#精神的不安定症候群。









いつも通りの明日は来るのだろうか。

俺はいつだってそんな不安を抱いて過ごしている。
多分、俺の不安は一生消える事はないだろう。
君と一緒に居る限り。






精神的不安定症候群。






俺は普通の日常を送るはずだった。
裁き人として、生と死の境目の長として、孤独に人生を生きるつもりでいた。


なんの戸惑いも無く毎日を過ごしていた。


だけど、それは突如やってきた。




「こんにちわ、今日から僕が秘書になります。鬼男です」




見かけは普通の青年だ。
でもそいつは紛れもなく鬼の子だった。

最初はぎこちなかったけれど、日々を重ねるに連れ俺も鬼男くんも打ち解けていった。
部下として最高のデキ。

鬼男くんと居ると笑うことも多くなった。
毎日が『楽しい』という感情で塗り替えされていく。
何もかも、俺の観てきたものは『彼が居る』その理由だけで塗り替えられていく。


そしてある日―。


「お、にお…くん…?」
「大王。すいません…、もう我慢出来ない」
「ちょちょちょちょ!?何が!?え?もしかして吐きそうなの!?」
「吐きそうな訳ねぇだろ!バカかお前は!」
「えー…、君閻魔大王に向かってバカって…」
「僕が言っているのはそういう事じゃなくて、貴方が好きです」
「そうかー、鬼男君は俺が好きなのかー……」
「……え、驚かないんですか?」
「……えええええええええええええええ!?」
「驚くの遅!何その時間差!!ベタだよ!」
「だって、そんな急に、えぇー困るよ俺、そんな心の準備が…」


いきなりのカミングアウトに、俺はたまらずアタフタしていた。
今まで、好きか嫌いで言ったら『嫌い』な方で思われていたと思ったからだ。
ちょっと遊びすぎると直ぐ爪で顔さしてくるし。
容赦なく人を罵倒し、蹴ってくる。
(まぁ、罵倒されて蹴られるのは結構慣れたし、最近はソコソコ蹴られて罵倒されるの好きになってきたんだけどね)

当然嫌われていると思った、その矢先の言葉だった。


「閻魔大王。キスがしてみたいです」


段々鬼男くんとの距離は縮まり、まつ毛同士がパチパチぶつかり合う距離にまで到達した。
恥ずかしさと、少しの躊躇いから目を逸らせようと、思わず瞑ってしまった目。

唇に暖かく柔らかい感触が襲った。
それは触れるだけで、軽く音を鳴らして離れていった。

恐る恐る目を開けると鬼男君が顔を真っ赤にして立っていた。


「人間界では好きな人同士は愛しあってこう言う行為をするそうです」


鬼男君はそう呟いた。
俺は思わず鬼男君を抱きしめた。


「鬼男君…、俺も好き。君が好き」


そう告げたその日の夜、俺達は愛を知った。




――――――――――――――





「はぁ…」


今思い返せば一線を超えてしまってから俺の不安は募るばかりだった。
折角鬼男君と愛し合えたと言うのに、この先も鬼男君が秘書で居られるとは限らないからだ。

冥界には『輪廻』という言葉が存在する。
この冥界に生を受ける者は必ず転生する。
新しく生まれ変わり、その生命を終えたとき、またココを廻りそしてまた転生する。



転生する時冥界の記憶と引き換えに、新しい命を授かる。


裁きの長は一生転生できず、周りの者は転生していく。
だから何時も独りだった。
怖かったんだ、失ってしまうことが。

(失う辛さ、怖さを知っていたのに。どうして愛してしまったんだろう…)
思わずため息をついた。



「どうしたんですか?大王がため息なんて珍しいですね」


鬼男君は少し笑顔で聞いてくる。
思わず口走りそうになる想い。


「鬼男君はさ………、転生……いや、なんでもない」
「転生?あぁ、輪廻の事ですか?ソレがどうかしましたか?」
「ううん!なんでもないんだ、気にしないでくれ」
「そんな顔されてたら気になります言ってください」
「そんな顔ってどんな顔?」
「アホみたいな顔です」
「アホ!?なにそれ、イジメ!?この顔は生まれつきだよ!?」
「あーもーうるさいですね…、いいから言ってください。言わないと言うのなら……」
「言うのなら?」
「挿しますよ」
「え、そんな事で俺(爪で)刺されるの!?」
「いえ、まぁ、刺しますけど、その後挿します」
「!?二度も?!二度も刺されるの!?」
「はぁ〜…(このおっさん絶対意味分かってねぇな…)」


