長い航海生活の最中、何事もなく平凡に過ごすことも少なくはない。 シャチと二人、テーブルを挟んで何気なく絵を描き始めたものの、シャチの絵心の無さに私は笑いを堪えるのに必死だった。 「じゃあさ、次はロー描こうよ」 「ヨシッ、それなら任せろ!」 「楽しみ〜いろんな意味で」 「うるせェな」 黙々と、ただひたすらに一枚の紙にローの絵を描き始める。あれっ、ローってこんな顔だったっけ?隈こんなに濃かったかな…?ていうか足長すぎるだろあの人…等身が人間じゃないわ…。 「ね、ちょっとシャチの見せ……、えっ、何これ?キリン?」 「キリンじゃねーよ!キャプテンだろ!」 「うそだよ!こんなの人間じゃない…っ!」 「お前だってそれ、キャプテンそんな足短くねーし頭でかすぎだろ!!」 「フヒヒヒッ、それはやばいわ!ローが見たらきっと怒られ……あ。」 「え?」 人の気配を感じて、何気なく視線を横にずらすと視界に入る人影。言わずもがな、"あの人"だろう。 「あ、ロー…?」 「……何をしてる?」 「お絵描き。暇だったから」 「平和なもんだな」 さりげなく、自分の腕で絵を隠す。こんなの見られたら何言われるか…いや、むしろ何やられるかわからない。見えないようにそっと紙をずらし、そして私の絵から気を逸らせるために何かないかと探した先に、さっきのシャチの絵が目に入った。 「あ、ねえ見て!このシャチの絵何に見える?!」 「あっ!バカやめろ!!」 「ん?……何だこれは?動物か?」 「ううん、それね、」 「だーーッ!!やめろ!!」 「あー、馬か。そうだろ。」 「そ、そうなんすよキャプテン!」 ここで私はふと気付いた。あまりにも絵が下手なシャチの絵はもはやローの面影がないから、猿かと言われれば猿にもなり得るしキリンかと言われればキリンにもなるのだ。 しかしだ、中途半端に書いてしまった私は、パッと見はローの特徴を捉えてるわけで。猿でもキリンでもない、単なる身体のバランスの悪いローなのだ。 「ただ猿はこんなに目の下にクマ作ってねェだろ」 「いやァ…寝不足って設定で…ってキャプテン!それを言ったらこいつの絵の方が」 「あっ!ちょっ、やめなさいって!」 彼の目の前に掲げられた一枚の紙には、異様なまでに手足が長く頭のデカイ、何ともブサイクなロー。私も「これは猿だよ!」って、言いたい。 「……。」 「さーて…俺はペンギンとベポの手伝いでも……」 「シャチ…!」 「じゃっ!」 颯爽と去っていく彼の後姿は何とも清々しかった。私も連れてけ。そしていっそ海に捨ててください。 「…これは」 「猿だよ」 「嘘吐くな」 「何で?猿だよ猿!手長猿!さーて、私も掃除掃除!」 わざとらしいことくらいわかってる。でも、ローの目が変わったのを感じ取ってしまったからには私は逃げる以外の手段を考えられない。 ひたすらに扉を目がけて足を進め、あと少し。あと少しでドアノブに手が届きそうな所で、私より先にローの手がドアノブを掴む。逃がすまいと、ローと扉の間に閉じ込められた私の命日は今日になりそうだ。 「……な、なに?」 「俺だろ、コレ」 「ち、違うよ猿だよ」 「おい。」 突然耳元に近くなる声は、色っぽいとかそんなのまったく感じない。むしろ、私をここから逃がしてくださいお願いしますという願望しか生まれない。 「……」 「そんなに俺のことを見てなかったとは心外だな」 「いや、そんなつもりは…ですね…」 「来い」 「え」 「見せてやる」 「はっ?!何を?!」 「全部だ」 「えっ、何言ってんのこの人?バカなの?頭オカシイの?」 いっそ私、殺されてしまった方がマシだったんじゃないか。そしてこの人が私に何を見せるつもりかなんて考えたくもない、そんな昼下がり。 「全部お前が悪い」 「まだ死にたくありません」 「大丈夫だ」 「何がだよ」 ハートフルホラー 平凡に過ごせる航海生活なんてあるもんか。 20130223 title:√A ×
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