なまえと私はいわば幼馴染のような関係だった。お日さま園のときからの仲で、エイリア学園があったときは彼女は私の右腕だった。ジェネシスの称号を勝ち取ろうと共に誓いあったのは今でも覚えている。父さんが逮捕され、エイリア学園がなくなったあと、私たちはお日さま園に戻ってサッカーをしていた。何も使命などない、純粋の楽しむサッカーを。

 なまえは私にとって特別な存在だった。そこら辺のやつら以上に大切だった。彼女といると穏やかな気持ちになれたし、彼女も私といると安心するといった。だけれど一般的に言われる恋人という関係ではなかった。私はなまえに好きだと告白したこともないし、なまえも私に好きということもなかった。いわば長年付き添った熟年夫婦。夫婦というのは少し言いすぎかもしれないけれど、私と彼女の間には恋人だの家族だの言葉を超えた繋がりがあった。深く、そして揺るぎない絆がつねに私と彼女の小指を結んでいた。


 そんな彼女が一週間後に沖縄へ行くことになった。なぜかとなまえに尋ねると貴方の家庭に事情があったようにわたしの家庭にも事情があるのと流された。おそらく沖縄に彼女の数少ない親族がいたのだろう。和気藹々とサッカーをする声が響くグラウンドから少し離れた、木陰が涼しい場所で私となまえは腰を下ろしていた。私はなまえが離れるのが寂しかった。だが、それを表に出すことは決してなかった。恋人でもないのにそんなストレートに感情を表して何か意味が見出せるのだろうか。今更好きだなんていえるはずがない。その前に私はなまえのことが好きなのだろうか。他の女よりは興味がある。それだけのことじゃないか。そんなくだらないことを頭に巡らせていた。だが、一つだけわかることは私の隣で顔を曇らせながらも微笑むその表情を見ていると胸が締め付けられる思いをするということだった。憂いに満ちながらも優しく口元をほころばせる彼女の表情は美しかった。なまえは静かに口を開く。



「沖縄はここより暖かいらしいね」
「当たり前だ」


 私は淡々と返した。彼女は小さく声を出して笑った。



「落ち着いたら連絡するから」
「ああ」
「待ってる?」
「とくに」「そう答えると思ってた」
「なら聞く必要なかっただろ」
「ごめんごめん」
「まあ、時々は思い出してやるさ」



 なまえは目を細めた。私はわざとそっけないふりをした。ふりといっても本心かもしれない。彼女に連絡を強いる権利なんて私は持っていないし、持っていたとしてもそれを行使する気もない。熟年夫婦のようといったけれど、実は私となまえの関係はそれ以上に淡白で曖昧なものだった。ベタベタと砂糖をはくような甘さは皆無。お互い隣にいても一言も発することがないときだってあった。しかし、はっきりと友達とも言い切れず、恋人とも言い切れない。お互いにそれを明白にする気もないので、霧が深くなるようにもっとおぼろげになっていった。いつまでこんな関係が続くのだろう。だけど、そんなうやむやな関係に甘えていた。もし私が彼女以上に素晴らしい女性に出会ったのなら私はなまえを捨てるだろうし、なまえも同じだと思った。この先、なまえを越える女性に出会えるか問題だけれど。私は彼女を思い出せるだろうか。思った以上に忘れているかもしれない。しかしふとした瞬間、霧の中から建物が現れるように、私は彼女を突然思い出すだろう。なまえはそんな存在だった。



 なまえがお日さま園を離れて数週間後、手紙がきた。私宛だった。中には簡単な手紙が一枚入っていた。決まりきった台詞に、こちらは暑いだと。そして彼女のメールアドレスが書かれていた。どうやら手紙を返さず、メールで返せということだった。しかし、実は言うとこの手紙を見たのは届いてから三ヵ月後だった。私はアフロディにスカウトされ、韓国代表となり、またイナズマジャパンに敗れたあともいろいろと忙しかったのだ。だから申し訳ない気がし、私は急いで彼女にメールをした。しようとした。けれど中々できなかった。私は毎日、画面に向かって唸った。なまえになんてメールをすればいいだろう。遅くなってすまない。おそらくなまえは私が韓国代表で活躍していたことを知っているだろう。しかし、今更遅くなってすまないなんていえなかった。あまりに遅くなりすぎたからだ。ならお日さま園の近況を送るべきか。淡々と文を書いたけれど、まるで業務報告のようになってしまったのでやめた。結局、彼女の手紙を読んだあとも返事を書くのにてこずり、返信をしたのは手紙がきてから4ヶ月後のことだった。元気かと短文で。彼女から返信は直ぐ来た。うん、元気だよと、こっちはやっぱり暑いと。彼女が書くメールの文を見ると急に懐かしさを感じると同時に恋しくなった。それから私はなまえとメールをするのが楽しかった。暇があれば彼女にメールを返していたし、彼女からもたくさんきた。



