太陽の日差しが差す。思わず目元を手で覆ってしまうほど眩しかった。目の前にいるなまえは小麦色の麦わら帽子を被り、鼻歌を添えて一面に広がる菜の花畑の上を歩いていた。時折駆け出して、きらきらとした瞳で花を見つめ、くるりと回って無邪気に笑ってみせる。私は後ろから黙ってそれを見ていた。彼女は私の歩くペースに合わせるつもりもないし、私も彼女の歩くペースに合わせるつもりはなかった。だけれど、私となまえの間はまるで糸で繋がっているかのように、離れることはなかった。

 時は20世紀の後半あたりだった。今が何世紀だとか、特に興味の湧かないわたしはちゃんと覚えていなかったが、とりあえず30世紀に近かった。言い直す。時は30世紀に近いあたりだった。私はこの前、授業で使った資料に載っていた20世紀のころの世界を見て大変驚いた。なんという不便利な時代だったんだろう。今、私の生きている時代は空に車を走ることもあれば、鉄道も通る。いたるところに電子パネルが設置され、夜になるとネオン管に照らされた広告が一面に光り、まるで光の中にいるかのように感じる。しかし騒音などに悩む必要はない。近未来だからこそ、20世紀のころとは違って、すべて解消されたのだ。人はボタン一つ押すだけで何もかもできるようになった。食事に移動、掃除までもすべてボタン一つ。いちいち人が労力を酷使してやる必要はないのだ。学ぶことに関してはさほど変わってはいない。(現に私は学校へ通っているし、本だって読む)20世紀のころの人たちが考えた、近未来へのイメージ、それが私たちの世界そのものだった。すべてというわけではないが、大部分はそのイメージが当てはまっていた。

 宇宙も自由に行き来できる。何十年か前ぐらいに木星で生命体が発見されたらしく、地球連邦がコンタクトを取ったらしい。200年前ぐらいに発見された火星の生命体の話ぐらい大きな衝撃だった。そのときは月に住んでいる偉い人たち(大昔、地球から移住した人たち)と一緒に何かやったらしいが、最近はその人たちと地球は仲が悪いらしく、ピリピリとした空気が漂っているということがニュースで流れていた。まあ、私にはさほど関係ないことだ。問題が何もないように思えるが、一つだけ些細な問題があった。環境だ。近代化しすぎたため環境がおかしくなったのだ。気温の変化、生物の絶滅。海面上昇。空気汚染。数え切れないほどあった。今は素晴らしい科学の力で何とかなっているが、ずっとそれに頼っていいのだろうかという議論が上がったらしい。なのでこの地球のトップに君臨する科学者たちはなにやら地球を再生する方法を必死に思考しているらしいが、興味はない。数ヵ月後にそれに関する政策を発表するらしいが、そちらも興味はない。わたしはなまえに興味があるからだ。

 にこにこと朗らかな笑顔を浮かべていると思えば、急に雨が降り出したかのようにしょんぼりする。ころころと天気のように表情の変わるなまえが好きだった。なまえとは昔からの付き合いだった。言葉に当てはめるとしたら幼馴染という言葉が一番あっているだろう。小さい頃から一緒にいたなまえのことを私は好きだった。なまえも私のそう想っていてくれた。私たちは相思相愛なのだ。どうやって相思相愛なんかになったなんて、とても面倒くさいので話してられない。とにかく、なまえは私の恋人だった。誰よりも大切の人だった。

 今日は18世紀ぐらいの日本にきていた。場所はよくわからないが、とりあえず花畑をみたいというなまえのリクエストに答えるため、私は念を入れて調べ、ここをチョイスした。私となまえは歴史旅行という、指定した歴史に旅行しにいけるというシステムを使用していた。しかし実際の歴史にトリップするわけではなかった。コンピュータが作った空想の中、いわば一枚の写真の中にトリップするもので、そこは時が止まったままだし、その空間にはわたしとなまえしかいなかった。それにしてもやけに昔の日本は日差しが眩しかった。じりじりと降り注ぐ光にじんわりと汗を掻いてしまった。絶対必要だとわざわざブランドの麦藁帽子を買ったなまえを馬鹿にした自分を恥ずかしく思った。



