ただいまライオコット島ではFFIが開催されている。わたしはイナズマジャパンのマネージャーとしてこの島にやってきた。日本とあまり変わらない気候に目の前に広がる日本町。この景色を見ているとここが本当にライオコット島なのかと疑ってしまいそうになる。けれど、一度ここから外へでてみれば一目瞭然。まさに異国の地だ。そして今日、わたしは練習中に足りなくなったものを買い足すため、商店街があるほうへと向かっていた。これから続く優勝への長い長い戦い。わたしは少しでもみんなの助けになりたくて、ひとり奮闘していた。


 買わなきゃいけないものを書いたメモを片手に待ちを徘徊していたときのことだった。ふと路地裏から誰かに呼ばれたような気がした。わたしは視線をメモからその路地裏へと向ける。昼間なのに路地裏は薄暗く、まるで森の奥深くにある洞窟のようだった。なにが隠れているかわからない、神秘性を超えた恐怖感が渦巻いている。背筋が僅かに凍ったわたしは早く帰ろうとすぐさま視線をずらし、歩みだそうとした。しかしまた名前を呼ばれたような気がした。わたしはオカルトや幽霊などの類はまったく信じない。いや信じたくない。信じてしまった途端にそれは世界にいると認識されることになり、恐怖の対象以外になりえないからだ。だから信じたくなかった。必死に目を瞑って怖くない、何もいないんだと頭の中で呪文のように唱える。しかし、わたしの足はその場から動かなかった。逃げ出したいと思う反面、その路地裏がとても気になったからだ。頭のどこかに引っかかる。物語の続きをみたいと思う気持ちと一緒だ。どこからか溢れる好奇心に心は密かに弾み、愚かながらわたしは路地裏のほうへと足を踏み出してしまった。一歩歩めば、自然ともう一歩がでてくる。吸い寄せられるようにわたしは路地裏の中へと歩いていった。相変わらず路地裏は薄暗くて不気味だった。しかしそれ以外なにもない。猫すらいなかった。

 わたしは何もいないことにほっと安堵の息をついた。何もないとわかれば、ここにいる必要はもはやない。わたしは路地裏から出ようと踵を返した瞬間だった。誰かがわたしの腕を掴み、ぐっと引き寄せた。わたしは腕に感じたひやりとした冷たさに心臓が跳ね、抵抗する暇もなく、引っ張られるがままになった。振りむかされた先にいたのは、黒いボディスーツのような服をきた、褐色の肌に赤銅色の髪の毛の少年だった。金色の瞳が喜悦に細められている。少年は白い歯を見せて悪戯に笑った。


「やっと見つけたぜ」



 わたしはその言葉に度肝を抜かれる。わたしはこんな変な少年のことを知らないし、ましてや見たことない。それに見つけたもなにもわたしはそこらへんにいる一般人と変わらない。ゲームに例えるとしたらモブだ。そんな特徴のないわたしがいつどこで何をして、探されるような存在になったんだ。逆にこっちが尋ねたかった。超絶な展開に言葉を失い、口を半開きにさせていると、少年はそんなわたしなんてお構いなしに腕を強く引っ張った。



「てめえの魂、頂くぜ!!」


 そういって少年は無防備なわたしの首筋にむかって白く、いくらかとがった歯を立てた。その瞬間、わたしの体が赤信号を発した。危険だと。その瞬間、言葉にならない叫び声をあげて、わたしはありったけの力をこめて少年の胸を押していた。自分でもびっくりするぐらい力が入った。今なら、そこらへんにいる同じ年の少年に力負けしない自信があった。わたしに押された少年はそのまま尻餅をつく。わたしは地面に倒れこむ少年に向かって変態!痴漢!と顔を歪めながら大声で叫び、急いで路地裏から逃げ出した。道行く人に助けを求めようとしたけれど、それよりも早くこの少年から逃げ出したかった。体中に音が響くほど、わたしの心臓は鼓動していた。




 全速力で走り、やっとのこと宿舎についた。練習は終わっているため、宿舎も多少賑やかだが、自分の部屋にこもっている人が多いせいか、わたしが向かった食堂には誰もいなかった。わたしは空いている席に座る。宿舎は絶対安全だと思っているせいか、机の上にまるで溶けかけたスライムのように力なくへばる。とにかく助かった。わたしはありったけの安堵の息をついた。すると、食堂に誰かが入ってきた。目線をずらし、誰が入ってきたか確認する。風丸くんだった。風丸くん、とわかった瞬間、わたしの背筋がしゃきんと伸びた。さっきとは違う意味で鼓動が早くなる。風丸くんは苗字、と声をかけてくれた。


「一人で食堂にいるなんて、珍しいな」
「うっうん、ちょっといろいろと大変なことがあってね。ライオコット島も意外と物騒だね……」
「……変質者にでもあったのか?」
「うん、まあ、変質者って言えば変質者だけど。変質者なのかな……」
「大丈夫か……?とりあえず、無事でよかった」


 風丸くんは柔らかく目を細めた。わたしは胸がキュンとしめつけられた。風丸くんがわたしのことを心配してくれるだなんて。それだけで心は躍る。ぼーっと風丸くんのことを見つめていると、風丸くんはぎこちなさそうに微笑んだ。


「今度、声をかけてくれれば……その、オレも買出し付き合うから。苗字一人じゃ危ないしな」
「でも悪いよ。練習で疲れてるのに」
「気にしなくていい。それに……一緒に買出し、行ってみたいしな」



 風丸くんはいくらか顔を赤らめていった。風丸くんの一つ一つの仕草や表情、言葉がわたしの心を揺する。ときめきが胸から溢れ出し、その喜びに自然と顔が綻ぶ。先ほどあったことを一瞬にして忘れそうだ。それほど嬉しかった。


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