なまえは来ないといった。彼女は沖縄に住んでいるのだから、しょうがないだろう。私は彼女が来ないことを知った瞬間、がっかりした。楽しみにしていた同窓会も急につまらないものに感じた。しかしここで彼女がこないことを惜しむようなメールは送れない。私は気持ちを悟られないよう、簡素なメールで返した。そしていつの間にかまた、メールは止まった。それから数週間後、同窓会の日が訪れた。懐かしい顔ぶれの中に一番いてほしいなまえはいなかった。私は始終、仏頂面で過ごしていた。晴矢になまえがいないからつまらないんだろうと図星を突かれた発言をされた途端、私は笑いものにされた。顔が一気に熱くなり、恥ずかしくてたまらなかった。なまえがいてくれれば、私はこんな思いをせずにすんだのに。わたしは只管この場にいない彼女のことを恨んだ。



それから時は経つのは早かった。大人になるにつれ、時の流れを早く感じるとはこういうことなんだと実感した。気が付けばすでに人生の要でもある大学受験が私の目の前に迫っていた。入学式が昨日のことのように感じる。私は毎日図書館に籠もり、勉強に没頭した。時より勉強が嫌になり、ふとなまえのことを思い出す。何か一言でもメールをしようか、と携帯を取り出すも勉強しなくてはとどこか強迫性を秘めた思いが頭によぎり、私は携帯から手を離し、再び学業に明け暮れた。そして無事大学に合格し、気が付けば私は成人していた。本当にあっという間だった。成人式から数日後、お日さま園で再び同窓会が開かれた。今回は成人式の後ということでかなり盛大に開かれる予定だった。盛大といっても場所は父さんの自宅にある広い宴会用の部屋でやる。ホテルの宴会場などでやるよりもかえってこっちのほうがみんなしっくりくるだろう。もちろんなまえは来るらしい。久しぶりに彼女に会えることに私は楽しみで仕方がなかった。あと何回寝れば同窓会だ、とお正月を待つ子供のように待ち遠しく思っていた。


 そして同窓会の日は来た。栗色の長い机に盛られた豪華絢爛な料理に成人の証である酒。懐かしい顔ぶれが次々に登場し、席につく中、なまえは少し遅れてくるらしい。沖縄からでてくるのだ。そこらへんに住んでいるやつのように勝手がきくはずがない。いよいよ同窓会が始まった。酒が入ったグラスを片手にみんな和気藹々に話し始めた。わたしもダイヤモンドダストだったメンバーと話した。みんなそれぞれ頑張っているらしい。少しほろ酔いでいい気分になったころ、なまえが来た。入り口でいろんな人から足止めをくらい、微笑んで受け答えするなまえ。思った以上に大人びいていて、私は息を呑んだ。髪もいくらか伸びていた。中学のころの記憶しかない私はひたすら目を張って彼女を見つめていた。綺麗になっていた。しかし時よりみせる、昔と変わらない無邪気な雰囲気がまた私の心を掴み、鼓動が段々と早くなっていった。彼女はゆっくりとこちらへ近寄り、私の隣に腰を下ろした。



「久しぶり」
「ああ」



 彼女の挨拶を私はそっけなく返した。なるべく彼女を視界に入れないよう、手に持っているグラスを傾けていた。私は馬鹿みたいに緊張していたのだ。いざ隣に来ると何を話していいかわからなくなり、頭がクラクラした。くすくすとなまえの静かな笑い声が聞こえる。私はちらりと流し目で彼女のことをみた。昔と変わらない笑い方に私はとても懐かしさを覚えると同時にエイリア学園のときもこうして彼女がいつも隣にいたなと、思い出に浸り、どこか心がはずんだ。そのあと、彼女が積極的に話しかけてくれたおかげでだいぶマシな会話ができるようになった。私も酒が少し入っているせいか、緊張もすぐに解れ、会話が弾んだ。同窓会もだいぶ盛り上がってきたころだった。ふとトイレに行こうと席をはずしたときだった。無事の用を済ませ、宴会場に戻ろうと廊下を歩いていた。するとなまえが廊下の隅っこで電話している姿が目に入った。私は気になって静かに彼女に近づく。こっそり壁に隠れて聞き耳を立てた。



「今日、そっちはどうするの?久しぶりにあった東京の友達の家でも泊まるの?えっ居酒屋で時間潰す?それならわたしも行くよ。同窓会楽しめって、もう。酒の入った綱海は何をしでかすかわからないから不安なの。大丈夫、みんな潰れたころにタクシーでそっちにいくから。うん。そういうこと。じゃあね、また電話するかも」



 そういってなまえは電話を切った。綱海。そのなまえはどこかで聞いたことがあった。だが思い出せない。それよりも彼女に親しい男がいたことにショックを受けた。もしかしたら私以上かもしれない。彼女と綱海という男の関係はその電話からは詳しくはわからなかった。ただ一つわかることはこうして私は彼女に声をかけることもできず、立ちすくんでいるだけだということだった。



