あしたを生きるおまじない 今思えば、あの時のわたしは彼にとってさぞかし"変な女"だっただろう。 突然現れて「弟子にしてください」だなんて。そんな事言う女、きっと今までいなかったはず。あの驚いた、いや不思議そうな目をして私を見ていた彼の表情が、そう物語っていた。 「…っはぁ…っ、疲れた…」 「休憩にするか?」 「でも、」 「たまには休息も必要だぞ」 柔らかく笑うエイトさんに促され、二人でテラスへと向かった。いつも割りと人が集まっているこの場所だが、今日は読書をする人が一人、ベンチで居眠りをしている人が一人いるだけ。 リフレッシュルームで買ったドリンク片手に、並んでベンチに座る。大して言葉も交わさず、ただゆっくりと時間が流れる。 「…いい天気だな、今日は」 先に口を開いたのは意外にもエイトさんだった。空を眺めながらポツリと、独り言にも聞こえる言葉に「そうですね」とだけ返す。 そういえば、こうやって修行以外で一緒にいるのは初めてかもしれない。そんな私たちのなんとも言えない空気は、横のベンチで寝ていた候補生がムクリと起き上がり慌てて魔法陣で出ていくことによって、少しばかり和らぐことになるのだ。 「ハハッ、あいつ寝過ごしたのかもな」 「凄い焦りようでしたね」 「ここで寝たら気持ちよくて寝過ごす気持ちもわかるけどな」 「エイトさんもそういうことあるんですか?」 「いや、そういうことをするのはジャックとかナイン…ってわからないよな」 ジャックとかナイン、きっと0組の仲間なのだろうというところまでは察した。彼はそこで話を止めてしまったが、楽しそうに笑って話す彼を見ているのは少しだけ不思議で、でも嬉しくて。 「いえ、0組の方ですか?」 「ああ、変なやつらばっかりだ」 「でも楽しそうですね」 「そうか?」 「だってエイトさん、凄く楽しそうです」 "幻の0組" 遠い遠い存在だと思っていた人たちは、私たちが思っているよりずっと普通の人たちなのかもしれない。実際に今、その0組の一人が私の横に座ってるんだし。 「おまえは、どうしてオレに修行を?」 「あの幻の0組に、武器を使わない人がいるらしいって話を聞いたんです。じゃあ魔法がきっと得意なのかと思ったら格闘が得意なんだって話で」 「噂っていうのは凄いんだな…」 「わたしも魔法以外に何か出来るようになりたいって」 「そうか」 「勇気出してみたんです」 黙って、ただ静かに聞いてくれた。普通の会話をするときはこういう顔をするんだ。こんなに優しい顔をするんだ。 空になったコップを両手でぎゅっと握る。何故だか手が震えるほど、ドキドキしているから。 「痣が酷いな」 私の手を見て、彼は一言そう言った。修行の成果だと言えばそれまでなのだが、女の手としてはあまりにも無残なもので。咄嗟に隠そうとした私の右手を、彼は握る。 「…!」 「本当は、オレがおまえを守って…それでいいと思うんだけどな」 「え?」 「人が傷つくのを見るのは、あまり好きじゃないんだ」 「そうな…いや、え?」 「ん?」 「エ、エイトさん今自分が何言ったかわかってますか…?」 彼は顎に手を当てて、少し考える素振りを見せた。最近気付いたことだが、考える時に顎に手を当てるのが癖らしい。 「もしかしてわかってない…?」 「ハハ、まさか。オレはそこまでバカじゃないさ」 「え…あの、」 「そういうことだよ」 そういうと彼は立ち上がり、私の肩をぽんっと叩いた。 「そろそろ行かないとな」 「あ、うん…」 「オレもアイツと一緒になっちまう」 "アイツ"って、きっとさっき焦って出てった候補生のこと。その光景をふと思い出してプッと噴き出すと、彼も一緒になって笑う。 彼はわかってる上であんなことを口にした。これは期待して良いんだろうか。期待というか、むしろわたしは確かなものを受け取ってしまった気がする。 「あ、エイトさん!」 「ん?」 「次の任務終わったら、またリフレッシュルームにでも行きませんか?」 「…ああ、もちろん。修行もな」 じゃあ、と片手をあげる彼に、私も手を振る。何だか、恋人みたいだ。 「すぐに戻る」 ううん。 もしかしてもう、恋人なのかも。 20120824 ×
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