玄関を出ると、閑静な住宅街が並んでいる。
先輩は、終始無言だ。
その表情は後ろからでは見えない。
先輩は私の腕を力強く引っ張って工藤邸の近くの路地裏へと入った。
少し奥へ進んだあと、先輩は私を壁に押し付けた。
両手を私の横について、顔を覗き込む。
「せ、先輩...」
目の前には、透き通った綺麗な見縹色の瞳が私を見つめている。
後ろに見える月と先輩の金色の髪の毛が同化していて、とても綺麗だと思った。
しかし、その表情は明らかに不機嫌だが・・・
「...楓、どういうことか説明しろ」
先輩は声を押し殺すように言った。
「先輩、落ち着いて下さい、」
私が慌ててそう宥めようとするが、先輩は話も聞かず、私を見つめたまま言った。
「なぜ、あそこにいるんだ...!」
その表情と声から憤りを感じる。
私は冷や汗をかいて、頭をフル回転させる。
きっと、何かを勘違いしているんだ。
慌てて首を横に振る。
「先輩、違うんです!私、沖矢さ...っ!!」
私が沖矢さんの名前を言い終わる前に、
先輩の唇が私のそれを塞いだ。
私は突然の事に驚きのあまり頭がついていっていない。
先輩はそのまま何度も何度も角度をかえて唇を貪るように口付けし続ける。
「......ん...っ」
あまりの追い詰められるような先輩の口付けに、唇に触れる感触がやけにリアルに伝わってくる。
そして私の頬に先輩の手が触れた。
「......っ」
永遠に続くと思われたそれは、私の下唇をぺろりと舐めた後、ゆっくりと離れた。
見つめ合う私と先輩。
「......楓」
掠れるような、弱々しい声で私の名前を呟いた。
突然の出来事に状況がうまくつかめていない。
私の顔はきっと真っ赤に染まっているのだろう。
先輩は、苦しそうに笑うとぎゅっと力強く抱きしめた。
「誰のものにもならないでくれ」
寂しそうな、切なくなるような、そんな表情で先輩はそう言った。
私はその言葉に驚いて目を大きく開けたが、その後すぐに先輩をぎゅっと抱きしめ返した。
「大丈夫ですよ、先輩」
一生ついて行くって言ったじゃないですか。
「先輩、あの、そろそろ...」
しばらく無言で抱き合っていた私は、恥ずかしさのあまり先輩に、離れてと言おうとしたが、遮るように先輩は更にぎゅっと抱きしめた。
「あいつとは何もないんだな?」
心配そうなその先輩の言葉に私はゆっくり頷く。
「はい。ほんとにただの居候です」
すると先輩は安心したのか、はぁ、と息を吐いてしゃがみ込んだ。
「せ、先輩?」
「ちょっとこっちを見ないでくれ」
先輩は顔を手で隠して下を向いている。先輩の耳が赤い。
「先輩、私が沖矢さんと付き合ってるんだと勘違いしたんですか?」
「.......あぁ」
照れながら下を向いている先輩が、すごく可愛く見える。
「先輩、」
私も先輩と同じようにしゃがみ込む。
すると、先輩も顔をあげて私と視線を合わせた。
「大丈夫ですよ。私はいち公安警察です。」
私は優しく諭すように先輩に語りかけた。
「一生、先輩について行きますよ?誰よりも優秀な部下として」
私は満面の笑みを浮かべて先輩にそう言うと先輩がピタリと固まった。
「......は?部下?」
私はその時の先輩の表情を一生忘れはしないだろう。