ふにっ

 突如頬を抓られ振り返る。悪戯に笑う彼女は俺の頬を抓んだまま、満足げに俺を見つめる。だが俺が一切表情を変えなかったからか、次第につまらなそうな表情に変わりそのまま俺の頬を軽くたたく。


「って!」
「つまんない。超つまんない。シカマルって超つまんない男」
「何だよ」


 親父が出しっぱなしにしていた将棋盤を片付けようと、散らばった駒をまとめていた時だった。俺とした事があまりにも慣れてしまった彼女のオーラに全く気付かず、まんまと頬を抓られたわけで。驚いた、というよりは冷静だった。"ああこいつか"という、安心感。


「おじさんとおばさんは?」
「親父は綱出様ンとこ。お袋は知らねーけど、買い物じゃねぇの?」
「そっかー。」


 辺りをキョロキョロと見渡して、少し唇を尖らせながら縁側に座りこむ。部屋の隅に将棋盤を寄せ彼女の少し後ろに立って視界に入るのは、見慣れた景色と彼女の背中。特別素敵な世界というわけではないが、不思議な気分ではある。
 敢えて隣に座らなかったのはきっと、俺が一番好きな景色を見れるのが此処だったから。当たり前の景色と特別な存在が重なり合った、その景色を見たかったかだろう。


「今ね、ナルトとラーメン食べてきたの」
「へぇ」
「…ナルトと」
「?なんだよ?」


 名前を二回繰り返したあたりで、彼女が言わんとしている事は理解したつもりだ。だからと言って望み通りの反応をしてやろうと思うほど俺は良い男ではない。
 みるみるうちに、此方を振り返った彼女の顔が先ほどよりずっと不満そうな表情に変わる。眉間に皺を寄せて、少し俺を睨みつけるような。


「ほんっとつまんない」
「悪かったな、つまんなくて」
「シケた顔しちゃってさー、何なのそれ?かっこつけてんの?クールぶってるつもり?」


 俺に背を向けたまま、吐き捨てるように言葉を並べる。そういえば、以前にもこうやって文句を言われた記憶がある。障子にもたれ掛りながら、不満げな空気がたち込める彼女の背中を見て笑いが零れた。どうしてこう、口に出さなきゃわからないかねぇ。


「ちょっとくらい嫉妬とかしてくれてもいいじゃない?ねえ、」


 口に出す。何をだ?
 考えたところで何も浮かばなかった俺は、後ろから彼女を抱きしめた。ビクリと驚いた彼女の髪が俺の頬を掠め、一瞬だけ向けた視線同士が合ったことに小さな喜びを感じる。


「嫉妬ねぇ」
「う、ん」
「いちいち嫉妬してたら、面倒くさくてお前と付き合ってんの嫌になりそうだな」
「え、それはやだ!絶対やだ!」


 耳元で大声をあげられて、腕の力を強めると次第に弱くなる彼女の声。
 やべぇ、おもしれぇ。クツクツと首元で笑ってやる。くすぐったいのか身を捩るものだからそのまま首筋に唇を何度も落とせば、また彼女の動きは弱まるのだ。首筋へのキスは欲望の表現だとどこかで聞いた記憶があるが、あながち間違いではないような気がする。


「シカマルのえっち」
「バーカ、お前が悪いんだろ」
「なんで?!」


 彼女を抱きしめる腕は弱まることを知らず、まるで彼女を逃がすまいとしているようで。さっきまで余裕ぶってた俺はどこへやら。
 いつのまにかぶつかり合うのは胸と胸になっていて。絶対口には出さねぇけど、たぶん俺の方がよっぽどこいつに惚れこんでる。


あないとし



20120530

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