稲妻短編 | ナノ

 
豪鬼/帝国鬼道さん/企画提出
※時間軸は地区予選決勝後、全国前です。
 
 
夜中の雨が嘘の様に、朝は乾いた空気が辺りに漂っている。時折吹き付けてくる微弱の風ですら湿気を孕んではいなくて、地面が所々濡れて水溜まりを作っているだけだった。
そんな天気の下、豪炎寺は多々サボりつつある日課のジョギングをするべく家から出た。生憎天気の影響で部活が昼過ぎからとなり、夏の暑さが少し遠退いた今しかないと自分を奮い立たせる行動である。無論、先程表記した通り、毎日実施出来ているものでいため日課と呼ぶには頼りないのだが。


「随分と朝早く起きているのだな」

「……鬼道」


住宅街を抜けて河川敷を通り過ぎる。シャッターの開いていない閑静な商店街を折り返して来た道を戻れば、後ろから車のエンジン音が聞こえてきた。後ろを振り替えれば、この場にそぐわしくない車種の車があって、端に寄りながらも走っていれば声を投げ掛けられた。
豪炎寺、と、自分の名前を呼ぶ声は聞き慣れたというよりも馴染んではいないが、知っているといった程度。弾ける様に顔を上げれば、帝国の制服を身に纏った鬼道が車の窓から豪炎寺をみていた。

先程の言葉は感心というより寧ろ揶揄している風に取れた。口のへりが左右に吊り上がっている。


「お前こそ朝早いじゃないか」

 
走っていた足を遅めて車と並ぶ。
 
 
「帝国のグラウンドは天気に左右されない造りになっているからな」


ふんと小さく鼻を鳴らした鬼道は前に座っているだろう運転手と二言三言会話した後、扉を開けては地面に足を付ける。
ふわりと赤いマントが靡くのを見たあと、鬼道自身を注視していれば、また笑った。先程と同じ、鬼道らしい笑みで、豪炎寺は思わず目を見張る。
円堂や風丸達等とは違う意味を含んでいそうな笑みであるのは前々から知ってはいたが、鬼道がそんなにも人前で、ましてや豪炎寺に笑うとは思ってもみなかったから。
自然と視線が口元に向かう。

何故車から降りたのかと問うよりも早く告げられた言葉はただの暇潰しと言い換えれるに近い形の言葉。時間帯を考えてみても鬼道の言い分に無理はなく、ジョギングをするために家を出たはずが、何時の間にか帝国の鬼道と歩くことになった。送りに来ていたのだろう車は角を曲がっては姿を消した。


「俺の顔に何か付いているか?先程からずっと見ているが」

「いや、何も付いていない。ただ、」

「ただ?」

「お前がそんなに笑うとは思っていなかった」


初めて雷門と帝国が交えた戦い以後、円堂は鬼道を憧れとし、またプレーしたいと意識していたのは知っていた。形は違えど、豪炎寺も鬼道のことが頭から離れなかったから。ただそれは、円堂の思っている“強さや憧れ”ではなく、豪炎寺は鬼道自身に興味を持っていた。
影山の一件以後、互いのキャプテンが仲良くなったとしても、学校は違う訳で、こうして喋る機会を掴み取れていなかった。なので、豪炎寺は鬼道が抱いていたイメージに反して、よく笑うことを知らなかった。更に言えば、鬼道のことは名前と学校、ポジションと背番号……そんな知識しか持ち合わせていなかった。

なぜもっと知りたいと思うのか、それは本人である豪炎寺ですら分かることはない。ただ、今こうして隣を歩いているだけで得れる“鬼道有人”の情報を隅から隅まで貪欲に吸収していた。理由は判らないが、一つ一つ判ってゆくだけで心が満たされてゆく。
例えば自分よりほんの少しだけ、身長が低いだとか、例えば少しだけ、肩幅が狭いだとか、そんな些細なことでも、持ち合わせていなかった豪炎寺からしてみれば純粋に、嬉しかった。


「俺のイメージで鬼道はあまり笑わないな。いつも眉間に皺を寄せて黙り込んでいる」

「なら互いのイメージが崩れたということになるな。俺も、お前が饒舌に喋るとは思っていなかった」

「いつもは饒舌じゃないさ。鬼道と居るから、喋れているのだと思うよ」

「俺と?」

「あぁ。イメージなんて下らないものさ」


豪炎寺は鬼道を気にしていた。その漠然とした思いがあるのは本人である豪炎寺は自覚していたが、いざ鬼道の隣に居ると、予想外に落ち着いた。
鬼道自身が落ち着いている性格だからなのかは判らないが、鬼道の隣に居れば落ち着く。だからこそ、饒舌になれたのではないかと思う。

イメージとは不明瞭なものだ。
始めの印象は良くは無かったが、次に会えばまた変わった。何時の間にか鬼道の傍に居て、もっともっと仕草や性格、秘められた思いを知れたらいいのにと思う迄に至っている。
イメージは所詮、一時の仮初めにしかすぎないのだ。
 
真意は何処か。
見当の付かない場所にあるのかもしれない。
今はその答えを探す必要はないし、焦る必要もない。今は隣に居る興味の対象に、自分は全力を宛てるべきなのだ。


「鬼道、お前は優しいな」

「は?」

「お前は今、俺とこうして喋っている。フットボールフロンティアの決勝で戦うと約束した、雷門の俺と。それなのにお前はまた敵である俺に情報を与えている」


鬼道有人という名の情報を。
豪炎寺の言葉に鬼道は初めこそ驚いたものの、次には笑っていた。
ただ、先程と違うことと言えば、笑うその表情が、鬼道らしくない笑みだったこと。
 
小さな水溜まりに映る、少し照れた表情。

 
また一つ、豪炎寺は知ることが出来た。


ごくたまに、君はやさしい
(普段とは違う姿を)
(見せてくれたこと)
 
 
豪鬼フェスタ☆様へ提出
 
 
20100910

 
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