9月上旬。
夏の日差しも比較的に穏やかになってきたこの時期。
成人を4年程前に迎えたはずの私は、体操服を着こなしハチマキを額に巻いて、何故か応援席という座席に座っていた。
今日は帝丹高校の体育祭だ。
潜入捜査の一貫とはいえ何という青春時代を味わっているのだろうか。
私は少しだけため息をつきながら、グランドの真ん中で行われている綱引きを眺めていた。
懐かしいな・・・。あの頃は必死に応援してたっけ、
何年前にもあった光景を目の当たりにし、言葉では言い表せないようななんとも言えない感情を持て余す。
「楓ちゃんてば、もうちょっと真剣に応援できないのかい?」
突然声をかけられ、振り向けば私の右隣に立っていたのはクラスメイトの世良真純だった。
この間の席替えから良く話すようになったのだ。
「世良さんお疲れ様。さっきの障害物競走、大活躍だったね」
「あんなの朝飯前だよ。それよりもこの後のリレー、楓ちゃんも出るんだろ?」
「うん。ほんとは出たくないんだけど・・・」
この間の体育の授業で50m走があり、その中で速い者から順番に色別対抗リレーの選手が決まったのだが。
私はギリギリのところで選手に選ばれてしまい、100mを全力で走るという老骨に鞭打つような事になってしまった。
「気持ちは分かるよ。でもせっかくなんだしさ、僕もその次に走るから!お互いがんばろう」
八重歯を見せながら無邪気に笑う世良さんを見ていると、なぜだかちょっとやる気が湧いてきた。
こういう所が世良さんの才能なんだろうなぁと感心する。
私は世良さんを見つめてからニコリと笑った。
「ありがとう。世良さん、絶対勝とうね」
「あぁ、絶対勝とうな!」
世良さんが、準備運動に走ってくる!と去ってしまってからは1人でポツンと応援席で綱引きを眺めていた。
園子ちゃんは体育祭の実行委員で運営に回っているし、蘭ちゃんは応援団で忙しいようだ。
残された私は手持ち無沙汰になり、テロ組織の事もあるため校内を散策することにしたのだった。
グランドから少し離れてエントランスの方へと歩く。
これだけ保護者や部外者で溢れかえっていれば、簡単に侵入も出来るし怪しまれることもないだろう。
用心に越したことはなさそうだ。
体育祭の小道具がたくさん並べられている通路を通り過ぎてから、学校の玄関口へと向かうと何やら普段よりも少し多い人だかりと騒がしい声が聞こえる。
「ねぇ、あの人どこの高校?」
「めちゃくちゃイケメンじゃない・・・っ!」
「ねぇ、誰かの知り合い??」
黄色い悲鳴にも似た声がザワザワとあたりに広がっている。
何事かと近寄ってみると、見覚えのある人物が颯爽と校内を歩いていた。
周りで騒いでいる女子生徒たちには気づいていないのか、見向きもせずにグランドの方へと向かっている。
その人物の少し先で立ち尽くしていた私は思わず「あ!」と声を漏らしてしまったのだった。
「あぁ、良かった!見つからないかと思いましたよ」
爽やかな笑顔で私に近づいてきた彼は間違いなく私の上司だった。
「な・・・何をしに来たんですか」
あまりにも意外な人物に驚きを隠せなかった。
今日の朝には何も聞かされていない。
「ん?何を・・・と言われると、保護者役でしょうか」
「冗談はやめてください・・・。安室さん・・・目立つんですから騒ぎになるじゃないですか・・・」
私はとりあえず周りの視線を避けるためにも先輩を学校から追い出そうと背中を押す。
しかし先輩はびくともせず、そのまま私に耳打ちをした。
「ばか、校内の配置を把握するために来てるんだ。」
「なんだ・・・。そうならもっと早く言ってくださいよ」
てっきり遊びに来たのかと思ってしまった。
私は隣で満足そうに立っている先輩を見てから、騒ぎが起こりそうな予感に少しため息をつくのだった。