※壮絶に暗い。サイコパス風味。自己責任で


 彼女は昔からどこか他の人間とは違っていた。頭の螺子が外れ、抑えなくてはいけない人間らしさが見事に頭の外へ吹っ飛んだような性格だった。でもいつも可笑しな雰囲気をまとっているわけじゃない。普通に過ごして、普通に話せば、普通の人だ。でも時にほんの些細なきっかけが崩壊への起爆剤となって、彼女は狂う。突然笑いだしたり、泣き出したり、おびえたり、ときには変な言葉まで口から飛び出す。そして彼女はすぐに物事を信じる癖があった。明日に地球が滅びると誰かが彼女に法螺を吹けば、彼女はそれを簡単に信じてしまうだろう。そんな彼女の面倒を見る役目が私にはあった。彼女のことはお日さま園のときから知っていて、知らずのうちに私は彼女の面倒をみていた。こんな面倒くさい女、ほっとけばいいのにと他の人は口々に言うけれど、私は彼女を放っておけなかった。もし私が見放したとしたら、彼女の面倒をみる人がいなくなってしまう。乗りかかった船だ。私がなんとかしなければならない。彼女は目を離した途端、蝶のようにひらひらとどこかにいって、いつもいらぬことをして帰ってくる。だから私は彼女を監視を含めて傍においた。ガゼルのときだってそうだ。私は周りの反対を押し切って彼女をダイヤモンドダストにいれた。人とかけ離れている彼女はサッカーの才能もまた別格で、すぐに開花した。周りからは疎ましい目で見られていたけれど、当の彼女はとくに気にした様子はなく、雲の上を歩くかのようにうきうきした足取りでいつも私の後ろを歩いていた。


 しかし、彼女がこうなったのも仕方がないといえるかもしれない。彼女の過去は言葉に表しきれないほど悲惨だった。そのせいで人間性に歪みが生じたのだと私は思う。彼女の底知れぬ傷はすさまじく、あの父さんにさえ心を開かなかったのだ。唯一開いたのが私だった。だから彼女は私に懐いた。彼女を見捨てられないのはもうひとつ、そのせいがあるかもしれない。私が彼女を見捨てたとしても、彼女は無理やりでも私についてくるだろう。彼女の世界には私一人しかいないのだから。


 エイリア学園が雷門に破れ、父さんの野望も尽き、私たちは生活に普通に戻った。私は他のやつらとは違って韓国へいったり、ライオコット島にいったりした。そのとき彼女は置いていった。たしかに連れて行ったほうが彼女のためになるかもしれないけれど、私は世界のフィールドで戦うのだ。彼女の面倒を見ている暇などはなかった。その後、無事に事を終え、私は日本に帰ってきた。彼女は泣きながら私を迎えた。私を必死に想う彼女が珍しく可愛らしくおもえ、心がほっと温かくなった。

 それから私は学校生活が忙しくなった。毎日勉強に終われ、大変だったけれど、私にはそんな疲れを吹き飛ばす嬉しいことがあった。私は恋をしたのだ。相手は隣の組の女だった。まるで背中に定規をいれたかのようにまっすぐ伸びた背筋に清純な装いに顔立ち。私は彼女としゃべったことはなかった。しかし廊下でふと見かけた瞬間、私は彼女に心を奪われたのだ。彼女に夢中になると同時に、私はなまえのことをおろそかにしてしまった。別世界にいるかのように遠い少女に恋焦がれ、それとは反対にべたべたと近寄ってくるなまえを鬱陶しさを覚えた。だんだんとなまえを軽くあしらうようになり、仕舞いには冷たく接していた。しかし、それが後に大問題を引き起こした。



 とある放課後、私の好きな子が誰かによって階段から突き落とされて怪我をした。人気のない階段だったので、目撃者はまずいなかった。みんな誰だろうと口々に言っていたが、私はすぐに犯人が予想できた。私は部活がおわったあと、すぐになまえの元へといった。なまえはいつも教室で私が部活を終わるのを待っているのだ。教室の窓から私をみる彼女の目はもはや監視の目と同一のように感じるが。教室のドアを開け、窓際の席に座っているなまえを睨みつけながら詰め寄る。



「彼女を突き落としたのはお前だろ」
「彼女?あぁ、うん。わたしが突き落としたよ」


 なまえは悪びれることなくいった。むしろ子供のように楽しそうに、目を細めながら言った。私は罪の意識のなさに背筋がぞっとするとともに怒りが心の底からこみ上げてきた。



「謝る気はないのか!?」
「謝る?どうして?それより、風介はあの子を突き落とされてどんな気持ちだった?悲しかった?もし彼女が死んだら、風介はどんなこと想ってた?後悔してた?ねえ、教えてよ」
「黙れ!」



 私の堪忍袋の緒がとうとう切れてしまった。私の怒鳴り声が教室の中を木霊し、やがて空気のなかに消えていった。なまえは一瞬目を丸めてこちらを見たけれど、すぐに表情を変えた。猛禽類のようにぎらぎらと光った鋭い瞳を厭らしく細め、口元には薄ら笑いを浮かべていた。まるで怒り狂う私をあざ笑うかのような表情にいっそう憤怒するが、同時に底知れぬ恐怖を感じていた。その証拠に私の額にじんわりと汗がにじんだ。



「彼女が怪我して悲しいんだ。へえ。そうなんだ。彼女のために泣いた。ふーん」



 そういうと彼女は机のフックにかけていた鞄を手にすると突然立ち上がり、私を押しのけて教室のドアのほうへと歩いていた。ドアをくぐるとこちらに振り向く。やはり瞳が怖い。色にたとえるとしたらまるで地面にこびりついた血のようにドス黒い赤色がとぐろを巻いていた。なまえは明るい声をつむいだ。



「なんだったら、あのときちゃんと殺しておけばよかった」



 そういって颯爽と廊下を歩いていく。去り際に残した彼女のナイフのような鋭さを隠した微笑みが忘れられなかった。



 それから私は怪我をした少女に恋心を抱くことをやめ、またなまえとも距離を置いた。もしあのまま少女のことを好きでいたら、なまえの嫉妬を買い、今度こそ殺される羽目になるだろう。そしてなまえと距離を置いたのは、以前にまして残虐性がだんだんと増してきたからだ。他人の不幸は蜂蜜のように甘いといわんばかりに嘲笑するなまえに嫌気が差してきたのだ。幸い、もうすぐクラス替えの季節だ。来年はきっとクラスが離れるだろう。そうすれば彼女とは自然と縁が薄くなっていく。彼女の粘着気質溢れるアタックも全力で阻止した。もう私たちは中学生だ。いつまでも面倒をみきれない。生涯を通じて彼女のお守りなんてごめんだ。


 そしてクラス替えがあり、なまえとは無事、別のクラスになった。それからはなまえからアタックをされることがなく、希薄な関係が続いた。私はそっと胸をなでおろした。それと同時に背中に乗っかっていた錘が消し飛び、私の体は軽くなった。これから、学校生活をもっと楽しくさせるのだ。




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