「ほら、暑そうにしてるじゃん。麦藁帽子を馬鹿にした罰だね」
「つらい暑さではない」
「汗かいてるのに?面白いウソだね。ほら、貸してあげる。きっと似合うよ」
「どうせまた被りたいとかうだうだ言い出すんだろう。被っておけ」
「人の好意を蔑ろにするんだね。いいよ!」


 なまえはむっとした表情をして私に差し出していた麦藁帽子を乱暴に深く被りなおすと踵を返して走り出した。黄色の花びらが舞う。私は追いかけなかった。どうせ直ぐ止まると思っていたし、予想通りすぐ止まったからだ。振り向けばたぶん笑顔だ。この空にある太陽みたいに明るい笑顔だ。なまえが振り向いた。やはり笑顔だった。つくづく天気みたいにころころ変わるやつだ。



「ねえ、今度海へ行こう」
「海ならこの前海賊船に乗ったじゃないか」
「そういう海じゃなくて、海岸、白い砂浜。青く透き通った海がいいな。ヘドロで汚れた海も見てみたいけど、今はこの青空みたいな海がいい」
「私の財布のことも考えろ」
「ごめん。でも、ねっお願い、風介」


 なまえは両手を顔の前に合わせて、悪戯っ子のように白い歯を見せる。断れるはずがなかった。私はなまえが好きなので、なまえを喜ばせたい。なまえが好きなので、ついなまえに甘くなってしまう。お金がどんどん飛んでいくのは悔しいが、それでなまえが笑って喜んでくれるんだったら、その後悔もどこかへ吹き飛んだ。わたしは溜息をつきながらも了承する。私はひねくれているため、快く返事を返せない。しかしなまえはそんなことも気にする素振りを見せず、やったと両手を挙げて喜んでいた。この笑顔だ。この笑顔が見たくて、私は毎日生きているのだ。



「じゃあ、いつにする?海へ行くの。別に明日でもいいよ。今すぐでも行けるよ。ねっ!早く行こうよ!」
「学校がある。しかも課題もある。もうすぐで試験期間だ。それが終わってからだ」
「えー」
「留年しても私は知らないぞ」
「はいはい、頑張って勉強します。一生懸命勉強して全力で海を楽しみます」


 なまえは拗ねた表情をして言った。ぶうっと膨らます頬を見ていると指でつつきたくなった。ポケットに入れていた携帯が震動した。取り出して確認してみると、もう少しで終了の時間という知らせだった。延長も可能だったけど、幾分私たちは学生という身であり、さっき言ったようにもうすぐ試験期間なので長くはいれなかった。なまえにもう帰るぞと言うと、なまえはえーっと愕然とした。だけど、すぐに楽しかったね、今日はありがとうと表情を緩めた。私はありがとうという言葉に心地よいものを感じた。なまえの手を引いて、その唇に軽くキスをする。なまえの顔は綻んだままだった。私はなまえの手を優しく、包むように指を絡めて握った。さあ、帰ろう。



 それから試験期間になった。試験はそれほど難しくはなかった。だけど、なまえは予想以上に悪戦苦闘したらしく、苦虫を潰したかのような表情で私にダメだったと報告してきた。しかし、海のことを思うと試験の出来なんて関係ないらしく、スイッチで切り替わったかのように、表情が変わった。はずんだ声色でどれだけ海が楽しみか語ってくるなまえを見ていると、ますます私にかかるプレッシャーは大きくなると同時に、なまえが感涙を流してしまうほど喜ぶような景色を見せてやりたいというやりがいも生まれた。それから家に帰っていろいろと調べ、なまえが気に入りそうな海を見つけた。白い砂浜に青空のようにきれいな海だった。データを見ているだけで潮風の匂いを感じた。そこは予約がいっぱいで私となまえが二人っきりで入るにはだいぶ先になりそうだった。だけど、私はそれを選んだ。二人っきりでいるからこそ、意味があるのだ。二人しかいないあの空間が私にとって一番心地よく、安心した。






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