帰ってきた俺様伊達男 | ナノ

ストーキングするなら決して団体行動はしないこと!

怒涛の一日がようやく終わろうとしていた。しかし、怒涛の一日はそう簡単には終わらない……。

「ふぅ、今日の授業もこれにて終了。華那、このあとどこか寄ってく?」
「……いや、いいや。なんかもう、疲れた……」

六時間目の授業が終わり、今日の授業はこれにて全て終了した。あとは掃除とか部活とか、教室で他愛もないことをグタグタと喋ったりする時間となる。自販機でジュースを買い教室に戻る途中の廊下でのこと。気持ちよさそうに背筋を伸ばす遥奈とは対照的に、私はすっかり消沈した表情でぼーっとしていた。

なんだか、あっという間に放課後という気がして仕方がない。今日はほんと、「疲れた」以外の気持ちが思い浮かばないのだ。朝から政宗が転入してくるわ、将来を誓い合った仲とか言い出すわ、そのせいで女子達から質問攻めに遭うわ、おまけにファーストキスを奪われるわで、もうふんだりけったり。

今はもう、とにかくうちに帰りたい。そして引き篭もりたいと思う。家に帰って引き篭もってしまえば、政宗に関わらずに済むからだ。なんだけど、横にいる親友の遥奈でさえ私の心中を察してはくれなかった。

「……あ、そうよね。十年ぶりの再会だもの。好きな人と早く二人っきりになりたいか。気が利かなくて悪かったわね」
「遥奈ー……何度違うと言えばあんたは私の言葉を信じてくれるの?」

ジトリと軽く睨みつけるが、遥奈は全然気にしていない様子だった。一人で納得して、完結させて、この話を打ち切らせる。遥奈の短所を挙げるなら、一度思い込むと止まらないことだろう。自分を理解してくれると思っていた親友にも信じてもらえない。明日からの学校が……とても憂鬱です。楽しみにしていた高校生ライフが、音を立てて崩れ去っていこうとしています……。

「……ねぇ華那?」
「んー、何? これ以上くだらないこと言うと遥奈といえど容赦しな……」
「なんかさー、校門付近が騒がしくない?」
「は?」

なんの脈絡もない遥奈の言葉に、私は立ち止まり窓の外に目をやった。ここからだとグラウンドと校門付近がよく見えるのだ。校門付近は今まさに、下校しようとしている生徒達で溢れかえっている。だがそんな中でも非常に良く目立つ「穴」があった。

下校する生徒達は皆、一箇所を避けて門を潜っているのだ。一箇所とは丁度学校名が刻まれている壁辺りで、そこには一人の男性が立っている。遠くてよく見えないが、みんなこの人を避けているんだと思う。

「……あーもう、ここからだと見えない! 華那、行くよ」
「え、うそ、ちょっ……!?」

私の右腕を掴むと、遥奈はグイグイと引いて前を歩いていく。私の声など聞く耳持たずとなった彼女を止める術など……持ち合わせていなかった。その男の人の姿を肉眼ではっきりと捉えることができる距離にまできたとき、歩を進めていた私の足はピタリと止まった。私の一歩前を行っていた遥奈は、私が立ち止まったことを怪訝に思い振り返る。

「どうしたの、華那?」
「え、い、いやー……あの人にはあんまり関わらないほうがいいと、思うなぁ」

目を泳がせながら、チラリと校門前にいる男を盗み見する。ばっちりと糊付けされたスーツにオールバック。これだけならまだ(強調)! まだ(すごく強調)マシというものだ。事実これだけなら、みんなが彼を避ける必要もない。いくら険しい表情をしているからといっても、真面目そうだなという印象で終わる。しかしみんなが彼を避ける原因は、彼の頬にあった。

頬に刃物傷という、ありえないオプション。これがみんなを彼から遠ざける要因だろう。刃物傷があること自体が普通ではないのに、その傷が頬にあるとなっては誰だって彼がその筋の人だと思わざる得ない。

腕や足、手といった箇所なら、「包丁か何かケガしたの?」と思うけど(それでもかなり無理があると我ながら思う)、頬は……いくらなんでもありえないだろう。頬に刃物傷なんて、自分じゃ絶対に付けられないのだから。となると、残る答えはこれしかない。―――誰かにつけられたんですか?

「あれ!? あの人って、昨日伊達君と一緒に歩いてた人じゃ」
「ストップ! そこでストップ!」
「ひゃによひきにゃひ!?」

大声を上げようとした遥奈の口を咄嗟に塞ぐと、彼女を引き摺って近くの物陰に身を潜める。しばらくモゴモゴと何か言いたげな遥奈だったが、抵抗すればするほど解放してもらえないと悟ったのだろう。抵抗する気はないというサインなのか両手を上げ、同時に騒がなくなった。

数秒ほど様子を窺っていたが遥奈に抵抗の意思がないと判断した私は、ゆっくりと彼女の口を塞いでいた手を放す。が、どうやら大人しかったのはフェイントらしく、私が手を放すなり小声で喚き出した。

「いきなり何するのよ!? なんで私が隠れなきゃいけないわけ!? それよりも―――あの人誰よ!? 伊達君の知り合いってことは、あんたの知り合いでもあるんでしょ!?」

