思想を共に。 僕の上司は仕事をしない。 変な歌うたって、ブランコに乗って、下らないダジャレ考えて。 毎日毎日遊んで暮らしてる。 そんな僕の上司を朝廷内では『馬鹿な摂政』だと嘲笑う。 当然僕へは同情の視線が集められる。 思想を共に。 ある昼下がり。 朝廷の廊下は太陽の光を浴びてキラキラと反射していた。 僕はそんな朝廷の廊下を有意義に歩いていた。 そんな僕の耳に聞こえてきた声は同情の声。 『小野殿はまたあの馬鹿の所か?』 『そうだろうな。小野殿は大変な、あんな馬鹿の戯言に付き合わされて。あんな馬鹿、放っておけばよいものの』 同情と一緒に交じる、太子への罵声。 もうなんとも思わない。 太子への罵声は当然。 だって何時までも遊んで怠けているのだから。 そう思っていた。 「失礼します」 静かな声で御簾(みす)を潜ると、いつも通り太子はジャージ姿で横になり机の上には一切手を付けていない書物。 勿論白紙だ。 その光景を見て、僕は一目散に重いため息を付いた。 太子はむくりとダルそうに身体を上げて、胡座を掻いて座る。 「…はぁ……、またですか太子」 「なにがだ」 「なにがじゃないですよ!仕事ですよ!仕事!!!」 「あぁ」 「あぁじゃないよ!アンタ何時まで仕事しないつもりなんですか!これ期限今日じゃないですか!もう時間ないですよ?言っときますけど僕一切手伝いませんからね」 忠告しても一向に仕事する気配を見せない太子。 期限が今日までの書物。 まっ更な白紙のままの書物。 この現実が僕を苛々させる。 「本当にいい加減にしろ!あんた倭国を背負う政治家でしょ!倭国の事ちゃんと考えてますか?これからどうあるべきなのかとか、今の状況はとか。ちゃんと把握できてるんですか」 「そうだなぁ…」 太子は上の空で僕の話を聞いていた。 それが僕を更に苛々させて、思わず本音をぶち撒ける。 「アンタな…!そんなんだから朝廷内で馬鹿にされるんだよ!倭国はアンタが背負ってる。その頂点が毎日遊んで、…そんなんだったら摂政なんか辞めて…――!」 ボロボロと出てくる本音に思わず驚いて止めてしまった。 太子は僕の本音を聞いても一つと表情を変えずに斜め上を見上げていた。 そして静かに目を閉じると太子は言った。 「妹子。言いたいことはそれだけか?」 「…は?」 唖然とした。 気の抜けた返事が口から溢れる。 太子の発言の意味が全く理解出来ない。 そんな僕を他所に太子は起き上がり机に向かって筆を取った。 スラスラと筆を走らせながら太子は独り言のように呟いた。 「書物の内容ならもらった時に出来上がってるから、後はココに書くだけだ」 数分後太子は僕に書物を渡した。 僕は書物を端から端まで見渡したけれど、一切可笑しい所は無く、寧ろ完璧に仕上がっていた。 期限の迫った書物は太子の手によって物の数分で完成したのだ。 「妹子。私は摂政を辞めるつもりは無いよ。この仕事はきっと妹子のような働き者には向かない仕事だな」 太子はクスリと笑って言った。 「なにが可笑しいんですか」 「妹子、人は数時間で物事が変わる。発言も行動も。その場にあった行動をする為に。それは皆一緒だろう?倭国だけじゃない他の国も動いてる。同時にな」 「…は、あ…」 「倭国がどうあるべきか。他の国がどうでるのか。常に先を読んで考えなければならない。その時の考えでは遅いこともある。だから皆の意見が必要だ。私独りではどうしても上手くいかない」 「太子…」 「私は摂政だから、国の政治を任されたエスパー聖徳☆だから、皆の意見を聞いて最も良い考案を出す。それが私の仕事だ」 太子は遠くを見て微笑んでいるように見えた。 僕はそんな太子を見て悔しくて、情けなくなった。 とても太子を見れるような立場じゃなかった。 太子はずっと倭国の事を考えてる。 周りに悟られないように。 毎日毎日一緒に居るはずの僕はそれに気がつける日はこの日が来なかったら一生無かっただろう。 こんなに考えている上司を僕は罵倒されて当然だと悟っていた事実。 何も知らずに口にしてしまった情けない発言。 同情されている僕。 罵倒されている太子。 何も知らないのに太子が罵倒されている事実が悔しくて、それを当然だと思っていた僕が情けない。 「なんで…」 「?」 「そんなに倭国の事考えているのにどうして誰も貴方を見ないんですか!知ってるんですか?