オレは幼馴染であるなまえのことが好きだった。でもあいつは顔を見るのも忌々しい兄貴の恋人だった。まだ兄貴が士官学校に通い、威厳溢れる生活を送っていたころ、オレとなまえは兄貴にとても憧れていた。軍服を身に纏い、背筋を伸ばし、真摯な双眸で一点を見つめる兄貴の姿を誰よりも誇りに思い、オレは素直に格好いいとその後姿を褒めた。あいつも同じことを思っていたらしく、二人して毎日兄貴の真似をしていた。ちなみにこのときからオレはなまえのことが好きだった。でもそれを口に出すことは面映く思っていたから、ずっと黙っていた。そしたら、あいつはいつの間にか兄貴の恋人になっていた。オレはあいつから直接恋人になったって聞いたわけじゃなかった。気づかされた、といったほうがいいかもしれない。


 あれは兄貴がちょうど堕落し始めたころだった。オレは王牙学園に入学するため、毎日机に張り付いて手首が腱鞘炎になるくらい、血眼になって勉強していた。しかし隣接する兄貴の部屋から響く喧しい音楽に集中力は切れ、頭にきたオレは直接兄貴の元へ行き、文句をいいに言った。ノックもせずにドアを力強く押し開けたオレは罵声を飛ばそうと息を吸った。しかし息は声と共には吐き出されなかった。オレは目を見開いたまま、その場に凍りついてしまった。ベッドの上にだらしなく寝転ぶ兄貴とベッドの縁に下着姿で座り、その腰には兄貴の腕が回っているなまえの姿がオレの視界に映った。二人は突然の来訪者に少なからず驚いていたが、兄貴はすぐにふにゃりと間抜け面で笑った。どうしたんだ、エスカ。暢気な声が煩わしかった。オレは大声で怒鳴り散らしてやろうと思ったけれど、オレの全身は電撃を食らわされたかのように痺れていた。オレは兄貴への怒りを忘れるほどなまえの下着姿に目を奪われ、悩殺されてしまった。淡い桃色に控えめのレースがついた下着と柔らかく、しなやかに伸びる肢体。弾力のある白い肌は思わず甘噛みしたくなる衝動に駆られた。欲と共にでてきた唾をごくりと飲み込む。けれど欲望は枯渇することを知らず、心底から湯水のように溢れてきた。我を忘れ、なまえの肌を舐めるように足のつま先から首元まで見つめた。しかし、なまえと目があった瞬間、オレはとてつもない罪悪感に駆られた。オレを訝しげに見つめるなまえの瞳はオレの心を激しく糾弾し、不覚ながら恐怖を感じた。居た堪れなくなったオレは結局兄貴たちに何も言わず、部屋を飛び出した。


 部屋を飛び出してからはまるで勉強に手がつかなかった。敵前逃亡した自分の愚かさを情けなく思うと同時に、頭が混乱するほど溢れ出る性欲の処理に必死だった。目を閉じて先ほどの光景を忘れようとしても、瞼の裏には色情ななまえの姿がこびりつき、暗い視界の中になまえの白い肌が鮮明にフラッシュバックした。忘れようとしていながらも、先ほどのなまえのふしだらな姿で本能が赴くまま自慰をする。声を押し殺し、息を荒くしながら脳内でなまえの姿を妄想する。あのきれいな美しいからだを手で愛撫し、舌でそっと舐める。目を閉じてよがるなまえはオレの背中に手を回し、もっと深くオレのことを求める。しばらくしてオレは悦に浸り、射精した。しかしその直後、とてつもない虚脱感がオレに襲い掛かってきた。オレがどんなに優しくなまえのことを愛撫してもそれは全てオレの空想であり、本物のなまえは兄貴のものであり、オレが今妄想していたこと全てをオレではなく、兄貴がやる。なまえの肌を撫でるのも兄貴であり、なまえがよがる相手も兄貴である。律儀で愛国心の強く、誰よりも格好良かった、兄貴が、堕落して以前の影も見るも無残に消えうせた憎らしい兄貴が、なまえの恋人なのである。ずっと大切にしてきた初恋の人を奪われた悲しみと憎くても憎みきれない不甲斐なさにオレは反落していった。



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