夢より甘い


コツコツ、と。
ひっそりと静まり返った部屋の向こう側で、何かを叩くような音が聞こえた気がした。
銃を整備する手を止めて、音のした方へ耳をそばだてる。するとまた、かろうじて扉をノックしていると判別できる程度の小さな音が響いた。

「誰だ?」

返事はない。扉をたたくという事は、無論部屋の主である自分を呼び出したいのだろうが、ともすれば廊下に響く足音よりも小さなそれは、人に気付かせる気があるとは思えない。
実に怪しげな訪問の声に、スネークは銃に手をかけたまま暫し思案顔になる。
すぐに三度目のノックが、まるで急かすかのように僅か大きく鳴らされた。

「何の用だ?」

意を決して扉に向かう。右手に銃を構えたまま、ドアノブに手を伸ばした。
そっと扉に耳をつければ、ノックの音にも増して小さく掠れた声で、自分の名が呼ばれるのが聞こえた。
蚊の鳴くような酷く頼りない声だが、聞き違えるはずのない、良く聞き知った声。

「カズか!? どうした!!」

慌ててドアノブを捻ると、勢いよく和平が降ってきた。突然の事ながら反射的に抱きとめる。ぐったりとした身体からは完全に力が抜けきり、支える腕を離せば、何の抵抗もなく床へと吸い込まれていくだろう。

「おいカズ、どうした!? しっかりしろっ!!」

「……い……」

何が何だか事態を飲み込めぬまま、ただ尋常ではない様子の和平の身体を揺さぶると、その唇が僅かに震えたのに気付いた。
何か言いたいのだろうが、こう小さすぎては何一つ聞き取れない。和平を軽く持ち上げて、口元に耳を近づける。

「スネーク……」

「どうした!?」

「……ねむ…い……」

「…………は?」

近づいた顔、サングラスの下にはくっきりと黒い隈。次の瞬間には全てを悟って、どっと力が抜けた。思わず、和平を支える腕を離してしまいそうになる程に。

そこで、ここ一週間、和平は自室にも帰れず、副司令室に籠城して書類の山と大規模戦闘を繰り広げていたことを思い出した。
滅多に顔をみる事も出来ず、たまに任務やら何やらの話で部屋に足を踏み入れれば、戦場さながらの殺伐とした空気と、書類を捌き切れずに敗れた兵は死屍累々と床に放り出され。
その惨状には、思わず言葉を失った。
全てが片付くまでは決して部屋からは出ないと、頑として言い張っていたからにはもう全てを終えたあとなのだろう。
が、その顔には達成感の欠片もなく、ただただ全てを出し尽くしたような表情は、疲労を通り越していっそ無だ。

「…そんなに眠いんなら、寝ればいいだろう」

呆れた声音を隠す気もなく言ってやれば、和平はふるふると首を振った。

「ねむいけど…ねたく、ない……」

「どうして」

「今寝たら…またあんたと会えなく、なる…」

あぁ、そうか。漸く合点が行った。
数時間後には、自分はコスタリカの密林へ向かうヘリの中にいるはずだ。さっきまで、そのために銃の整備をしていた。
そして、ここに帰ってくるのは約一週間後。
その前に自分に二人きりで会いたいと、それだけのために疲弊しきった身体をこうして引きずって来たのだろう。

ずっと腕を掴んで支えているのもどうしようもない。取り合えずとベッドに寝かせようとすれば、和平は力の抜けた腕で必死に抵抗した。
この状態でベッドに寝かせれば1分と持たず夢の中、目覚める頃には自分はもういない。

「んっ……スネーク………」

「カズ……」

強力な睡魔になんとか抗いながら、腕にしがみつく和平を愛しく思わないはずがない。油断すればいとも簡単に閉じていく瞼を懸命に持ちあげる。その瞳から、つっと涙が零れ落ちた。塩辛い雫を舐めとってやれば、和平はくすぐったそうに頬を震わせて。そのまま優しく唇を合わせた。
幾分元気がないながらも、必死に舌を動かし求めようとする。スネークの服にひっかかっていた指はたかるように腰へ回される。
会えなかった分の寂しさを埋め合わせるように求めあう。潤んだ瞳、縋る腕に理性は崩壊寸前だった。けれど、愛しい相手だからこそ、今本当に与えるべきものが何か、知らないわけがない。

名残惜しげに口を離せば、とろり溶けた碧い瞳と目が合った。サングラスを外して、ベッドに横たえた身体を力を込めて抱いてやる。

「スネーク…」

「カズ、お疲れ様……」

耳元で名を呼んで、ねぎらうように、労わるようにその背中をさする。この一週間で、また少し痩せただろうか。
自分の身を省みず、追い立てられるようにその身体に鞭を打つ。出会った頃から変わらないその姿勢は、見ていて酷く痛々しい。
彼の焦りを助長させている原因が自分にある事も分かっている。分かっていて助けてやれないことが、只もどかしかった。
自分にはこうして、弱った身体を抱きしめてやることしか出来ない。

程なく耳元で、規則正しい寝息が聞こえてきた。随分と満ち足りて、幸せそうな寝顔にこちらまで幸せな気分になる。
すっかり夢の中へと潜って行った和平をゆるゆると撫でていれば、数時間などあっという間だった。
まだこうして傍に居てやりたいが、任務は待ってくれない。
音をたてぬようにそっと身体を引くと、服に絡んでいた指が名残惜しげに落ちていった。

「カズ、行ってくる」

そっと額に口付ける。もう一度和平の寝顔を目に強く焼き付けると、静かに部屋を出た。










その後、スネークが一週間はかかるとわれたミッションを3日という驚異的な速さで完遂し、新たな記録を打ち立てることとなったとかならなかったとかいうのは、また別の話。






2カ月越し位でのんびり書いたんであんまり覚えてないんですが、確かめちゃくちゃ眠いときに思いついた話です。
帰って来たあとの話はきっとR-18。続きは皆さんの脳内にお任せいたします。





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