太子がどんな風に言われているのか…」 「…あぁ、それなら知ってる。『馬鹿で使えない、どう仕様も無い摂政は肩書きだけの大馬鹿』だろ?」 「…知ってて……ッ、どうして仕事出来る所見せつけてやらないんですか!わざと何ですか…?太子はワザとそんな風に"作っている"んですか?」 うつむきながら悔しくてつい怒鳴り声のような声を上げてしまっていた。 そんな太子はいつものように笑って言う。 「仕事しているところ見られるのは恥ずかしいんだよ」 「何でだよ!可笑しいだろ!評価されるのはそこなのにどうしてそんなどうでもいい所シャイなんだよ!悔しくないのかよ、アンタは…、それで悔しくないのかよ!」 「妹子…?」 「なんで…、そんな事してもアンタには何の利益も生まれないじゃないか…、馬鹿だ…本当に…アンタは大馬鹿野郎だ…ッ!!!」 「…妹子、どうしてお前が泣いてるんだ…」 僕の頭を撫でながら太子は何も悪くないのに謝った。 そしてお礼まで言ってくる。 謝らなければいけないのは僕の方なのに。 「僕は、悔しいです。僕の上司が、本当は凄く出来る人なのに、誰も見てないなんて。僕もそれに気がつけなかった…」 「いいんだよ、それで」 「どうしてですか!皆太子は出来る人だって知ればあんな風に言ったりは…」 「しないよな。解ってる」 「じゃぁ…」 「でもな、『肩書きだけ』だから皆口々に発言出来るんだよ。妹子だってそうだろ?もし私がものすごーく仕事人間だったら、もっと喋り方とか態度とか堅くなるんじゃないか?」 「そ、そりゃぁ、摂政だし態度も言葉遣いも改めますよ」 「だろ?それが嫌なんだよ。皆が自由に発言出来る。縛られない自由で皆が笑って幸せに暮らせる国を私は作りたいんだ…!」 にっこり笑って思想を語る太子は何処か切なそうで寂しそうにも見えた。 誰にも気がつかれず、ひっそりと倭国を支えて、表では馬鹿にされて。 孤独がすぐ隣りを迫っているような、そんな寂しさ。 僕は太子の手をギュッと握った。 「…太子はホント馬鹿ですよ…、賢いから馬鹿なのか、馬鹿だけど賢いのか…、他人ばっかりで、自分は後回しですか?どう仕様も無いお人好しもいい所ですよ」 「妹子、お前馬鹿って言うな。せめてお前だけはバカって言うなこのやろう」 「だって馬鹿じゃないですか。あんた独りじゃなんだ、もう。僕はアンタの部下ですよ?アンタがその思想を目指すって言うならとことん何処までも付いていきますよ、チクショウ!」 「チクショウ!?」 「僕だけは見てますから。アンタがちゃんと出来る人だって。優しくて馬鹿でどう仕様も無いお人好しだって所も、倭国には欠かせない最重要人物だって事も。全部解りましたから」 「いも、こ…」 「決めました。僕はアンタに何があっても付いていく。一生を捧げますから、どうかその思想叶えてください…」 そう言うと太子は握っている手をギュッと握り返してくれた。 その手の上にはポトリ、ポトリとまた一つ涙の雫が流れ落ちてくる。 「泣かないでください。気持ち悪いんで」 「ごめん…、ごめんな妹子…」 笑っているのに一向に止まらない涙がとても綺麗だった。 僕はその綺麗な涙を手で拭ってやる。 「あぁ、もう。摂政がみっともないですよ」 太子は微笑みながら見上げてくれた。 僕はポンと太子の頭の上に手を置いて頭を撫でた。 また一つ、倭国に少しの変化が訪れるだろう。 僕と太子の思想が一つになったのだから。 [fin.] @あとがき なんか全然妹太関係ない…。 あれ。どうしてこうなった(^q^)おぎゃ ・解説 前にも似たような話を描いた気もしますが、そこはあえてのスルースキルを発動しちゃってください。 今回の話は、 『実は仕事できるんだぜ☆聖徳太子』 がテーマです。 人は本当に1分で変わりますよね。 言ってたこととか、やってたこととか。 そんな人間の汚い所を知っている純粋な太子って感じです。 妹子は今まで怠け者と言う目線でしか太子を見ていなかったが、しかし! 今回の出来事で、 『実は出来る子』 と言う事を思い知らされてあーな感じです。 そしてまぁ、誰も見てなくても僕だけは知ってるよ!みたいな…。 太子はそれに嬉しくなって今までこらえていた寂しさとかそんなモノをがバーっと吐き出す様に泣いています。 だいたいそんな感じです。 ここまで読んでいただきありがとうございました! back |