これはまだ始まりに向けた終焉劇である。





『愛』という事実は彼の世界を混沌へと陥れるだろう。
私もまた、今混沌の中へと誘われている。


灰色の空から、大粒の雨が世界を濡らしていく。
灰色の闇が、理事長室を暗い闇へと変えていく。
雨はガラスを叩きつけ、室内には二人の呼吸と混ざる雨音が響いていた。

冷たい空気が漂う中、ポツリと言葉を零す私の目の前にいる男。


「…僕の唇ばかりを見つめる程、飢えているんですね」


言葉を吐き出したのは奥村雪男だ。
彼は私の中を見透かしたように、私に欲を問うた。


「奥村先生がそんな事を言うなんて珍しいですね…」
「そんな事無いですよ、至っていつも通りです」
「そうですか」


私が口を閉じると、私と彼の間には再び沈黙の時間が訪れる。
室内にはやはりガラスを叩く雨の音が耳につく。
声はまだ聞こえない。彼の呼吸が微かに聞こえてくるだけで、声はまだ無い。
私は何を待っているのだろうか。自分でも解りかねる自分自身の中で苛立たしさが少し生じ始めた。
答えは謎だ。『謎』だった。それでも私は彼に何かを求めているのは確信している。

答えは解らない。ただただ私は彼の『言葉』を待っているだけだった。


「何を期待しているんですか…、フェレス卿」


案の定彼は言葉をくれた。彼の言葉は全て私を見透かしていた。
私は彼に『何か』を期待している。 その『何か』は検討さえ付かない。
私は彼の問いかけに、口端を歪めて応える。


「さぁ…?」


私の答えと表情を伺った彼の表情は硬いものになった。
眉間に皺が寄り、苛立ちを隠せていないようだ。


「素直じゃないですね…、本当に」
「何の事です?」
「惚けても無駄です。何を怖がっているんですか、今更」


沈黙が流れる。私は彼の言葉を理解しかねた。
彼の言葉は外の天気とは裏腹に、清々しい程可笑しい。
腹の底から笑いがこみ上げて来るのがわかる位だった。


「怖い?私が怖がっている?フッ、フフハ、ウハハハハハ!!私とした事が…ハハハ、実に面白い!面白いですよ、奥村先生」
「何が可笑しいんですか」


腹が捩れる位に笑った私の姿を見た彼は、苛々を募らせている様子だった。
傑作だった。私は怖いのだ。今の状況そのものが。
奥村雪男と身体を交えているという事実。愛で合っていると言う事実。
そして、『悪魔』と『祓魔師』と言う超えてはならない境界線を超えてしまっていると言う紛れも無い『真実』を。
私程のモノにも『恐怖』が存在しているもどかしさと愛おしさ。
私その者が『恐怖』であるというのに。


「いや、失礼。久々にオモシロい事を聞いたもので…」
「僕は何も面白い事は言ってませんけどね」
「私としたことが、こんな事にも気がつけませんでしたよ」


彼の機嫌は最高潮に悪いだろう。ソファーに腰を掛け、医学書を読み始めている始末だ。

あぁ、それにしても解ってしまえば煩わしい感情。私は今恐怖に震えているのだ。
そして私は期待している。彼に期待している。
私はなんて煩わしいのだろうか…。


私は音も立てずにすっと椅子から立ち上がり、彼にそっと近づいた。
背後にそっと回って、椅子に座っている彼の耳元まで腰を屈め耳元で呟く。
「奥村…雪男……、面白い男です」


声より先に空気に反応したのか、彼は素早く振り返った。
距離は近く、私と彼の吐息がまじる程。まるでキスをするかのような距離。


「奥村先生は、怖いですか?」


私の問いかけに、質問の意図が解らないと言わんばかりに表情を歪ませていた。


「私は怖いです。貴方が仰る通り、今が、私達の『真実』がとても恐ろしく怖いです」
「…、『僕と貴方が繋がりがある』という事がですか?」
「えぇ。勿論。それ以外に怖がる物など何もありません」
「そうですか。それでフェレス卿は何を期待されているんですか」
「私が貴方に期待している物…、それは…。何でしょうか、当ててみてください」


私がニヤリと頬を緩めると、彼は顔をぐっと近づけて口を開いて舌を見せて私の唇に噛み付いた。
思わず目を閉じて接吻の続きを期待した。彼は噛み付いていた唇を軽く吸いついた。

あぁ。これだ。私が望んでいた物。『真実』への『恐怖』を『接吻』と言う『真実』で固めていく。
肯定して、恐怖心を沈める。この瞬間が私にとっての至福。
沸々と湧き出す感情は計り知れない。

気がつけば彼の体温は唇から無くなっていた。そっと目を開けると、彼の瞳が私を捉えていた。
綺麗な青と緑が混じった様な色をした瞳の色に思わず吸い寄せられる。
たった数秒がとても長い時間に感じる。翻弄される脳内。


「メフィスト」


温度の低い声。静かに響く彼の声に我に返る。
長く見つめ合っていたような気分になり、思わず恥ずかしくなる。
私にもどうやらまだ『羞恥心』という感情が残っているようだ。

顔が焼けたように熱い。熱く恥ずかしい。
すっと姿勢を戻して悟られないように自席に戻ろうとすると彼は私のうでを掴んで引き寄せた。


「愛してます」


柔らかい表情で私に告げると再び唇に彼の体温を感じた。
今度は触れるだけ。そして離れては見つめ合う。


「まったく、貴方には敵いませんよ…」


フフと笑を零して再び唇を落とされた。




混沌の中を彷徨う私は、恐怖に支配される。それから逃れ真実を確かめるように何度となく期待する。
何もかも、真実が公に触れれば一瞬にして崩れる。そんな真実を抱えて今日も二人、身を寄せ合う。


これはまだ始まりに向けた終焉劇である。
(この『真実』はまだ始まりに過ぎない。)



@あとがき
初めての雪メフィ。まだかってが解ってません。
とりあえずメフィストさんが大好きな雪男を書きたいです。
ありがとございました。






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