わたしの隣には小さい頃からマークがいた。隣にいるっていってもそこには恋愛感情とかそういうのはまったくなくて、マークはただ単にわたしの面倒を見てたといったほうがいいかもしれない。目元が鋭くて冷静で、クールな印象なのにどこか天然なマークは昔からみんなの人気者だった。おまけにサッカーもすごく上手だから人気にどんどん拍車がかかる。マークの周りにはいつも自然と人の輪ができていた。


 でもわたしはそんなの全然なかった。容姿もそこまでよくないし、性格は地味で暗い。マークが海だとしたらわたしはテトラポットとかに生えている苔だ。臆病だから自分から話しかけようとしない。おかげで友達はマークぐらいしかいなくて、もしもマークがいなかったらわたしは一人でずっと家に引きこもってテレビでも見ている寂しい子になっていただろう。マークは幼馴染だから、親に頼まれたのか知らないけど、いつもわたしのことをマークの輪に入れてくれた。マークの周りの子はわたしみたいな地味な子がいることが気に食わないのか、白い目でずっとわたしを見てきたけれど。わたしは嬉しかったけれどどこか居心地が悪かった。マークの輪の中に入ってもどっちにしろ一人なのは変わらなかった。だからわたしは一人いじけて勝手に家に帰って泣き寝入りしたり、どこかの茂みに隠れて忍び泣きしていた。どうせマークの友達はみんなわたしのことなんて興味がないから。わたしがどっかにいっても、きっと風が吹いたとかそのぐらいにしか捉えられないだろう。だけどマークは違った。わたしが拗ねて、三角座りをして、地面に生える雑草をひっこ抜いたりして退屈さを紛らわしてると、いつもマークが迎えに来てくれた。マークは屈むと若干赤いわたしの鼻を軽く小突いて、笑う。



「また一人で何してるんだ」
「マークには関係ないよ。他の人たちと一緒に遊んできていいよ。わたし、勝手に帰るから」



 どうせ一人ですよって改めて思うと胸が熱くなってきて、悲しくなってきて涙が溢れそうになった。それをごまかすため、俯く。マークがため息をつく音が聞こえる。そして立ち上がる。マークがここからいなくなるまで絶対顔を上げないと頑として俯いていると、マークが突然手を掴んできた。勢いよく引っ張られ、わたしは立ち上がった。それでも俯いていると、マークが両手で頬を包み、顔を上げさせる。涙でいくらか濡れたわたしの目尻を親指で拭う。



「世話がやけるな、なまえは」
「マークがお節介なだけだよ」
「お節介なぐらいじゃないと、拗ねるだろ?」



 マークはそういってわたしの手を握った。


「今、オレが鬼なんだ。だから一緒に探すの手伝ってくれ」
「わたし足遅いから絶対迷惑かけるし、なんかいいよ」
「大丈夫だ、迷惑なんかじゃない」


 マークはそういって微笑むとわたしの手を握って走りだした。




 あれから時は経って、わたしとマークは少し成長した。学校に入り、いろんな人と出会った。それでもわたしの根暗な性格は治らない。一方マークはもっともっと友達ができた。わたしのことなんて忘れてしまうくらいいろんな人と友達になった。だけどそれでも、マークはわたしに世話をやいた。きっとここまできたら見放せないんだろう。好きとかそういうのを超えた一種の義務感。人間がペットを可愛がるような、親が子を可愛がるような感情と一緒だ。それはきっといつまでもどこまでも平行線のようにわたしとマークの間に成り立つだろう。


 毎日マークに世話を焼かれながら、それでも一人で学校生活を送っていくんだろうと思ったわたしだった。けれど、そんな憂鬱とした学校生活を華やかに色づける些細な出来事が起きた。わたしに好きな人ができた。その相手はマークの友達であるディランという人だ。ディランはわたしとはまったく正反対の性格をしていて、太陽のように明るくて、社交的だ。自分とか正反対の人に興味を持つ、というどっかで聞いた言葉は本当らしかった。ディランとわたしは一緒のクラスだけれど、ディランはきっと苔みたいなわたしのことなんて知らないだろう。でもよかった。遠目で彼を見ているだけでわたしは満足だった。もしかしたら好き、というよりも憧れの感情のほうが強いかもしれない。どっちにしろ、彼を見ていると、心がぽかぽかと陽だまりの中にいるみたいに暖かくなって、自然と顔が綻ぶ。わたしが生まれて初めて感じた、一番新鮮で、一番純粋な気持ちだった。



 ランチタイム、食堂でわたしはポテトをつまみながら本を読んでいた。マークにはサッカーがあるけれどわたしには何もない。だから勉強することしか暇をつぶせなかった。食堂に響く賑やかな声をシャットアウトしながら、カウンター席の一番端でひたすら読書に没頭する。細かい文字を目で必死に追いかけながら、本の中で展開される話に意識を集中させる。

 しかしふとした瞬間にその集中も途切れた。誰かが隣に座ってきた。しかも椅子の間隔をあけずに。マークかな。わたしは本からちらりと流し目で視線をずらす。だけどそこにいた人物はマークではなかった。ディランだった。わたしはびっくりしすぎて手から本が滑り落ちそうだった。いやその前にわたしが椅子から転げ落ちそうだった。それぐらいびっくりした。ディランはにこにこと陽気な笑みを浮かべながら、わたしの顔を見つめた。


「たしか、なまえだよね」
「えっうん……どうしてわたしの名前?」
「そりゃ一緒のクラスだし、マークと仲いいだろ?」
「うん……そうだね」
「あっポテトもらっていい?」
「あっ……どうぞ」


 わたしはどくどくと高鳴る胸の鼓動を必死に押さえながらディランにポテトを勧めた。ディランはありがとうとこれまた嬉しそうな声を上げると、ぱくぱくとわたしのポテトを食べた。



「一緒のクラスなのに、あんまり話したことがないって珍しいよね」
「わたし、ディランみたいに明るくないから……」
「そんな暗いこと言わないで、ギンギンにいこうじゃないか!」
「ギンギン……?」
「それはそうと、明日の昼休みにバスケの試合をやるんだ、見に来ないかい?」
「見に行っていいの?」
「もちろんさ!」
「ありがとう、見に行くね……。それにしてもどうしてサッカーじゃなくて、バスケなの?」
「対戦する相手がさ、サッカーだとミーたちが有利だからバスケにしようって駄々こねたのさ。まあどっちにしろ勝つけどね」
「あの……頑張ってね」
「ああ!ありがとう!」



 ディランはそういうと、バスケの練習をしにいくといって椅子を下りた。


「応援、待ってるからね!」


 手を上げてディランは声を張り上げると、駆け出した。わたしはその後ろ姿を見つめる。心臓が高鳴りすぎて口からでてきそうだった。とにかく緊張と喜びに体中に血がぐるぐる巡ってわたしの体を熱くした。ディランと話せた。それだけで嬉しかった。



 

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