それはいつもとあまり変わらない昼休みだった。少しいつもと変わるといったら、いつも一緒に食べている友達が昼飯を忘れて購買へ行ったことだ。私は片手でサンドイッチを食べ、もう片方の手で携帯をいじりながら友達が帰ってくるのを待っていた。携帯の画面に夢中になっていた私の瞳の隅に帝国独特の制服の色が映った。みんなが購買へ集中するこの昼休みにしては帰ってくるのがはやいな、と私は顔を上げた。しかしそこにいたのは友達ではなく佐久間だった。佐久間とは普通に話す仲だけど、昼休みにわざわざこうやってくることは珍しい。どうしたの、と声をかける前に佐久間は黙って何か紙らしきものを何か差し出してきた。どうやらチどこかのチケットらしい。受け取ってよく見てみると、近くの水族館のチケットだった。日付は来週の日曜日。


「……一枚頼んだチケット二枚きてな、一緒に行ってくれないか?」
「一人で行こうとしたの?水族館に」
「悪いか」
「いや、別に」


さみしい奴だ、と内心同情したが、そこは黙っておくことにした。どうせ佐久間はイルカショーに登場するゲスト扱いのペンギンが目当てだろう。佐久間の場合はイルカよりもペンギンがメインらしい。私はここまでコアなペンギン好きに会ったのは初めてだった。多分、ペンギンの水槽の前に何時間も張り付いて可愛い可愛い言っているだろうな、とその姿を想像すると呆れると同時に可愛いな、とも思った。可愛らしい女の子がペンギン好きよりも帝国サッカー部のイケメンがペンギン好きというギャップのほうが惹かれる。だからこいつはもてるのか、いや、元々顔が綺麗で、運動神経もいい帝国サッカー部部員だからもてるのか。そんなことをチケットを持ったまま、ぐるぐると考えていると、痺れをきらした佐久間が頭の後ろで手を組みながら、行くのか?行かないのか?とだるそうに聞いてきた。私はうーんと唸る。生憎、私はそこまでペンギンには興味はないし、水族館にも進んで行きたいとも思わない。でも、一人で水族館を回る佐久間を思うとどうも可哀想に思うし、せっかく誘ってもらって断るのも気まずい。仕方がない、いってやろうと思ったとき、私はあることを思い出した。そうだ、来週の日曜日は久々に半田と遊ぶんだ。それもその約束はだいぶ前から決めていたやつだ。佐久間には悪いけど、ここはだいぶ前から約束していた半田を優先することにした。



「ごめん、この日は予定あっていけないんだ」



そういってチケットを返すと、佐久間はそうか、と一言言ってチケットを仕舞った。とくに落胆するとかそういうのはなく、いつもと変わらず平然としていた。



「私の代わりに源田君でも誘ったら?仲いいじゃない」
「男二人で水族館いっても、むさくるしいだけだろ」



佐久間は笑って答えた。私もたしかに、と笑う。そうしているうちに友達が帰ってきて、佐久間はそれじゃあと友達と入れ違いで教室を出て行った。


それから時は過ぎて日曜日。私は半田の家にいた。
私はゲームのコントローラーを握ってコンピュータ相手にひたすら真剣にテニスをしていた。最初は半田と対戦していたけど、あまりの私の弱さとしつこさに嫌気がさしたらしく、今では寝転びながら漫画をパラパラと見ている。時折「はぁ!」と声を出してコントローラーをフルスウィングする私に呆れながらも、お互いまったりと過ごしていた。フルスウィングした結果、やっとコンピュータ相手に勝った私は勝利の汗を額に流し、半田に別のソフトやろうといった。すると半田は一人でやってて、俺寝る、といって開いた漫画をアイマスク代わりにして寝てしまった。私も一人でゲームやってるのはなんだか飽きてきたので、そこらへんにあった漫画を手にとって開いた。パラパラと読んでいくが、どれも読んだことあるシーンで退屈は増すばかりだった。そのうち漫画を読むのも疲れてきたので漫画を閉じて仰向けになった。目を閉じると、佐久間のことが浮かんだ。そういや佐久間、今一人で水族館を楽しんでるのか。楽しんでるかな。メールでもしてみようかな。いろんなことが頭の中を駆け巡った。段々考えているうちに、窓から入る柔らかい太陽の日差しも相乗してくるせいか、眠気がでてきた。半場意識が夢の国へ行きそうになったとき、寝ていると思われた半田が声を出した。


