帰ってきた俺様伊達男 | ナノ

迷子を見つけたら必ず助けましょう

―――伊達政宗。私がここ婆娑羅学園に入学してから数ヶ月経った夏のある日。彼は突如、婆娑羅学園に転入してきた。頭脳明晰、運動神経良し、日本人離れしたルックスで女子からの人気を独り占め。男からは嫉妬という目が向けられると思いきや、何故か「かっこいい」と慕われている。ただし、友達は少なめ。

その理由は彼の実家のせいだと思う。誰だって彼の実家があんな職業をやってると知ったら、お近づきにはなりたくないと思うのだ。私も今だと……あまりお近づきにはなりたくないと思ってしまう。政宗の家は凄く大きい旧日本屋敷。彼の家を見た人はきっと、「彼って何かの家元?」とか思ってしまうことだろう。何かの家元……だったら、どんなに救われたことか。門の横に達筆な文字で大きく「伊達組」と書かれてさえいなければ、もう少しお友達ができたと思うのですよ、私は!

伊達政宗―――彼は伊達組という任侠一家の跡継ぎであり、私の幼馴染でもあるのです。これは当時一年生だった私が政宗と十年ぶりに再会した、一年前の夏のお話。

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「あっつー……」

額から絶えず流れ落ちる汗を手で無造作に拭うと、私は頭上で燦燦と照り続ける太陽を睨みつけた。今日は今年初の三十五度越えを記録したとニュースで言っていたのを思い出す。なんで今日に限ってそんなに暑くなってしまったのか。昨日まではまだ少し肌寒いねーと話していたというのに。よりにもよって、私が出かける日に暑くならなくたっていいじゃない!

今日は友達の遥奈と一緒にショッピングに行こうと約束していた。十一時に駅前で待ち合わせをしていて、現在の時刻は十時五十五分。さすがに休日ということもあり、駅前ともなると人も多い。ここには私の他にも沢山の人々が待ち合わせをしているようで、所在無さげに突っ立っている人の姿がやけに目立つ。そういう私の姿も、他の人から見ると所在無さげに映っているのだろう。

遥奈は時間にルーズなところがあり、待ち合わせをしても時間ピッタリに来た例がない。そして私は待ち合わせ時間に遅れるということを嫌う為、どんなに待たされると分かっていてもついつい時間どおりにきてしまう。待たされると分かっていても、待ち合わせ時間に来てしまう悲しい性ってやつですよ……。

やることもないので、意味もないのに私はケータイを取り出した。もしかしたら遥奈からメールが入っているかもしれないという、淡い期待があったりしたのだ。ケータイの液晶画面には小さな新着通知のマークがあった。メールの送り主は遥奈で、件名には「ごめん」と書かれている。読んでみると、寝坊したからあと三十分ほどかかるとのことだった。

……やっぱりね。いつものことなのでこういうことには慣れている私は一度溜息をつくと、これからどうしようかと頭を巡らせた。この炎天下で何もせず、ただ待っているだけなんてマネ、私にはできない。熱中症になりたいのなら話は別だが、私は熱中症になんかなりたくないし。

それにちょっと喉が渇いてきたし……。でもこのあたりのカフェテリアは高いんだよねー……。そういえば、すぐ近くの公園に自販機があったはずだ。どうせ暇なわけだし、散歩がてらに公園にでも行ってみるか。

***

ガシャンという音と一緒に出てきた缶ジュースを取り出すと、爪が割れないように慎重に缶の蓋を開ける。こんな暑い日は、やっぱスポーツドリンクに限るよねー。公園にはお昼前というせいか、親子連れやカップルがやたらと目を惹く。きっとお弁当なんか持って、ここで長閑な午後を過ごすんだろうなぁ……。親子連れはともかく、カップルのそういった姿は無性に腹が立つけどね! くっそー、このクソ暑いときにイチャこくなよな(彼氏いない人間の僻みだけどさ)。

ほら、子供も暑苦しいって訴えるように大きな声で泣いてるよ! いい歳した大人(?)が、子供を泣かしちゃいけないでしょうに。ん? …………子供が、泣いた? 自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。もしかして羨ましいと思うあまり、幻聴が聞こえたとか? いやいや、そこまで重症じゃないでしょーに……。精神を落ち着かせ耳を澄ましてみると、微かだが子供の泣き声が確かに聞こえた。これは幻聴なんかではない。辺りを見回してみると、少し離れた場所で一人の男の子が俯きながら泣いている姿が目に入った。もしかしなくても……迷子ってヤツ?

周りの若いカップル達は見て見ぬフリというか聞こえないフリというか、子供が泣いているのに見向きもしない。外見的に見て、四、五歳程度だろう。おいおい、いくらなんでも冷たすぎじゃないですか? 心の中で周りのカップルに文句を言いつつ、私は泣いている男の子に歩み寄る。突然目の前に現れた私を見て、男の子は一瞬だけビクッと肩を大きく震わせた。私は安心させるかのようにニコッと笑いながら膝を折り、男の子の目線に合わせ「迷子?」と訊く。すると男の子の警戒心が解けたのか、顔をクシャクシャにしながらも「うん」と頷いた。

「そっか。お母さんとはどのあたりで逸れちゃったのかな?」
「わかんない……」

この公園は中央公園というだけのことはあり、その広さは並大抵のものではない。それこそマラソン、野球、サッカー、バスケなどなど……あらゆるスポーツができるように整備されているほどなのだ。確かに迷子になってしまったら、捜すのは大変だと思う。きっとこの子の母親も今頃必死になって捜しているはずだ。だとしたらへたに動き回るより、一箇所に留まったほうが無難ではないか? 腕時計に目をやると時計の針は十一時過ぎを指していた。遥奈は当分来ないだろう。

「よし。じゃあお母さんが見つかるまで、お姉ちゃんと一緒にお話でもしない?」
「―――うん!」

さすがに迷子の子供を置いて、友達とショッピングに行く根性は持ち合わせていない私だった。 とりあえずと思い、私は鞄から財布を取り出すと小銭があるかをチェックする。うん、ジュースを買うだけの小銭は残ってた。

「何飲む? なんでも好きなの言っちゃっていいよ!」
「……じゃあ、オレンジシュース」
「オッケー、オレンジだね」

自販機の隣にある屋付きベンチに腰かけ、私はこの子と一緒にジュースを飲んでいた。この子も大分落ち着いたのかもう泣いておらず、ジュースを美味しそうに飲んでいる。やっぱり迷子のときって、一人でいるよりも誰かといたほうが気持ち的に安心するよね。それから他愛もないお喋りをしていたときのこと。辺りの様子がおかしいことに私は気付かされた。……さっきまであんなに沢山の人がいたのに、なんでか人の姿が少なくなってきてませんか? あんなに暑苦しかったカップル達の姿も減っている。親子連れなんてもってのほかだ。

そんなとき、遠くから一組の若いカップルがやってきた。この暑いのに仲良く手なんか繋いじゃってさぁ。しかしそのカップルが私達のほうを見たと思った瞬間、そのカップル達の表情は青ざめ、回れ右で来た道を足早に戻って行った。

「なんなのよ、もしかして私がこの子の母親に間違えられたとか!? こんな大きな子供、いるわけないっつーの! 私はまだ十六歳だぞ!?」
「……おねえちゃん」
「え、あ、ごめんごめん、なんでもないよー?」
「……あのひともまいご?」
「えぁ!?」

男の子は私達の隣にある自販機を指差しながらこう言った。そこには黒スーツにサングラスという、クソ暑そうな格好をした一人長身の男が所在無さげに立っていた……。

続