帰ってきた俺様伊達男 | ナノ

教えてくれないのは本人にとって不利だから

生まれて初めて乗ったベンツにキャーキャーはしゃぐようなことはせず、私は政宗の隣で縮こまっていた。隣に座る政宗は長い脚を組んでえらく尊大な態度でいるが、その表情はどうも納得がいかないというかなんというか。要するに不機嫌、ということだ。

助けを求める意味も込めて運転席に座る小十郎をミラー越しで窺うが、彼は至って真剣な表情で前を見てハンドルを切るだけである。でも政宗が放つ不機嫌オーラには気付いているはずだ。分かってて思いっきり無視しますかこんちくしょー! ……原因はやっぱりアレ、だよね。校門前で小十郎が言ったあの一言。

「当たり前だろ。なんせ政宗様に喧嘩吹っかけて勝ったガキ、それも女のことなんて忘れようにも忘れられねぇ」

……これだと思うわけ。喧嘩吹っかけた本人と、吹っかけられた政宗ですら忘れていましたが。でもこの一言で政宗は忘れていた記憶を蘇らせ、思いっきり不機嫌になってしまった。相当嫌な思い出なのだろう、口数も少なくなってしまうほど黙り込んでいる。

政宗とは家が近いということもあり、ついでにと送ってくれるのは有難いが、正直……断ればよかったと後悔してたりするんです。だって隣に座る方が、伊達組の筆頭が不機嫌オーラを放っているんですよ!? 普通に怖いし、肩身狭いよ……。けど肝心の私はそれでも思い出すことができず、未だに頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいたりするんだよね、これが。

小十郎の話によると、私は政宗に肉弾戦での喧嘩を挑み何故か勝ってしまったのだと言う。覚えていないとは言え、昔の私ってとてつもなく無謀なことやってたんだ。男の子、それも次期伊達組筆頭となるお方に喧嘩吹っかけたんですよ? 女の子がするようなことじゃないって、絶対に。そんなの、自分から死ににいくようなものじゃないですか。

「……Hey 華那」
「は、はぃっ!?」

あれこれ考えていたときに突然政宗に名前を呼ばれたものだから、自分でも呆れるほど声が裏返ってしまった。政宗は私の裏返った声に一瞬ポカンとしたが、すぐに間抜け面を引っ込め苦笑する。

「……まだ思い出せてねぇみたいだな」
「だって十年以上も昔のこと、すぐに思い出せるほうがおかしいでしょーが」

政宗がすぐにも思い出したのは、きっと屈辱的だとか人生の汚点とかで記憶の深いところで眠っていただけだからだと思う。伊達組筆頭が女の子に喧嘩で負けたなんて、忘れようにも忘れられない。一時的に忘れていたとはいえ、私と違って小十郎の一言でちゃんと思い出せている。けど政宗と違って普通の人生を謳歌中の私は綺麗サッパリ忘れていた。そして未だ思い出せず―――……。そもそもどうして喧嘩した? なんで口じゃなくて肉弾戦? 何よりどうして勝ったんだ!?

いくら小さいとは言えども政宗は小さい頃から武術に精通しており、その辺の子供より遥かに強かったと思っていたのに。現に昼休み、剣道部に入ろうかなどとほざいてたし。向こうに行っても、その辺りのことはずっと続けていたようだ。

けど私は何も習っていない。剣道とか柔道とか合気道とか、古流武術など一切習ったことなどない。強いて挙げるのなら、政宗に付き合って武術の真似事したりしたくらい。最初は稽古に励む政宗を見ていただけだったけど、ある日を境に私も参加したんだっけ。なんか私もやってみたくなったんだよね、たしか。体を動かすことは昔から好きだったし。

でもだからと言って所詮は真似事。政宗みたいに本気でやったわけじゃないし。子供だから力の差はないと言っても、稽古に対し真剣に向き合っていた彼と違って私は遊び感覚に近い。……やっぱり勝てっこないよね?

こんなことはスラスラと思い出せるのに、どうして喧嘩に勝ったということだけは思い出せないのだろう。再び考え込む私を横目で見ながら、政宗は一度大きな溜息をつき、私の頭をくしゃくしゃと掻き乱した。

「ちょっ、だから髪乱すのは止めてって言ったじゃんか!」
「思い出せねぇんなら無理に思い出そうとするな」
「だって気になるじゃない。私があんたと喧嘩して、勝ったんだよ!?」

これって弱みを握ったってことにならないかな?

「だから余計に思い出すなって言ってんだよ。男が女と喧嘩して負けた、これがどれほどmortifilcationなことか分かってんのか?」

政宗は心底嫌そうな顔で必死になって思い出そうとしていた私に釘を刺す。英語はわからないがニュアンスで言いたいことは理解できた。そりゃまぁ屈辱だよね、男じゃなくてもその気持ちはなんとなく分かる。

「……そもそもどうして政宗と喧嘩したのかが分かんない」

口喧嘩とかならよくやってた(今もやってる)けど、これはなんというかお互いに喧嘩だと思っていないと思う。少なくとも私は喧嘩とは思っていない。遠慮しなくていいというか、思ったことをスパッと言い合える。だからこれは日常的なものであって、喧嘩とは言えない……と思ってるわけ。まさか政宗はこれも喧嘩だと思ってるわけ!? だったら軽いショックだし!

「……あれはまぁオレが悪いし、華那が気にすることじゃねぇよ」
「え、てことは政宗に原因があるってこと!?」
「だがお前もやり過ぎたと思うぜ?」
「そこまで言うなら教えてくれたっていいじゃない、政宗の意地悪!」
「I am unpleasant」

それから私の家に着くまでの数十分、どんなにお願いしても政宗は最後まで口を割ることはなかった。

続