不幸なことほど連続で続くもの 「…………はぁ」 政宗と再会した翌日の学校で、私は昨日から続く何回目か分からない溜息をついた。 「まだ溜息ついてるの? いい加減にしなさい、華那」 そんな私の姿を見飽きたのか、遥奈がうんざりした声で椅子に座る私を横から見下ろした。まぁ遥奈からすれば昨日の私を知ってるだけに、それは尚更だろう。あのあと、逃げるように公園……じゃなくて政宗から逃げ出し(思わずボディーブローを決めてしまったが)、遥奈と待ち合わせをしていた駅前に戻ったら、既に彼女の姿がそこにあった。時計を見ると時刻は十一時四十分を示していて、ああ、もうそんな時間なのかと時間の流れは待ってくれないんだなとふと思う。無意識のうちに全力疾走していたらしい私は息が上がっていて、ケータイの画面と真剣な表情で睨めっこをしていた遥奈は、私の異常な様子に気付くと、びっくりした様子で駆け寄ってきた。どうせゲームでもしていたのだろう。 「ちょ……どうしたの、そんなに慌てて?」 「い、いや……み、見てはいけないものを、見てしまったような……」 「はぁ!?」 十年間音沙汰なしだった幼馴染が突然目の前に現れただけでも十分驚くのに、加えてなんの前触れも無く「Honey」なんて言われてみろ。………背筋に悪寒が走りました、マジで。今時「Honey」なんて言う奴いないだろ。どっかのバカップルならまだしもさ。昔の映画とかドラマならあるかもしれないけど、現代でそんなこと言ったらそいつは完全に白い目で見られる。 でもね……それが妙に色気のある声だったからさ。あんな至近距離だったからさ。不覚にもドキッとしてしまった自分がいるんだよ! あ……そういえば政宗、ちゃんと小十郎と合流できたのかな。ちょっと気にはしてたんだけど、さすがに伊達組の屋敷まで行って確認する勇気はなかった。 「世の中ってザンコク……」 「何よ、窓の外なんか見ちゃって」 「外はこんなにいい天気なのにねー。こんな晴れた日にここから飛び降りれば天国に行けるかなぁ」 「馬鹿なこと言わないでよ。確かにいい天気だけど、そんないい天気の日に血生臭いこと考えないで」 あのとき、喉が渇いたからといってケチるんじゃなかった。素直に近くのカフェテリアに入っていれば、あんな目に合わなかったのに。自分の守銭奴根性が憎らしい。 「だってさー、どうしても信じられない出来事があったのよ? そうしたら誰だってこれは夢だって考えるでしょ? 痛ければ現実で、痛くなければ夢って言うじゃない」 しつこいようだけど、未だに信じられない。あんなに可愛かった政宗が……あんなに可愛かった政宗が。何をどう食ったらあんなふうに成長するんだ!? やっぱり食生活が日本と根本的に違うのか!? 私が知ってる政宗といえば大人しくて、いつも人の目ばかり気にしてて、とにかく物静かな男の子だったんだ。だからあのまま成長すれば、なんていうのか……美少年って感じだと思ってた。あれは少年っていう柄じゃないだろう(カッコイイとは思いますが)。 何よ何よ、すっかり男らしくなっちゃってさ。私の顎に触れたときの指なんてさー……いかにも男の人って意識しちゃったし。ごつごつとしていて、女とは全く違う男の……って何考えてんの私!? 「とにかくっ、あいつに「カッコイイ」とか、「素敵」という感情を抱いてしまった自分が恨めしい!」 「ふーん、そんなにかっこいいんだ。華那の言うあいつって人」 「え、声に出しちゃってた?」 「大きな声ではっきりと。よくできましたねー、華那チャン」 「私は小学生か!?」 憤慨する私なんか無視して、遥奈は「で、誰なの。華那にそこまで言わせる男ってのは」と身を乗り出して訊いてきた。 「何よ……気になるの?」 「そりゃあ。