工藤邸前

少しぎこちない動作でインターホンを鳴らした。
以前ならすぐに鍵を開けて「ただいま」と靴を脱いでいたが、ここに住んでいない今は少しためらってしまう。

しばらく待てば木造の扉がガチャリと開き、中から出てきたのは相変わらずハイネックを好んで着ている沖矢昴だった。

「こんにちは、沖矢さん」

「お待ちしておりました」

ニコリと微笑み出迎えてくれる沖矢さんに思わず自然と笑みが浮かぶ。

「今日は赤井さんじゃないんですね」

「君が来るということは彼も少なからず現れる可能性がありますので」

沖矢さんはそう言いながら玄関の鍵を施錠した。

「今日はよろしくお願いします」

「いえ、こちらこそ。じゃあとりあえず向かいましょうか」

沖矢さんは外に停めてある愛車のスバル360の方へと私を案内してくれた。

助手席に座ると沖矢さんはエンジンをかけるとすぐに車を走らせる。

「まさか君から頼み事とは思いもよらなかったよ」

「すみません・・・。私1人ですと絶対失敗しそうだったので・・・」

そう言った後、ちらりと沖矢さんを見れば器用に片手で運転しながらもう片手は窓側に向かって肘をついていた。

こうやって見ると普通の大学院生にしか見えないのにな・・・

正体を知ってしまっている私は、沖矢さんの変装技術に思わず感心したのだった。

沖矢さんがしばらく車を走らせていると米花町にあるちょっと大きめのデパートに到着した。


「それでは買い出しに行きましょうか」

「はい!よろしくお願いします」


私達はいざ食品売り場へと出陣したのだった。



「では、先に野菜から揃えて行きましょうか」

沖矢さんが慣れたようにスーパーを闊歩し私は後を追う。

毎日自炊している彼はもはや主夫にしか見えない。

私も見習わなければ・・・

沖矢さんが書いてくれた買出しメモを見ながら野菜コーナーから順にレジカゴの中へと食材を入れていった。

「こんなもんかな?」
私はメモと照らし合わせながらカゴの中を覗く。
特に買い忘れはないようだ。

お会計を済ませ袋に詰めれば、沖矢さんは何も言わなくても荷物をすっと持ってくれた。

意外とレディに優しい!と思わず感心してしまう。


「これで準備は出来ましたね」

「はい。そういえば楓さんのエプロンとかはこっちに置いてましたか?私が見たところキッチンには無かったように思ったのですが」

前を歩いていた沖矢さんが振り返り私にそう言った。

「あ、そういえばそっちには無いですね。しまったな・・・それもついでに買いま・・・す・・・」

私は言葉を続けている途中で思わず目を丸くして固まった。

沖矢さんの後ろにあるデパートの出入口から歩いてくる男性と目が合う。

どこからどう見てもその姿は私の上司である降谷零だった。


(せ、先輩!!!)


服装からしてポアロの買出し途中なのだろうけれども・・・
このデパートよりも少し離れたところにあるスーパーマーケットの方がポアロからは近いはずだ。

(なんでここに・・・)

予想外の場所で出会ってしまい冷や汗が流れる。

すると私達に気づいたであろう先輩も驚いた表情でこちらを見た。
そしてゆっくりとここに向かってくる。

その顔はとても険しい。

私の挙動を不思議に感じた沖矢さんは見つめる先へと視線を向けた。

「おや、たしかいつぞやの宅配屋さんではないですか」

白々しい沖矢さんの態度に私は思わず唖然とした。
沖矢さんも役者だと思う。

「あぁ、たしか沖矢昴さんでしたっけ?うちの楓がどうかしましたか?」
ニコリと微笑む先輩。

私から見れば絶対零度の怒りが見え隠れするのは気のせいだろうか。

お互いに微笑みあっているはずなのに牽制し合っているように見えるのは何故だろう。

「今日は楓さんと一緒に料理をする約束をしておりまして、その買出しにちょっとデパートまでドライブを」

(沖矢さん、それ先輩には内緒って言ったのに!)
私は沖矢さんの言葉に思わず反応する。

「そうなんですか。でも生憎ですが楓は料理を覚えなくても私が作りますので特に必要ないかと」

「彼女からの頼みですし、私も断る理由がなかったので。」

「断る理由がないだと・・・!?」

「それが何か問題でも?」


2人の間に火花が見える・・・ような気がする。険悪なやり取りにもはや目眩がしそうだった。

どうする、私。
もう素直に先輩に話してしまおうか・・・と頭を悩ませていると、沖矢さんは先輩に話しかけた。

「楓さんがどうしても手料理を食べさせてあげたい方がいるそうで手伝って欲しいと頼まれたんです。お世話になっている誰かさんにね」

「お、沖矢さん・・・!」
内緒って言ってたのに!
私は思わず沖矢さんの腕をぐいっと引っ張った。

すると沖矢さんは含み笑いを浮かべながら明らかにこの状況を楽しんでいるようだった。

(沖矢さん、余裕だ・・・)

先輩が険しい表情で沖矢さんの腕を掴んでいる私の腕をぐいっと引き離し、そのまま腕を引く。

「楓、それは本当なのか?」

「は、はぁ。まあ、あの・・・」
口ごもる私に先輩は、ため息をつくとさらに強引に私を引っ張った。

「沖矢さん、楓は僕が連れて帰りますので」

「え!ちょっ、安室さんっ」

抗議しようと先輩を呼ぶがちらりとも
視線を合わせないまま、私はその場から連れ去られてしまったのだった。

振り返れば同情するような視線で私を見つめる沖矢さんの姿が見えた。

(何故こんなことに・・・!)
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