灯火の雨宿り

 ずいぶんと賑やかな雨音に耳をすませてみる。どこからかすきま風が入ってきているのだろう、ろうそくに灯る火が頼りなく揺れる。息を吐きながら立てた両膝に顔をうずめた。
 雨というものはどうも苦手だ。好んで降られながら仕事する同僚もいるが、気が知れない。本来ならばとうに帰宅していたはずなのに。
 つらりつらりと思っていると、雨音が乱れた。小屋の戸が開き、誰がが駆け込んでくる。
「はぁ、助かった……」
 つぶやきながら上げられた顔に眉をあげる。駆け込んできた男性は、一つだけの灯りを見、次いでこちらを向く。
「あ、ご一緒してもよろしいか」
 事後承諾を求める声に、ひっそりと笑みを浮かべて首を振る。
「どうぞ、遠慮なく」
 礼を述べながら隣に座った彼は、閉めた戸を見ながら話しかけてきた。
「突然でしたねぇ」
「本当に。傘でも持ってきていればよかった」
「あぁ、そうですねぇ。それにしても、ここ、どのあたりでしょう」
 迷ってしまって困ってたんです。そう肩をすくめる横顔に、相づちをうちながら目を細める。二十代後半の、まだ若い男性。
「山の中腹あたりでしょうね」
「あー……そう、ですか」
「雨がやんだら一緒に下りましょうか」
 男性がこちらを向く。目に映り込んだ火が揺らめいて、妙な輝きを見せる。
「……いえ、私はまだ、頂上まで行ってないので」
 首を傾げつつも、それならば、と彼の意志を尊重する。
「それに、ほら。もしかしたら、あなたが人間で私が妖怪、なんてことがあるかもしれませんよ?」
「ああ。僕が悪魔であなたが天使、なんてこともあるかもしれませんね」
 まあ、そんなことはないけれど。心の中でつぶやいて、彼から目をそらす。早く雨がやまないだろうか。今はもう、ただ帰りたい。
 少しだけ弱まったように感じる雨音に、耳をそばだてる。
「妖怪とか、そういう類のもの信じてますか?」
 この男性、話し続けないと死んでしまう質なのだろうか。恐る恐る聞いてきた声に、敢えて正直に答えてみる。
「信じる信じないではないです。仕事柄、幽霊などとよく会うので」
 確かに存在しているし、しょっちゅう振り回される。答えながら横目でうかがうと、反応に困っている風に視線を右往左往させているのが見え、微笑んでしまう。
「……怖くは、ないんですか」
 そろり紡がれた言葉にうなずく。
「生まれた時からずっとなので」
「そう、ですか」
 それからはもう、彼から口を開くことはなかった。

 空気が変わったことに気付き、顔をあげる。
「雨の空気が終わりましたね」
「え?」
 疑問を浮かべる男性を無視して、ろうそくの灯りを吹き消す。戸に近寄って開け放つと、ちょうど雲間から太陽がのぞいた。
「さて。では――行きましょうか」
 追って戸に近付いてきた彼へ手を差し伸べる。
「迷魂捜索部所属の者です。あなたを見つけに来ました」
「まよい……えっ」
 息を深く吐き、男性を見上げる。
「あなた、迷子の幽霊ですよね?」
 警戒を見せつつも首肯したことを確認し、続ける。
「僕は、いわゆる『死神』です。迷子の霊魂を――男性の幽霊を探して欲しいと依頼されたので来ました。霊魂識別番号の一致を確認しましたので、これよりあなたを霊魂総合管理部へ送ります」
 理解出来ましたか? と問うと、彼はゆっくり口を開く。おそらくは、先ほど伝えた言葉を咀嚼しながら。
「つまり、私はもう迷子ではない、と?」
「はい、そうです」
 ほっとしたような、少し残念そうな、そんな表情を浮かべながらも彼は微笑んだ。
「ありがとうございます。いや、本当に。――生きている間は迷ったことなかったのになぁ」
「霊魂が体から分離する際に方向感覚が狂うのは、よくあることです」
 再度手を差し伸べると、今度は頬を赤らめながらもつかんでくれた。
「頂上に寄りますか?」
「いえ、大丈夫です。あれはあなたが人間だと勘違いして言っただけなので」
 だから寄り道なしで、とのこと。
「では、行きますね」
 離れぬように手をしっかり握り、足を踏み出した。


【end】

◆お題:灯火(とうか)
国語辞典SS企画:第1回にて

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