くまなく広がる紺青の空。
そこに壮大に聳え立つ入道雲。
そして、ギラギラと輝く太陽。

その下には大海原が広がり、サラサラとした砂浜に賑やかな群衆の声と波の音。

私は目の前に広がる景色を見て、うきうきと心が踊っていた。

今日は蘭ちゃんと園子ちゃんと海水浴に来たのだ。

女の子同士で海水浴に来るなど8年ぶりくらいだ。
身も心も高校生に戻っていた私は、早く行こう!と蘭ちゃんと園子ちゃんを引っ張る。

「あんた、思ったよりも子供ね。海でそこまではしゃげるなんて」
園子ちゃんは呆れたような顔で私を見ている。

「もう、見てるだけでワクワクするよ!パラソル借りに行こ!」

あまりにもはしゃいでいる私を見て、蘭ちゃんは可笑しそうにくすくす笑う。
「楓ちゃん、ほんと可愛い。それじゃあ、早く場所取って、海で遊びましょ」

「うん!!!」






パラソルの下で眺める景色はまさに夏の風物詩だった。
私はうっとりとその光景を眺めている。

海に入り楽しんだ後、二人はかき氷を買いに海の家まで行ったので、私は荷物番で待っていた。

じりじりと照らし続ける太陽が私の体温をあげていく。

日焼け止めを塗り直そうと、パーカーを脱ぎ白色のビキニだけになると腕や体に塗り込んでいく。
なるべく焼けたくない。
丁寧に体に刷り込むように塗り込んでいた。


「あの、良かったら手伝いましょうか?」

突然声が聞こえ、塗っていた肌に影が映る。

ふと見上げてみれば、見た目からしてチャラそうな若者が2人私を見下ろしていた。

今、呼ばれた瞬間、先輩の顔が浮かんだのは何故なんだろう。

男達を見れば2人とも肌をこんがりと焼いて、ピアスにハーフパンツとかなり海で遊んでいるのが伺える。



「え、遠慮します」


私は素早く首を横に振り断る。
しかし男達は立ち去ろうとはしなかった。

「1人でつまんないじゃん、俺らと一緒に遊ぼうよ」

今度は声をかけてきた方とは違う男が、私の腕を掴んで引っ張る。

「あの、私友達と来てるので・・・」

「じゃあその友達も一緒に遊ぼうよ!女の子でしょ?」

ぐいっと無理矢理引っ張られ渋々立ち上がったのはいいものの、離してはくれないようだ。

すると男達が驚いたような顔をする。

「座っててよく見えなかったけど、めっちゃスタイルいいじゃん!」

「やばい、それ、何カップ?」
見られているのが分かり、胸を隠すように片腕を掴む。

なんてデリカシーのない若者なんだろうか。
私は呆れながら、この年下の若者たちをどうしようかと考えていた・・・。

この際、人混みに応じて殴ってしまおうかと物騒な事も考えていたが・・・


「その手を今すぐ離してもらえますか?」
突然、後ろから聞きなれた声が聞こえ私は驚いて振り返った。

そこには腕を組みながらにこりと笑っている先輩の姿があった。

髪を軽く一つに結び、黒のタンクトップの上からパーカーを羽織りハーフパンツを履いていた。

笑顔のわりに、どことなく不機嫌に見えるのは何故だろう。



「あ?もしかしてツレ?」
若者の1人が怪訝そうな顔で先輩を見た。
そこで私はいい事を思いつく。


「か、彼氏なんですー!一緒に来てて!」

私は、慌ててそう言った。
これは良い口実になりそうだ。

「あれ?さっき友達って・・・」

「と、友達も一緒に来てるんです!」
ね?と先輩に目配せをする。

すると先輩は私の腕をグイッと引っ張り胸へ引き寄せ、片手で抱きしめる。

「はい。誰にも渡すつもりはないので、他を当たってください」

先輩が笑顔のままそう言えば、若者たちは渋々とその場を立ち去った。


(助かったー・・・!)
私は安堵からか、自然とため息が出た。

若者が立ち去ると、私を抱きしめていた先輩はすっと体を離した。

振り返ってみると不機嫌そうな先輩と目が合う。

「なに年下にナンパされてるんだ」
私の額にペちりとデコピンされる。

声色からしても機嫌が悪いことがよく分かった。

「い、痛い・・・!」
私はおでこを擦りながら、涙目になって先輩を見る。

「朝やたらとテンション高いと思ってみれば、そういう事か」

「・・・すみませんー。でも、なんで先輩こんなところに・・・?」




そう尋ねると同時に「楓ちゃーん!」と遠くから声が聞こえる。
その方向を振り向けば走ってくる園子ちゃんと蘭ちゃんが見えた。
よく見ればその後には、コナン君と小五郎のおじさんが見える。


「ごめん、思ったよりも遅くなっちゃった」
蘭ちゃんがそう言うと私にかき氷を渡した。

「蘭が携帯を忘れてたみたいで、オジサマがわざわざ持ってきてくれたのよ。それでちょっと遅くなってさぁ、ほら」

園子ちゃんが指を指せば暑さからかヘロヘロの表情をしたオジサマが来た。
コナン君もしっかり水着を着ているところから、どうやら一緒に合流するらしい。

「コナン君、こんにちは」

「こんにちは、楓お姉ちゃん」
私がにこりと笑えば、同じように笑顔でそう言ったコナン君。

新ちゃんもこんなところまで大変だな・・・と少し哀れみを感じた。
お互いにそう思っているのかもしれないけども。



「お父さんたら安室さんも連れて来るんだもん、びっくりしちゃった。楓ちゃんの事言ったら安室さん、慌てて先に行っちゃうし・・・」

蘭ちゃんがそう言うと先輩はにこりと笑った。

「すみません。なにやらすごく嫌な予感がしたので」

先輩の言葉に私は、あはは・・・と乾いた笑いで誤魔化した。

事情を聞けば、先輩がサンドイッチを差し入れに毛利探偵事務所に向かったところ、ちょうどコナン君とオジサマが海へと向かうところだったらしく、蘭ちゃんが私たちと海へ行っていると聞いた瞬間、一緒に行きますと着いてきたらしい。

先輩には内緒で海に来ていたのだが、どうやら無駄だったらしい。
隠す意味も特に無かったのだが、報告することもないと思い言わなかったのだ。



「おぉー!もしかして、貴方が楠原楓さんですか!?」
なんてナイスバディ!!とテンションの高いオジサマの声が聞こえた。

「あ、はい!初めまして、楠原楓と言います。いつも蘭ちゃんにはお世話になってます」
私は軽くお辞儀をしてにこりと微笑む。

「話には聞いていましたが、こんな美しいお嬢さんとは!私のことは小五郎さんと呼んでください」
小五郎さんはそう言うと私の手を握り、ブンフンと腕を振ったのだった。


「ははは・・・。はい、お願いします・・・」
私は困った顔のまま愛想笑いを浮かべたのだった。








私はパラソルの下で、蘭ちゃんと園子ちゃんとコナン君がビーチバレーをしているのを眺めていた。
小五郎さんはビールを飲んで酔っ払って寝てしまっている。
これは、酔いが冷めるまでは帰れなさそうだ。

ぼんやりと風景を眺めていればふわっと肩にパーカーが被せられた。

「?」

不思議に思い振り返れば、そこには先輩が立っていた。


「肌が露出しすぎだ。ちゃんと羽織ってろ」
先輩はそう言うと私の隣に座った。

「水着ですし、しょうがないですよ」

「だから困ってるんだ」
海に行くなんて聞いてない。と、先輩は少し愚痴をこぼした。
相変わらずの過保護ぶりに私は思わず苦笑いになる。




三角座りで先輩の顔をじーっと覗き込めば、ふいに先輩と目が合った。

しかし、すぐに先輩は私から視線を外して海の方へと向けた。




しばらく無言で海を眺める二人。

そよそよと風が頬を通り抜ける。
遠くから定期的に何度も波打つ音が聞こえてくる。
その光景に私は心から安らいでいた。

こんなに穏やかな気持ちになれたのはいつぶりだろうか。


同じように先輩もその情景を見つめていた。


しばらくしてから先輩はポツリと呟いた。
「・・・いつもお前を守れるわけじゃないから・・・」

「・・・え?」
私は思わず先輩の顔を見る。

爽やかな潮風が先輩と私の髪をさらさらと揺らしていた。

先輩も、ゆっくりと振り返り私を見つめる。

その複雑に感情が入り交じったような儚い表情に、私は思わず言葉を失った。
先輩は私の頬を撫でると、少しだけ微笑む。

「少しでも傍にいさせてくれ、楓」


なにか切願するような先輩の表情に私は見つめ続けるしか出来なかった。
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