百物語八ノ話「一つ目小僧」
「だあ!」
きっかけは、ほんのちょっとからかうつもりだったのだ。
草むらから見たその人はまるで月のように静かで凛とした美しさだったので、驚かせたらどういう顔をするのか見てみたかった。
けれどもその人は驚きもせず静かに自分の方を見るとにこりと涼やかに笑うだけだった。
むしろ自分の方が心を打たれてしまった。なぜならばその人は顔は整い、黒髪が背中を覆わんばかりに豊かに流れている。けれどもその整った顔の左半分が白い包帯で覆われてしまっているので、あまりに痛々しい。けれどもその包帯で覆われている部分は痛々しくも逆にその人が本来持っている美しさをなお妖しく引き立たせているようでもあった。
「なんだ、驚かないんですね。たいていの人間は私を見たとき、少し驚いた顔をしたり、人によっては声をあげたりするのに…」
縁側で面白そうなものを見る目付きで自分を見ているその人に言った。
「同じ一つ目の仲間ではないか。それに俺はお前みたいなかわいい来客なら歓迎だ。ちょっと上がって俺の話し相手になってはくれまいか?」
その人は顔の表情をほぼ崩さず、口だけ動かして言った。低すぎず高すぎない優しい声色が彼が女性ではなく男性であることを教えてくれた。
「は、はあ…私でよければ別に構いませんけれど…」
人間にこんなふうにされるのは初めてだ。私は恐る恐る縁側の方へと近づき、草履を脱いできちんと揃え、その人の横にちょこんと座った。近くに行けば行くほど、まるで月のように輝いているように見える。
そんな私の心を読んだのかは知らないが
「今夜はまたでかい月が出ているものだ。」
その人は煙草をくゆらせながら縁側に素足を投げ出し月を仰いだ。着流しから覗かせる真っ白な足につい目を奪われてしまった。人間にもこんなに美しい人がいるのか…けれどもこの人は随分と寂しそうに笑う。
「あのー…何かあったんですか?」
私は恐る恐る尋ねてみた。きっとこんな自分ですら話し相手になって欲しいのだから何かしら理由があるのかもしれない。
「俺か?俺はな、大切な人を失ったのだ…。」
口に運んだ煙管を通して眉をしかめながら吸い、控えめに口からふーっと吐いた。
タバコ独特の苦い香りが鼻を掠めた。けれどもこの香りが別に嫌いではなかった。
「そうだったのですか。…ごめんなさい。」
「お前が謝らなくてもいいのだ。というよりも死んだかどうかもわからないのだ。どいつもこいつも無器用で頑固な奴でな…俺は奴ら生きている気がしてならないんだ」
「どうしてそう思うのですか?」
「どうしてといわれてもな。長い付き合いで、俺は奴らがそのまま死ぬタマではないだろうってな。そう思わないとやっていけないんだ…。」
その言葉を言うなり、その人は悲しそうに顔を歪めて声を震わせた。
こんなに美しい人を泣かせる人はどんな人なのだろう。
「毎晩、あなたはそうやって泣いているのですか?」
見ている私まで心が痛くなってきた。
「俺もいけないのだ。いろんなことに疲れてしまったことを言い訳に、奴らの気持ちから正面から向き合うことから逃げていたり…。きっとその報いなんだ。」
きっとこの人はずっとこうやって自分を責め続けてきたにちがいない。
私はただの一介の妖怪。人間を驚かすくらいしかできない妖怪ではあるけれど…
「私はただの妖怪で、特殊な能力は持ち合わせていませんけれど…もしも私があなたの探しているであろう人とお会いすることがあったら何かお伝えしておくことはありますか?」
人間界を渡り歩いて、時たま人間を驚かせて「一つ目小僧だ!」と言われる私ができることと言えばこれくらい。
その人は少し考えた後、
「…そうだな。俺はずっとお前の幸せを願っているって伝えておいてくれまいか?」
と口元に優しい笑みを浮かべて言った。
「あなたに会いに来て欲しいとは言わないんですか?」
「本心はそうだが…直接会えばまた傷つけあうこともあるだろうから。奴らが今、幸せなのが判れば俺はそれでいい。」
人間って複雑だなと思ったのは今に始まったことではないけれど、こんなにも相手のことを思っているのに「会いたい」という願いではないんだ…と私は思ったけれど、口には出さなかった。
「わかりました。じゃあ、私はそろそろ行きますね。おやすみなさい。」
「おやすみ。」
私は縁側から草履を履いて家の方は振り返らずに庭の草木の中へと戻った。
今宵月はその家の庭をずっと静かに照らしていた。
***
八条/pixivID3120997/かぶき屋八条堂