面白いほど沢山の個性があるよね、人間って 初体験ですよ、これ。嬉しいはずなんだけど、素直に喜べないのはどうしてだろう……。 *** 我が耳を疑いました。手から箸がポトリと落ちてしまいましたが、それすら気付かず私は口をあんぐりとさせてます。瞬きすることも忘れ、ただただ真っ直ぐリーダー格の男を見上げている。本当なら椅子からずっこけてもおかしくないほどの衝撃を、私は食らっていたのだ。 「……………番長サン、ですか?」 「なんだ、さては怖くて声も出ないのか?」 番長はフフンと鼻を鳴らして、呆然とする私の態度を見て満足げに笑う。どうやら呆然とする私の姿を、怖さからくるものだと思ったらしい。いや、怖くもないし声も出てるし。ただ呆れて声が出ないだけだから。怖いって言うなら、番長なんかより隣にいる正真正銘本物の筆頭のほうが怖いよ。 「こんな日々科学が進化している時代に番長ですか……? 一年前のケータイを持っているだけで古いって言われるのに番長だなんて……」 「ってそれどういう例えだオイコラ!」 「要するに今時それはないんじゃないですかっていう意味です」 「ンだと女ァ、シメんぞ!?」 横に控えていた子分が拳を振るい上げ私を威嚇する。うーん、一応「きゃ!?」と可愛らしく……かどうかは別として、怖がって見せたけど。本音を言うと、不思議なことに全然怖くない。なんでかな、政宗の存在は私の大事な何かを奪い去ったというか。結構私って図太いんだなと、自分の意外な一面を発見するキッカケを生んだことは間違いない。 「で、その番長とやらがこのオレに何の用だ?」 昼ご飯を邪魔されたことがよほど腹立たしいのか、少しトゲのある口調で政宗が気だるげに口を開く。そういえば番長は最初っから政宗のこと呼んでたんだもんね。なら私……関係ないじゃん。なんでわざわざこうして割って入って余計なこと言っちゃったんだ? 「一昨日はよくもオレの可愛い子分達を痛めつけてくれたようだな……? 今日はそのお礼をしようとこうしてわざわざ来てやったんだ!」 「Ahーn? 悪いな、記憶にねェ」 「嘘付け! 子分達は確かにお前にやられたって言ってんだよ!」 え、ちょっと待ってくださいよ。何この急展開! 話の展開についていけず、私は政宗に小さな声で訊ねる。 「政宗どういうこと!? あんたまたなんか仕出かしたの?」 「またってなんだよ、華那。悪ィがオレは何もしてねェ!」 一昨日ということは、私が政宗と再会したあの日。逃げるように去った私の知らないところで事件は起きてしまっていたのか!? 「本当に何もしてないの?」 私はじとーっと疑いの眼差しを向ける。政宗は何もしてないって言うけど、現に今こうして番長さんが私達の横におられますからね。いくら番長でも何もしてない人に危害は加えないでしょ………多分。番長って言うのは何気に人が良くて純情な人が多い……あれ、違った? ジャ○ア○みたいな人じゃないの、番長って? けどこの学校には本当、おかしな集団が多いと改めて認識した。生徒会副会長である長曾我部元親先輩を慕う通称「アニキ親衛隊」。これもガラの悪い生徒達の集まりなんだよねぇ。口は悪いけど、みんなすっごく純情で涙もろいのがこれまた面白い。なんか雰囲気が政宗ンちにいるリーゼント頭の人達とどこか似ている気がする。 あとは最近広まりつつある「ザビー教」ね。これはイタイよ、まじで。何でって、ちょっとまじで関わりたくない生徒達の集まりだから。ザビー教っていう訳の分からん怪しげな宗教の始祖を慕ってるんだよ!? 入信者はみんな河童みたいなヘアスタイルにして、どんなときでも一心不乱にザビーを慕う。なんでも愛を説くみたいなこと言ってるけど、彼らが言う愛って何だって何度思ったことか。入信を断った奴の家には腐ったイカが送られたりしたこともあった……らしい。腐ったイカって袋に詰められたカレー煎餅並みの効力があるよね。………学校にこんなヤバ〜イ宗教が広まりつつありますが、放っておいていいんですか先生方? 「こら政宗クン。何とか言ったらどう? 本当に何もしてないの、よく思い出してみてよ」 「だから何もしてねェって何度言わせりゃ気がすむ? ―――道に迷ってたとき、喧嘩売られて買ってやっただけだぞ」 「………………ってやってんじゃん!」 私と番長、それと子分達の声が綺麗にハモった。げ、私って番長とツッコミレベルが同じなのか? 