 しかし、日に日に彼女からのメールは減っていった。返す時間の間隔もどんどん開いていき、忘れた頃にメールがやってきたりした。私は寂しさを感じることが多くなった。だけどメールを催促させるような文は決して送らなかった。私と彼女は曖昧な関係であるし、そんな権限なんて私にはなかった。私は信じていた。言葉にしなくても私は彼女と繋がっており、どんなに時が経っても不滅だと。だけど、振り回せされるばかりでは私も癪にさわった。だから私は彼女と同じようにわざと返す間隔あけたり、メールを止めたりした。ちょっとした仕返しだった。



 それからどんどん時が過ぎていき、気が付けば私となまえのメールは途切れていた。どっちが止めたかわからない。いつのまにかメールをしなくなっていた。しかし、私は昔よりも悲しいとは思わなかった。お互いに忙しくなり、今年は高校に入学する年であったから、受験で忙しかった。彼女もきっと同じだろう。とりあえず、受験が終わったらメールしようと後回しにしていた。しかし、いざ受験が終わっても、彼女にメールができなかった。昔のようになまえと連絡を取りたいという思いはあったけれど、なぜか気後れしてしまった。なんて送ればいいだろう。そればかり考え、悩み、結局メールを送るよりも先に高校の入学式を迎え、私は慣れない新生活でそれどころじゃなくなった。


 高校に入り、私はきっと彼女以上に素晴らしい女性に会えるのだろうと少しばかり期待していた。なんせいろんなところから人が集まるのだから。しかし、彼女以上の人間に出会えることはなかった。どれも同じ顔に見え、特徴が見出せなかった。暇つぶしに適当な女子と付き合ってみても気持ちは全く傾かなかった。それどころか数ヶ月しか付き合っていないのに、私の全てを知っていると友達に法螺を吹くそいつには反感を覚えた。なまえに似て似ない紛い物ばかり手を伸ばし、本物を掴めない虚無感を満たす何かを探し、相手にしていた。こんなにも彼女を恋しいと思うような素振りをしている私だけれど、彼女に死ぬほど好きだという感情はなかった。ずっと曖昧にきたせいだろう。しかし今の私の心の中の順位は、なまえがとりあえず一位で二位はその他だった。


 ある日、突然、私はなまえに会いたい衝動に駆られた。もう一度彼女の声を聞き、彼女の微笑む顔が見たい。そう思った。そして運よく、私は彼女と会う機会が得られた。ばらばらになったお日さま園の仲間たちを集め、再び集まろうという同窓会のようなものが企画されたのだ。懐かしい顔ぶれが集まり、きっと楽しいだろう。おそらく、彼女には手紙が送られているだろう。その手紙を見て、彼女はなにを思うだろうか。とにかく、私は勢いにのり、彼女にメールを送った。





ふと勉強しているとわたしの携帯が震えた。勉強している手を止め、携帯を開く。そこには懐かしい文字が並んでいた。風介。その文字を見ただけで、わたしの胸はトクンとときめいた。急いでメールを開く。そこには元気かと、相変わらずの短文が書かれていた。久しぶりも挨拶もないのかとわたしは思わずふきだしてしまった。わたしの正面でだるそうに勉強していた綱海が訝しげな視線を向けてきた。