げ、鋭い。

「分かった、わーったから! 順を追って説明するから騒がないで。まずいきなり引き摺ったのは悪かったから謝るね、ごめんなさい。隠れたのは私があの人に見つかると厄介なことになると思ったから。彼は片倉小十郎さんと言って、政宗の教育係というか世話係というか……そんな人?」
「教育係……世話係? 伊達君ってお坊ちゃま?」

お坊ちゃまと言えば、お坊ちゃまなのかな? ただ……シャンデリアとかお城みたいな家が似合うお坊ちゃまじゃないけど。

「じゃあ、そんな人がなんでこんなところに?」
「多分……お迎えじゃない?」

昔っから政宗にだけは甘いから、小十郎。

「ああ、だから校門前の道路に黒いベンツが……」
「ベンツ!?」

私は少しだけ身を乗り出し校門前に止まっているという車を見た。あの真っ黒い車、あれベンツだったのか。ちゃんと手入れされていて傷一つないと思う。……車を知らない奴でもベンツがいかほどのものかは理解しているつもり。まさか政宗の奴、これでいつも学校に来たり帰ったりするつもりなのか!?

「あ、伊達君だ」

遥奈の声で我に返った私は、校門ではなく昇降口のほうに目をやった。そこにはみなの視線を一斉に浴び、それを鬱陶しそうにしている政宗がいた。でも小十郎の姿を視界に捉えると、堅かった表情を少し和らげる。……飼い主を見つけて喜ぶ猫か、おい。

「何話してるのかしら、ここからじゃ聞こえない」
「聞こえなくて結構! 私達もいい加減帰らない?」
「えー、もうちょっとだけ……きゃっ、こっち見た!」
「前から言おうと思ってたけど、遥奈って案外ミーハー……?」

前にかっこいい(遥奈談)という先輩の写真を裏ルートで入手したり、はたまたこっそりと追っかけたり。……付き合いきれない。

「きゃー、こっち来た!」
「そんなに甲高い声できゃーなんて、アイドル見かけた追っかけにそっくり」
「―――Idolねぇ」

カタカナで言った私とは対照的で、やたらと発音の良い「アイドル」ですね。遥奈、いつの間に英会話とか習ってたんだろ。某ウサギがマスコットキャラやってるとこに行ってるのかな? あ、でもあそこ潰れちゃったか。……な、わけないじゃん自分!! さっきまで遠くにいた政宗が、今じゃどういうわけか私達の目の前にいるよ。至近距離だ、遠近法とか使ってませんよね?

「さっきからこそこそと……何やってんだお前。オレのstalkingか? 隠れなくても、オレはいつでもOkだって言うのによ」
「ストーキング!? それは私じゃなくて遥奈のほうが適正だし! そして何がokなのか分からない!?」
「なんでそこに私の名前が挙がるのよ!?」
「……政宗様、この女は?」

私的にはこのまま取っ組み合いの喧嘩を開始してもよかったところだけど。だってゴングを鳴らすのはいつでもOK。でも政宗の背後で控えていた小十郎がそれを許さなかった。ただね、私を見る小十郎の目が……怖い。政宗とはまた違った本当の恐怖を前にして、チキンな私のハートは今にも破裂しそう。相変わらず、政宗以外は目に入っていないご様子。気のせいか、政宗様に無礼な言葉を吐いたらただじゃすまないって、暗に言われている感じがする。これも彼の特技なのか!?

「Ah? 何言ってんだよ小十郎、これは華那だぜ」
「これ言うな!」

さも当たり前に……今更そんなことを訊くかと言うようだった。が、「これ」はないだろ。私だって人間だもん(一応)。しかし全然気にしていないようで、政宗は私の髪をくしゃくしゃと掻き乱し始めた。「これ」扱いされた私は髪を引っ掻き回す政宗の手に一発食らわすことで反発する。

「……華那、ですか?」
「お前も覚えてるだろ? オレがこっちにいた頃ずっと一緒にいたからな」

小十郎はじっと私を見下ろしてくる。身長差故に仕方が無いことだけど、見下ろされる側としては怖い。多分、政宗の口調から「華那」という存在は小十郎の中に今でもちゃんと残っているのだろう。ただ小十郎の中の華那はまだ幼い。目の前にいる女子高生が同じ「華那」とは思いにくいはずだ。

「……本当に、お前があの華那なのか?」
「そうだけど、あのって何……? 私何かしたっけ??」

「あの」って言葉、すごいよね。なんか「あの」って付けられただけで、過去に私がとんでもないことしたみたいじゃん。

「覚えてないのか?」
「全然。政宗は?」
「Ah? 何かあったか?」

どうやら小十郎以外はどちらとも覚えていないようだ。政宗も私も、どこか分からない場所をふわふわと眺めているだけだった。

「……華那、本当に覚えてねぇんだな?」
「うん……何かヤバイことでも仕出かしちゃったの、私!? それよりも、私のこと覚えてくれてたんだ、小十郎!」

なんだかそれがすっごく嬉しい。十年間会わなかった人のことなんて、私だったら確実に忘れてる。嬉しさのあまりキラキラと瞳を輝かす私を見て、小十郎は苦笑しながら本日最後にして最大の爆弾を投下した。

「当たり前だろ。なんせ政宗様に喧嘩吹っかけて勝ったガキ、それも女のことなんて忘れようにも忘れられねぇ」
「Ha?」
「は?」

この「は?」という声は、綺麗に政宗と重なった。そして―――私と政宗は、お互い違う意味で石像の如く固まったのだった。

続