帰ってきた俺様伊達男 | ナノ

これぞ命懸けの鬼ごっこ

「な、ななななな……」

頭の中が真っ白になった。何か喋ろうとしても、声が詰まって言葉が出てこない。顔を真っ赤にさせてどもる私を見ながら、目の前のこの男は肩を竦め呆れた声でこう言った。

「おいおい……たかがKissくらいでそんなに慌てふためくなよ」
「たかが!? たかがって言ったわよね間違いなく! 乙女のファーストキスにどれだけの夢がつまってると思ってるのよこのヘンタイ!」
「First kissねぇ……そりゃluckyだな」

何がラッキーなのか理解できないし! アメリカ育ちが長い政宗にとっては、キスなんて日常的なものだろうがここは日本だ。挨拶の代わりにキスという習慣は微塵も無いんだからね!? 少し時間をおくと次第に羞恥心は薄れていった。だが今度は怒りという感情が沸々と込み上げ、そのせいで私の顔が赤くなっていくのが分かる。なんというか、ゴゴゴゴゴと火山が今にも噴火しそうな感じに似ていると思う。拳をぐっと握り締めると、自分の体がブルブルと震えているのが分かった。

「乙女の純潔を奪った代償は高くつくのよ……政宗ェェ」
「Ha! kissくらいでvaginを奪われたなんて大袈裟じゃねぇか?」
「ンなわけ……あるかァァアアア!」

言うが早いか、私は政宗の顎目掛けて、渾身の力を込めたアッパーをお見舞いしたのであった……。

***

ドアの開閉は静かに。そんな良い子の概念、今の私にはこれっぽっちもない。乱暴に教室のドアを開けると、反動で半分ほど閉まりかける。そこにサッと体を滑り込ませると、私は後ろ手でこれまた乱暴にドアを閉めた。その派手な登場に教室中にいた生徒達の視線が、一斉に私に降り注ぐ。

「あ、華那。あんたさっきの授業なんでサボったのよ!? 言い訳するの大変だったんだからね……ってどうしたのよ、そんなに慌てて」

授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると同時に、私は教室に帰ってきた。いや、帰ってきたなんて悠長なことを言っている場合ではない。勢いだけで政宗にアッパーを食らわしたまではよかったのだが、そのあと非常によくない出来事が起きたのだ。

「話はあと! それよりも今は隠れなくちゃ……」

サッと教室中を見渡すが、隠れられそうな場所は無い。教室にいたクラスメイト達は、私の尋常ならぬ様子に揃って眉を顰めていた。

「隠れるって何? 誰かとかくれんぼか鬼ごっこでもやってるの?」
「そうね、鬼ごっこは、や、やってるかも!」
「は……? だから話が見えな……ん?」

遥奈が不思議そうに視線を逸らす。私は「ど、どうしたの……?」と乱れた呼吸を整わせながら訊ねた。

「なんか廊下からドドドドドって音がした……ような?」
「………ま、まずいィィ!?」

私が血相を変えて駆け出そうとした瞬間、それこそ本当にドアが壊れるのではないかと思わされるほどの乱暴さでドアが開いた。ドアの向こうには私の幼馴染というより―――伊達組筆頭の顔をした政宗が……いた。

「Hey、ようやく見つけたぜkitty……!?」
「ヒッ! 何それ、今度はキティ!? やめて、寒い、寒すぎるから! 第一なんで私がキティなのよ!?」
「あんたみたいなじゃじゃ馬にはKittyがお似合いだろ?」
「意味分かんないだってば! それにそんな……ドスが効いて黒いオーラ出しながらそんなこと言われても、恐怖しか生まないっつーの!」

誰もが呆然としている為に静まり返る教室では、私と政宗の声はよく響く。きっとこの展開についていけていないのだろう。ええと、私と政宗は鬼ごっこをしております。政宗にとってはおふざけみたいなものだろうが、私からすると命懸けの鬼ごっこだ。ある意味、殺人鬼から逃げるよりも恐ろしい鬼ごっこ。ある意味、殺人鬼のほうがまだマシと思えてしまうほど恐ろしい鬼ごっこ。

あのあと……そう、アッパーを食らわしたあとだ。当て逃げのようだが、政宗がよろけた隙をついて私は屋上から逃げ出した。三段抜かしで階段を駆け下りて踊り場に出たときに、頭上から目には見えぬ黒い何かを感じ、私の体は硬直する。がくっがくっとぎこちない動作で後ろを振り返ると、ヤクザの筆頭が不敵な笑みを浮かべていた。ただし、目だけ笑っていなかったけど。こめかみあたりが引き攣っていましたけど。

「……よくもやってくれたなァ、華那チャンよォ? どうやら学習しないKittyには……お仕置きが必要みてぇだな、オイ!?」
「ノ、ノォォオオオ!」

かくして、私と政宗の鬼ごっこが始まったというわけです。はい、回想終わり! 結果的には、数分もしないうちに捕まってしまった私です。だってどこに逃げればいいか、咄嗟に思いつかなかったんだもん! だから授業が始まれば大丈夫だろうと踏んだ私は、一目散に教室に向かって走った。チャイムが鳴って先生が来れば、この鬼ごっこは強制終了でしょう? 下手に逃げ回ると、それこそこいつは私を捕まえるまで追いかけ回しそうな気がする。煙草を吸う為に転校初日から堂々とサボる政宗のことだ。その可能性はかなりの確率でありうる。

「だいったいねぇ、これは絶対に政宗が悪い! ここは日本なのよ、あんな習慣ないってことぐらい分かるでしょうか!」
「おいおい、俺が習慣でKissしたと思ってんのか、華那?」

キスという単語が出た途端、それまで静かにしていたクラスメイト達がざわめき出した。

「うそ、あの二人ってやっぱりそういう仲なの!?」
「将来を誓い合った仲って言ってたしね!」
「あんな女のどこがいいのよ!?」

……中には聞きたくないものもありましたが、ばっちりと聞こえてしまった。

「華那、あんたやっぱり……」
「ち、違う。これは誤解なんだよ遥奈!」

遠くから見守るように私を見ていた遥奈は顔を強張らせる。そういえば、さっき遥奈、政宗のことカッコイイとか散々言ってたもんね。もしかして、一目惚れしちゃってたとか!? 嘘ヤダ、こんなくだらないこと(誤解なのでくだらないにもほどがある)で私達の友情にヒビが!?

このときの私は、遥奈には既に彼氏がいるということを忘れていた。不安で表情を曇らせる私を、遥奈はただじっと見据えていた。が、遥奈はニコッと笑顔を浮かべると、何やら納得したような表情でこう言ってのけた。

「………だから今まで男に興味がないっていう態度だったのね。そりゃこんなにカッコイイ人がいるんなら、当然か。なんだ、ちゃっかりといたんじゃん、イイヒト。なんで教えてくれなかったのよ、水臭い」
「遥奈ちゃ〜ん……もしも〜し?」

私の周りって、どうしてこう人の話を聞かない人が多いのだろうか。泣いてもいいですか、カミサマ……?

続