「なに笑ってんだよ」
「懐かしい人からメールがきてさ」
「へえ、友達か?」




 わたしは綱海の言葉に一回息を止めた。だけど、直ぐに言った。



「うん、友達」



 わたしは一瞬斜め下に視線を泳がせてしまった。きっと綱海は気づいていないと思うけど。わたしと風介の関係を友達という一言で簡単に割り切っていいのだろうか。風介はわたしの初恋だった。風介はわたしのこと別に大好きとか、見ているだけ胸がキュンとするとか、そういう感情は持っていなかっただろうけど、わたしは少しだけあった。だけど、風介にそんなことをいえるはずがなく、わたしはわざと淡白なふりをした。友達以上だけれど、恋人未満という曖昧で、甘い関係。はっきりと別れることもなければ、付き合うこともない、心地よい関係だった。普通、相手のことが好きだったら、付き合いたいと強く願うだろう。だけどわたしはそんなには思わなかった。きっと風介にはそんな気さらさらないし、恋人という言葉で束縛してはいけないと感じたからだ。それに恋人、という言葉がなければ、愛を証明できないなんて思ってなかったから。恋人だのそんな言葉がなくても、わたしと風介は確かな絆で結ばれていた。だなんて、思ってた。今となってはそんな確かな絆もないように感じてきた。風介とメールするのは楽しいけれど、あまりに淡々としていて、わたしとメールしていて楽しいのだろうかと不安にかられた。そしてわたしが忙しくなるにつれて風介からのメールもどんどん減っていく。しだいに風介からメールがこなくなり、わたしの携帯は鳴らなくなった。携帯を開くたびにメールの着信がないことに落ち込み、メールがきたと思えばメルマガだったりと。おそらくわたしがメールをすれば、淡々とした言葉だけど返してくれる。だけど、できなかった。わたしと風介の関係は曖昧すぎたから。もしも風介にちゃんとした彼女ができていたらわたしからのメールはただの厄介なものになり、いろいろとサッカーなどで活躍する風介にとってわたしのメールは負担なのかもしれない。それを思うと、たとえ一時間かけて文章を練ったメールであっても、送信箱に溜まっていった。気が付けば、受信するメールよりも、送信箱にたまるメールのほうが多くなった。送れないメールが溜まる。けれど、それでも風介からのメールはこなかった。おそらく、風介は恋人ができたんだろう。わたしはそう考え、うやむやな気持ちを断ち切るために、送信箱に溜まったメールをすべて消した。すっきりするとともに、胸をえぐるような悲しみを感じた。





 綱海は眉間に皺を寄せて頭をかいた。そしてしだいに弱弱しい表情に変わり、溜息混じりに呟いた。




「こんな勉強してたら脳みそ腐っちまうよ……なあ、海行かねえか」
「毎日いってるじゃん」
「関係ねえよ。海がオレを呼んでんだ」
「はいはい」



 わたしはテキストをめくりながら簡単に流した。綱海とは毎日のように海へいっている。どうしてか。わたしと綱海は付き合っているからだ。馴れ初めは飛ばすけれど、わたしにとって綱海は初めての彼氏だった。風介のことは未だに少しだけ、引き摺っているかもしれない。だけどそれでもわたしの瞳は先を見据えていた。風介はすでに過去の人になったのだ。わたしの記憶の中だけで鮮やかな色をつける、甘美で心地よい思い出。そう割り切った。



 海へ行きたいとあまりに綱海がうるさいので、わたしたちは海へ行くことにした。嬉しそうな表情をしてはねるように歩く綱海の隣で、柔らかい笑みを浮かべながら見据える。ふとわたしは綱海に聞いてみた。


「ねえ、わたしのこと好き?」
「あ?なんでそんなこと聞くんだよ」
「なんとなく」



 そういってわたしは視線を斜め下へと泳がせた。綱海は頭をかいて戸惑っていた。あーとかうーとか曖昧な言葉を口に出し、やけに緊張しているように見えた。綱海は若干頬をそめ、斜め上に目線を向ける。だけど、急に頭を抱えて叫びだした。



「だぁー!早く行くぞ!!」



 綱海はそういってわたしの手を掴んで走り出した。きっと彼なりに照れてるんだろう。わたしは暖かい気持ちになった。けれどここでわかった。昔は言葉など軽いと睥睨していたけど、思った以上に言葉は重いものだった。好きという一言はとくに。きっとそれだけでわたしと風介の関係は変わっただろうし、今だって綱海がすきといってくれただけでわたしは両腕で抱かれているような安心感を得るだろう。女の子は誰だって甘い言葉が欲しいものだ。


 
 あれから風介に返事を返した。一番最初にメールをしたときと同じように。そのあと、すぐさまお日さま園の話になり、同窓会のようなものに来るかと聞かれた。わたしは行きたかった。懐かしい友達にも会えるし、風介にも会える。だけど、わたしは行けなかった。わたしがいるのは沖縄。お日さま園は東京。たった一日のために行くことはできなかった。悔しい思いを心の底から感じながら、風介にそうメールをした。すると風介からはやっぱり淡白とした文が届いた。わたしが来ないことをとくに残念に思っていないような文を見ていると、やっぱりか、と溜息をついた。予想通り風介は、わたしの思い出どおりの人だった。




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