言わないと2度も爪で刺される。
そう考えると恐怖心が勝ち、不安を告げた。


「…鬼男くんも、転生しちゃうのかな…って思って」
「……、」


やはり鬼男君は黙ってしまった。


「ごごご、ごめん!その……、」
「…多分、いつかはそうなってしまうと思います。それは輪廻の定めです」
「…そうだよね…、」
「でも、僕はその日が来るまで、貴方の為に尽くします」
「鬼男君…!」
「だから、そんな悲しい顔。しないでくださいよ。僕まで悲しくなります」
「うん…でもね…、定めだとしても、俺は不安だよ。…毎日『明日は来るのだろうか』と不安に駆られるんだ」
「…大王は、それでいいと思います。貴方はたった一人の愛しい人です。でも裁きの長でもあります。だからこそ、それでいいんです」
「違うの!俺の不安は、明日じゃないの!鬼男君が俺の前から消えるちゃう事だよ……。俺はただ祈る事しか、出来ない。裁きの長なのに、『輪廻なんて無くなってしまえ』と祈ることしか…」


いつからか、そう思い始めていた。
『輪廻』を憎み始めていた。

初めて知った愛なのに。
初めて愛せた人なのに。
壊されてしまうのは嫌だ。
忘れられてしまうのは、嫌だ。


「出来るなら、俺も俺も転生したいよ。転生してまた鬼男くんと廻り逢いたい!」


鬼男君を失う事。
それは明日が来ない事…、俺の明日が無い事に繋がる。
依存はしないつもりだったけれど、いつの間にか依存していた。

『今日みたいな明日』は、もう来ないかもしれない。
あの頃の日常に戻ってしまって、今の俺は居なくなっているかもしれない。

感情も鬼男君と重なった事実も、全ての未来が無くなる。
ソレは、明日と呼ぶには少々重すぎた。


「バカ!ほんと大王は大馬鹿野郎ですね」
「なんで!?いや、今めちゃくちゃシリアスだったよ!?」
「僕だって、願わくば転生なんてごめんですよ。怖いんです。いつアンタの前から消えるのか」


鬼男君は心境を語ってくれた。


「でも正直、アンタが転生しないのは救いだ…と思っています。僕が輪廻で消えて、記憶が無くなっても。アンタがココにいればいいんですよ、例え最後の独りになっても」
「お、におく…な、何を言って…」
「定めだから仕方のないことです。でも、アンタがここにいる。必ずココに居る事実は何も変わらない。ココに戻ってきたときに記憶の要になるのはアンタなんだよ…閻魔大王」
「…!」
「僕が何も知らずに戻ってきたときに、また教えてください。愛を。冥界の記憶を。アンタの優秀な部下だったと言う紛れもない真実を」
「鬼男君っ!!!」


鬼男くんの言葉が胸に突き刺さる。
俺がココに残る意味。ソレを指し示してくれた俺の部下。

嬉しさで、目が熱くなる。
視界もだんだんわるくなり、挙句の果てにはのども熱くなり、声すら出なくなりそうだ。
(俺はココに残る意味がある。裁きの長、冥府の王閻魔大王として、それから鬼男君の記憶の要として…)


「分かってもらえましたか?」


鬼男君は少し不機嫌そうなトーンで聞いてくれた。
俺は涙を拭って強く頷いた。そして――。


「ねぇ、鬼男君」
「なんですか?」
「明日は…来るよね…?」
「来ますよ、何があっても。僕が大王に『明日』を必ず提供します。約束です」
「絶対だよ!」
「…はいはい」




鬼男君の返事は少し笑っていたようにも思えた。
それでも、大きな不安は消えた訳じゃない。




明 日 ハ 来 ル カ ?




不安定。
精神的不安定。
不安定症候群。










[fin.]






@あとがき
これは、若干シリアスですね…。
この微妙なライン。得意です(笑)


・解説
鬼男君秘書になる→閻魔の日常を変えていく→愛し合い一線を超えた恋仲→閻魔不安→輪廻はいつ来るの?→鬼男くんと一緒に転生したい!→鬼男君も転生なんてごめんだ!でも閻魔と転生だけは絶対したくない→閻魔は記憶の要→閻魔ここにいる意味を見つける


こんな感じです。
よく考えたら天獄書くときいっつも方向がシリアス一直線なのはなんでだろう…


先の見えない不安というのはきっと冥府の閻魔大王にもあるんじゃないかな。と思いながら書き上げた物です。
部下の鬼男君は部下とは言えやはり輪廻の対象になっちゃうのかな…、なんて想いました。






ココまで読んでいただき有難うございます!















































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