 それから少し時間を置き、私は席に戻った。先に席に戻っていた彼女が暖かく出迎えてくれた。少し嬉しかった私だったけれど、彼女のその優しい笑みがあの綱海という男にも向けられているのかと考えると、やけに癪に障り、私はわざとつんけんとした態度をとった。そのあと、先ほどあったことを忘れるかのように呑んで、頭が痛くなっても呑み続けた。隣にいる彼女が大丈夫かと心配しようが呑んだ。だが、潰れるわけにはいかなかった。


「風介、だいぶ酔ってるでしょ」
「私が酔うわけないだろ」
「目が据わってるよ」



 彼女は呆れた表情のまま微笑んだ。このまま彼女のほうへ倒れこんで押し倒したらどれほど楽になるだろうか。酒のせいで普段ぐらつかない理性までもが危うくなっていた。しかし、そこはきちんと保ち、いつもどおり無愛想を突き通した。あれからだいぶいろんな奴が潰れてきた。一人眠るものもいれば、他人を巻き込んで眠りにつくやつもいた。そんな中、なまえは平然としていた。遠慮してあまり酒を飲んでいないせいもあるかもしれない。いつの間にかなまえの隣に座っていたクララがなまえに話しかける。


「ねえなまえ、今日泊まるでしょ?」
「ごめん、今日はもうおいたまするね」
「電話の相手か」



 ふとそう口出ししてしまった。なまえはとても驚いていた。しかしすぐに顔を緩め、目を伏せて微笑んだ。



「そうかな」



 その言葉に私の胸はまた締めつけられた。こんなに胸が痛くなったのは久しぶりのことだった。なまえは周りが潰れているのを見計らって腰を上げた。もう帰るらしい。私は咄嗟に彼女の手を掴んだ。



「送っていく」
「いいよ。途中で倒れられても困る」
「送っていく」
「どうせタクシーだし、家の前だからいいよ」
「なら家の前まで送っていく」



私はそういって食いついた。彼女は溜息をついて、わかったと妥協した。私はなまえを送ろうと立ち上がるもだいぶ全身に酒が回っているせいか、きちんと直立できなかった。結果、私が彼女を送るのではなく、私が彼女に送られるような形で玄関を目指した。なまえの肩に腕を回し、体を預ける。こんな形になるなら、あの場で一人潰れていればよかったと少し思ったけれど、それよりも彼女といたい気持ちが勝った。玄関に着き、扉を開き、家の前で二人でタクシーを待った。壁にもたれかかり、私は何とか立っていた。肌寒い風が頭をやけに覚醒させ、段々と酒が抜けていくかのように感じた。彼女との間に無言の空気が流れる。会話しようとしても頭が正常じゃないせいか、うまく言葉がでてこなかった。だが、ふとした瞬間、私は発言した。




「私は思い出なのか」
「そうなのかもしれない」
「私は思い出にはなりたくない」
「だけど時は待ってくれない。いつも前を進み続ける」
「時は残酷だな」
「でも思い出はいいものだよ。アルバムのようにきれいで、懐かしいもの」


 なまえは憂いを含んだ優しい微笑みを浮かべた。その瞬間、私の脳裏にあの沖縄に行くといったときのなまえの姿がフラッシュバックした。成人したなまえとあのころのなまえの姿が重なる。確かに思い出は綺麗なものだった。懐かしいし、どんどん和やかな気持ちになる。しかしその影には残酷さを秘めていた。そのころには二度と戻れないという、時が私の前に突きつける冷酷な笑みを。それからタクシーがきた。私はふらふらになりながらも彼女をタクシーに乗せる。運転手は私が乗るんじゃないのかとびっくりした表情をしていた。そう思うのも無理はない。彼女は去り際、私にこういってきた。



「初恋は実らないって、本当だったんだね」



 悲しそうに笑ったあと、それじゃあとさよならを告げ、彼女を乗せたタクシーは出発し、どんどん小さくなっていった。私は一人壁にもたれる。今まで私はずっと彼女を好きだということは柔らかに否定してきた。ちゃんと認めたくはなかった。だけど、確かに私は、エイリア学園のときからずっと、彼女のことが好きだった。この胸をえぐるような悲しみがまさにそれを証明している。アルバム。きっと私のことを思ってくれていたころの彼女の思い出はきれいに収まっているだろう。決して再び味わうことのできない甘美な思い出。脳裏に走馬灯のように彼女との思い出が流れる。懐かしさを通り越して埋めようのない心の空白感に絶望した。好きだった。私の青春を全て捧げたなまえのことが好きでたまらなかった。もっと早く、この気持ちに気づいて向き合っていれば。彼女がいった初恋は実らないという言葉。それは本当なのかもしれない。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -