「遅いな・・・赤井さん」

しばらく赤井さんを待っていたが、なかなか降りてくる気配がない。

私は痺れを切らして、もう階段を登ってしまおうかと考えていれば突然、何かが当たるような鈍い音が響く。
驚いてその方向を見上げれば、それと同時に上から人影が降ってきた。


思わず目をつぶっていたが、ゆっくりと目を開けるとそこには降谷零と赤井秀一が何故か殴り合っていた。
あの高さから落ちてきておいて、ピンピンとしている2人。


私は少しの間呆然と立ち尽くしていたが、激しくなる2人の殴打の応酬に我に返ると慌てて2人に駆け寄る。

「ちょっと、先輩、赤井さん!やめてください!こんな事してる場合じゃないですよ!」

そう私が叫んだ瞬間、先輩の体がピタリと止まり、素早く私を見つける。

「なっ・・・!楓っ!?」

それを逃さない赤井さんは素早い蹴りで先輩の腹部を蹴りあげる。
先輩の体が階段のフェンスにぶち当たった。

赤井さん、容赦ない・・・っ!!
私は青ざめて先輩に駆け寄る。

先輩は口元の血を手の甲で拭うとすぐに立ち上がる。
そして、駆け寄ってきた私の肩を勢いよく掴んだ。

「楓、なぜここにいる!こんな危険なところに!」
ガクガクと揺さぶられながら先輩は私にそう言った。
これは相当怒ってるやつだ。


「私が連れてきたのだよ、安室くん」

「あ、赤井ぃぃ・・・っ!!!」
先輩は私の肩から手を離し、今にも赤井さんに殴りかかろうとしていた。

「せ、先輩待って!違うんです、私が無理を言ってここまで連れてきてもらったの」
先輩の腕を掴みながら必死に止めた。

すると先輩は私の言葉を聞いて、赤井さんが原因じゃないと分かれば少しだけ落ち着いたのか拳を握りしめたまま立ち止まる。

「私、居ても立っても居られなくて・・・。それに、今はこんな事してる場合じゃないです!」

「楓・・・」

先輩が私の顔をじっと見つめる。
その何か言いたそうな先輩の表情を、私も真っ直ぐ見つめた。





すると、突然下の方から叫び声が聞こえてきた。

この声には聞き覚えがある。

赤井さんを呼ぶコナン君の声がはっきりと聞こえた。

コナン君の叫ぶ内容によれば観覧車に爆薬が仕掛けられているらしい。

先輩と赤井さんが何も言わずに目を合わせた。

本当にこんな事をしている場合ではない深刻な状況に冷や汗が流れたのだった。






下に降りればコナン君がそこに居た。

本当に事件あるところにコナン君ありだな。
そんな事を思いながら、先輩が消火栓に仕組まれているトラップを解除しているのを見つめる。

赤井さんによれば、爆薬は丁寧に観覧車の車軸に沿って仕込まれているらしい。
これを起爆装置で爆破させられでもしたら、観覧車は落下し被害は甚大だろう。
特に今日は休日で入場者も多い。

先輩はホースが入っている格納庫を開けると、ふぅと安堵のため息をこぼした。
どうやら開けるだけでもトラップが作動する仕組みになっていたらしい。
中から起爆装置を取り出す先輩。

「どう?解除できそう?」
コナン君は心配そうに先輩を見た。

「大丈夫だ、これなら警察学校の時に教わったことがあるタイプと同じだよ」
先輩は汗を拭いながら、起爆装置を手に取った。

「先輩、ピッキングだけじゃなく起爆装置の解体もできるんですね」

「あぁ、特にこの手の事はみっちり仕込まれたよ」
本当に何でも出来るんだな、と関心していると赤井さんが工具を放り投げてきた。

どうやら時間稼ぎに上へ行くらしい。
そして、コナン君もノックリストを守らないと!とバタバタと走り去ってしまった。





私と先輩、2人だけの空間に静寂が流れる。

「楓・・・ここは俺にまかせて先に安全な所へ行くんだ」

先輩は手を動かしながらそう言った。
私は先輩の横で座りながら首を横に振る。

「やです。何で私がここまで来たと思ってるんですか」

「赤井が唆したからじゃないのか」

「違います!」
私は思わず声を荒らげて否定してしまった。
なぜここに来たのか。
それは、先輩に会って伝えることがあったからだ。

「私は自分の意思でここに来ました。・・・命令を無視したことは謝ります。だけど・・・」

ぎゅっと自分の手を握る。
先輩は静かに私の話を聞きながら起爆装置の解除を続けていた。

「だけど、私は先輩を守りたいんです。・・・いつも守られてばかりで頼りないとは思うけど・・・私も先輩の隣で戦いたいんです」

私は先輩が起爆装置を解除しているにも関わらず語り続ける。
後でとか、今度とか、そんな余裕ない。
今、ここで生きている先輩に今すぐ伝えたかった。

「先輩の事が好きだから。大切だから・・・側で一緒に戦いたい。守られるだけじゃ嫌なんです」

先輩が居なくなった日の夜、孤独に包まれながら私は1人後悔していた。

ちゃんと気持ちを伝えれば良かった。
好きだと分かっていたのに。居なくなってからじゃ全てが遅いことを知っていたのに。


「楓・・・。」
先輩は手を止めて私を見つめた。
数秒間私と先輩の視線が合う。


そしてすごく悔しそうな顔をした。

「くそ!こんな状況じゃなきゃ、今すぐここで楓を押し倒してるってのに」

「・・・え?」
人の全身全霊の告白をなんだと思ってるのか。
私は思わずきょとんと目を丸くさせた。

先輩は再度起爆装置の解除に取り掛かる。
今は一刻の猶予もない状況だ。


「楓。」

「は、はい!」
名前を呼ばれ咄嗟に返事をする。

「ありがとう。俺のためにここまで来てくれて」

先輩の柔らかな優しいその言葉に、私は少し涙目になりながら大きく頷いたのだった。
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