普段から男の話なんてしないあんたが、「カッコイイ」と思った相手だもん」 私は言葉に詰まった。何から説明すればいいのか分からなかったから。簡潔に言うと、「私にはヤクザの筆頭という肩書きを持つ幼馴染がいましてね、そいつと十年ぶりに再会したんですが、これがすごくかっこよく成長していたんです。納得がいかないんです」……駄目だ。知り合いにヤクザがいるってバレたら、これからの高校生活が終わる。私は高校生活を、華の女子高生ロードを謳歌したいんだ! 頑なに口を閉ざす私を見て遥奈は諦めたのか、これ以上深く追求することはなかった。そして「実はあたしも見たんだ、カッコイイ人」と言って上手い具合に話題をすり替えてくれた。 「昨日カフェテリアでお昼食べてるとき、あんたお手洗いに行くって言って席外したじゃない。そのときふと窓の外を見たらね、すっごくかっこいい長身男二人が傍の道を歩いてたのよ」 「へー、相変わらずそういう目は敏感だね遥奈……。つかあんた、元親先輩って言う立派な彼氏がいるでしょうが」 嬉しそうにキャーキャーと声を上げる遥奈のテンションにいまいちついていけない。内心では席を外してよかったかも……と思っている。そのとき一緒にいたら、興奮気味の遥奈のテンションにずっと付き合わされるからだった。 「でもなんか普通の人とは違う感じがしたのよね。二人とも黒スーツ姿だったんだけど、一人はサングラスかけてて、もう一人は頬に傷があったのよ。あれは絶対そっちの世界の人ね。まぁ私ははサングラスのほうがタイプ……ってどうしたの華那?」 「…………アハハハハ」 黒スーツに長身、一人はサングラスに一人は頬に傷。……もう笑うしかないっしょ!? 間違いない。遥奈が見たカッコイイ人とは政宗と小十郎のことだ! いやー、ホント。席外して良かったァァアアア!! 「おーいお前ら、いつまで話し込んでるつもりだ? チャイムはとっくに鳴ってるぞー」 そんなとき担任が教室に現れ、そこでようやく始業のチャイムが鳴っていたという事実に気付く。自分の席に座っていた私はともかく、遥奈は「やば!」と短く言うとサッと自分の席に戻って行った。 「えー、突然だが今日からこのクラスに新しい仲間が増える!」 でもよかった。どういう経緯かは知らないが、政宗は小十郎と無事合流できてたみたいだし。 「おーい、入ってきていいぞー!」 そういえばこっちに帰ってきたってことは……政宗もこっちの高校に通うのかな。あんな外見とはいえ(どうみても十代には見えないだろう)、私とは同い年なわけだし。 「キャー、なになに、めちゃくちゃカッコイイ!」 「うん、もしかしてこの学校で一番じゃない!?」 なんだ、周りが随分と騒がしくなってる。女子なんか黄色い声上げてるし、男子は呆然としてるし……。何かあったのかな? 「華那、あ、あの人! 多分あの人よ!」 「え、何が?」 少し離れた席の遥奈がわざわざ小さく手を振って私に声をかけてきた。自分の世界に入り込んでいた私は、この教室で何が起きているのか全く分からない。 「さっき言ってたカッコイイ人! サングラスだったからちゃんと分からないけど、外見そっくりだもん。うそ、転入生で同じクラスだなんて……これって運命!?」 遥奈が言っていたカッコイイ人っていうことは? う、うそだ。絶対にうそだ、信じないぞ騙されないぞ!! しかし教壇に立つ先生の横にいる転入生は……どこからどう見てもアイツだった。 「―――今日からこのクラスの一員となる伊達政宗くんだ。みんな、よろしくな」 ……瞬きをすることすら忘れて先生の横にいる政宗を見ていた私の視線に気付いたのか、彼は私を見ながらニヤリとあの意地の悪い笑みを浮かべた。カミサマ……私に何か恨みでもあるのでしょうか? 続 ← |