉がなかった。たしかに小十郎の言ったとおり、昨日も食事といえば栄養ドリンク一本だし、睡眠だってあんなものは仮眠に近い。帰宅してからも少しだけ仕事をしていたし、結果としてちゃんと休んでいなかった。

「………っつってもあの時間にメシを作って食うのも面倒だしな」

自宅に帰ると既に華那は眠っていて、キッチンで料理を作ってもし起こしたりしてしまったら可哀想だしな、とも思う。何度かこっそりと眠っている彼女の部屋を覗いたら、そりゃもう幸せそうな寝顔で眠っていた。別に部屋を覗いたことに深い意味はない。ただ起きているのか……そう思って軽い気持ちで開けたドアの隙間から部屋の中を覗いただけだ。あんな幸せそうな寝顔をしている女を起こしてしまったら、いくら政宗といえども少しだけ罪悪感がある。

「ならば奥方様に料理を作っていただいたらよろしいのではないですか?」
「それだけはご免被る。どんな理由であれ借りを作りたくねえ」
「全く、貴方という方は……」

小十郎は溜息をついた。借り云々の話ではないと思っても、政宗は彼女に何かを頼むということそのものが厭嫌らしい。昔から他人に頼みごとをすることが嫌いな方だとは思っていたが……不本意の結婚とはいえまさか自分の妻にまでこのような反応をするとは。いや、不本意の結婚相手だからこそ、か?

「政宗様は昔から目的を成し遂げるまで他のことを疎かにしがちでしたが……だからこそ政宗様のサポートをしてくださる方が必要だと再三申し上げたはずです」
「だからお前がいるだろうが、小十郎」
「いいえ、この小十郎がサポートできるのは仕事面のみです。政宗様のプライベートまで口を出すことは許されていません」

会社にいるときなら政宗のサポートは小十郎ができる。しかし一歩会社を出てプライベートになると、小十郎は政宗に口出しできなくなってしまう。昔から政宗の世話役としてつき従ってきたが故、主のすることに口出すことを許されていないのだ。不本意ながらの結婚とはいえ、この結婚がきっかけで政宗が変わればいいとさえ小十郎は思っていた。

「とにかく、今日こそ休んでいただきます。よろしいですな?」
「わーったよ。今日こそ休む、これでいいだろ?」

そうは言っても結局休まなかった。政宗が過労で倒れるのは、この翌日の話である。

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