「喧嘩売られて買ったって、立派にやってるじゃん、言い訳できないくらいの理由じゃん!? それ以前になんで喧嘩売られて、あまつさえ買っちゃったの!?」 「どんな相手でも売られた喧嘩を買うのがetiquetteってもんだろ?」 喧嘩売られたってことは少なくとも政宗からは手を出していないようなので、それがせめてもの救いだった。けど一昨日の政宗の格好はサングラスに黒スーツっていう、典型的なそっちの世界を彷彿とさせる服装だと思うんだけど……。そんな相手に、こいつらもよく喧嘩売ったりしたよな。馬鹿なのか無謀なのかよく分かんない。 「喧嘩買うってのは、オレの中では何もしてねェに等しいんだよ……まぁ最も、弱すぎて話にならなかったけどな」 政宗が嫌味ったらしく鼻を鳴らすと、番長は憤慨とばかりに鼻息を荒くする。所詮そこらのチンピラと、ヤクザとして育てられた政宗との力の差は歴然なのだろう。何しろ政宗は剣道の他に、あらゆる古流格闘術の段所持者でもあるのだから。武術の腕前は達人級という彼に、チンピラ如きが敵うはずもない。 「で、子分達のrevengeしにきたっていうことか? そりゃご苦労なことだ。ま、オレもあんたと同じ立場なら……同じことしただろうがな」 なるほど。可愛い子分の敵討ちなわけね。でもいくら番長でも政宗に勝てるとは思えない。その醜い外見がよけいに醜くなるだけで終わってしまうことだろう。けどお互いは既にやる気満々といった感じだった。番長は愛する子分の敵討ち故、政宗は……多分楽しみたいだけだろう。三度の飯より喧嘩好きっていうわけじゃないけど(それは慶次先輩だ)、決して喧嘩が嫌いなわけでもない。好きか嫌いかの極論なら、きっと好きだと答えると思う。 「―――勝負は一対一のタイマンでいいだろう?」 「Of coures! いいぜ、いつでもかかってきな」 政宗は勢いよく椅子から立ち上がり、番長と適度な間合いをとる。番長も子分達に目で合図を送ると、子分達は一斉に後ろに控え番長を応援する体勢に入った。 ………おいおい、ちょっとお二方。喧嘩するのは別にいいけど、なんでここで、教室でやろうとするのかなぁ!? 周りの迷惑とか考えたらどうなの? 今はお昼休み中であり、教室でお弁当を食べる時間なんだからね!? 政宗が喧嘩すると、必ずと言っていいほど被害は大きくなりそうな気がする。まずい、何なんでも止めないと―――! 「―――いくぞ!」 番長が勢いよく足を一歩踏み出し、政宗に殴りかかろうとしたそのときだった。 「……ってやめんかいィィイイイイ!!」 「ゴルベハァァアアアア!?」 コンマ数秒の差で番長が殴りかかるよりも、私が繰り出した回し蹴りのほうが早かった。私の回し蹴りが頬に直撃した番長は、壁際へと吹っ飛び……激突した。なんか壁にぶつかったとき、何かが砕けるような音がしたような……しなかったような。きっ、聞こえないふり聞こえないふりっ! 「………A violent girl」 政宗も少し呆けたような声で、壁際に追いやられた番長を憐れみの目で眺めている。そして私を見てこう呟いた。それは政宗だけでなく、子分達、そして教室にいる生徒全員に当てはまることだった。誰もが私を見て……絶句している。や……やってしまったァァアアア! アハハと乾いた笑い声を上げるしかない私を他所に、床に転がっていた番長がむくっと起き上がる。ま、まずい。これは流石に言い訳できない状況だ。番長は俯いたまま動かないので、私からじゃ表情は窺えない。でも怒ってる……よね、どう考えても。 「……………た」 「へ?」 「…………れた!」 「いや、だからなんて言ってるのか聞こえないんですけど? そんなことじゃなくて、あのー怪我とかしてません? 大丈夫ですか?」 俯いたまま体をわなわなと震わせる番長に、私は後悔の念が生まれていた。やばいよ怒ってるよ、怒りで体を震わせちゃうほどお怒りだよ番長ってば! 情けないことに私は政宗に擦り寄り助けを乞うことしかできない。怒り狂った番長を静める役目、政宗に託した! 政宗も呆れ半分といったふうで、彼の腕に縋る私の頭をポンポンと叩く。しかし番長の一言は、そんな私達をさらに絶句させた。 「――――惚れた!」 「…………Ha?」 「…………は?」 昨日に引き続き、またもや「は?」という声が綺麗にハモった私と政宗でした。 続 ← |