風の強さも相俟って、雨が窓を叩き付ける音は大きい。エンジュの風情を壊してしまわないよう、ここらで売られている傘は唐傘を模した物だ。それで頭上を守ったところで四方八方から吹き荒れる風に乗った雨を防ぎきれるわけも無く、家の前で足元を濡らして立っている僕は滑稽に映っている事だろう。そんな僕が映る目なんて周りには無いから問題は無い。こんな雨の日にわざわざ傘を差して出掛けるような用事のある人はきっとこの町にはいないから。あの馬鹿はこんな雨の日にでも出掛けて行ったけど。傘も持たずに。

「もう、傘の意味、無いな」

誰に言うでもなく呟いた僕は、傘を閉じずに投げ捨てた。持ち主を失った哀れな傘の落ちる音は雨の音に掻き消されてしまう程度のもので、笑ってしまった。僕もああなるのかもしれない、いや、いつ帰るのかも分からない人をただ待ち続ける僕は、いずれ誰かに拾われるであろう傘よりも哀れかもしれない。この傘が再利用されるのかゴミとして捨てられるのかは分からないけど。あっという間に雨は全身を濡らして、衣服が身体に張り付く感覚が気持ち悪かった。雨を吸って重みを増したバンダナも投げ捨てると、濡れた事で真っ直ぐに伸びた前髪が目に掛かった。苛々する。何のために僕はこんな事をしているのか。

「馬鹿ミナキ」

小さく舌打ちをする。自分の発した音は雨に掻き消される事も無く耳に届いて余計に虚しくなった。いつ帰ってくるのか、今日は帰ってこないのか、ずっと帰ってこないのか、帰ってきた時に僕は笑っておかえりと言うのか、泣いておかえりと言うのか、帰ってきたミナキ君が生きているのか、死んでいるのか、何も分からないのが恐ろしかった。この恐ろしさを毎日のように感じている僕の身にもなってほしい。そう言ったら、ミナキ君は、すまなかったと眉を下げた困り顔で謝るどうしようも無い奴だったか、君が勝手に待っているんだろうと無表情で言う薄情な奴だったか、それすら思い出せないほどに頭が働かなくなった。

「マツバ、どうして」

聞こえた声に顔を上げると、僕と同じく全身をずぶ濡れにしたミナキ君が立っていて、おかえりと言おうとした唇は震えて声が出なかった。ミナキ君の手には傘とバンダナが握られている。拾ってもらえたんだ、良かったね、僕も拾ってもらえるかな、それだけ頭の中で呟いて倒れ込んだ。

「明日はきっと、私も君も一日中布団の中だな」

その声が優しくて、抱き留められた身体が温かくて、ミナキ君は今日帰ってきて、帰ってきたミナキ君は生きていたから、起きたらやっぱり笑っておかえりと言おう。そう決めて、揺れる意識を遮断した。



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