「暇だし、どこか行くか」


そういって起き上がった。私はちらりと横目で見る。



「どこ行くの?」
「水族館とか?」
「水族館?あーそここの前佐久間に誘われた。ばったり会っちゃったら気まずいから行きたくない」
「あの佐久間に誘われたのかよ?!」



驚いた表情で私にそう尋ねてくる半田。半田と佐久間はどうやらサッカーで面識があるらしい。でも半田が佐久間を覚えていても佐久間が半田を覚えていることはないと思われるけど。


「まぁね、同じ帝国学園だし、ずっと同じクラスだし、席近いし」
「そうなのか……それで、なんで断ったんだ?」
「だって前から半田と遊ぶって約束してたじゃん」


そりゃまぁな、と半田は答えた。


「にしても、わざわざ誘ってくれたんだろ?どうせ俺と遊んだって家でごろごろするだけだったから、行けばよかったのに」
「いや、チケットが間違って2枚きちゃったから一緒に行かないかって感じだったから、別にいいかなって」


ほら、佐久間って友達多いから、他の人とか誘うでしょ。いや、実は本命の子とか誘っちゃうんじゃない?と笑うと、半田はうーんと少し唸った。しばらく考え込んで、ぼそっと呟いた。


「本命がお前なんじゃないか?」



その言葉に私の思考は完全に固まった。誰が本命?私?誰の本命?佐久間?そう頭の中で一人会話が行き交いした。結果、佐久間は私を本命に思い、誘ったという答えがでた瞬間、私は全力で否定した。



「いやいやいやいやそれ本当にないから!!ありえない!!こんな私を!?いやない!!」


私は無意識に手を体の前でクロスさせ、バツ印を作っていた。身体までが否定している。いや、それほど私の中でありえないことだった。あの顔が綺麗で、運動神経もいい帝国サッカー部部員佐久間次郎が普通の帝国学園に通っている女を好きになるはずがない。佐久間に合うのはきっともっと可愛くてスタイルが綺麗で性格もほわんとしていて守りたくなるような子だろう。私とは何億光年とかけ離れている、そんなタイプが佐久間の隣に歩いても引け劣らない。きっとそうだ。



「そうか?」
「うん、そうそう」
「でも、わざわざ誘うなかでなまえを選ぶのも不自然じゃないか?他に候補はたくさんいるんだろ?」
「まっ……そうだけど……きっと近くに私がいたから誘っただけであり……ね」
「しかも俺の予想、間違って二枚頼んだってのも誘うための口実だと思うんだ。直接誘うのは恥ずかしかったんじゃないか?」
「いや、佐久間は間違えた。そう信じる」
「そのあとの相手の表情とか、反応はどうだった?」
「特に変わりなかったよ。別に普通みたいだった。あっでも」



佐久間君、少し落ち込んだ表情してたけど、なまえなんかした?と佐久間とすれ違いに帰ってきた友達がそういっていたのを思い出した。そのときはきっと源田君と男二人でむさくるしく水族館にいくことにがっかりしているのかな、と軽く考えていたけど、今となっては捉え方が違ってきてしまった。半田は決まりだな、と一言言って、お前にやっと彼氏ができるか、にやにやと笑った。一方私と言えば、あまりの予想外の事態に頭がクラクラしていた。頭に駆け巡る回路が音を立てて、壊れていくのを感じた。顔に感じる熱はじんわりと広がり、やがて体中熱くした。相手に好きという感情を持たれるのはこれが初めてな私はどうしたらいいかわからなくなった。なんとももどかしくて恥ずかしいがちょびっと嬉しい気持ちが私の中に溢れる。



「顔赤い」
「うるさい!」


私はそういって半田に背を向ける。後ろから笑い声が聞こえてきた。ますます顔が赤くなるのを自分でも感じる。こいつ絶対仕返ししてやる。私がそう心に決めたとき、突如背中にごつっと何かがぶつかった痛みがした。むっとした表情で振り返ると、そこには呆れながら笑った半田がいた。投げられたのはどうやら私の携帯らしい。



「今からでも行ってみたら?きっと喜ぶと思うよ」



早くメールしなよ、とせかす半田に私はまたうるさい!と一喝しながら、半田の言うとおり佐久間のアドレスを呼び出してメールを作った。やけに文を打つ手が震えた。






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