sweet nightmare 2


スネークの自室に辿り着くや、勝手知ったるとばかりにクローゼットを漁り、物言いたげな部屋の主に適当な夜間着を放ってやる。それを上手く捕えたのを音だけで確認して、やはり許可は得ないまま、その中で出来るだけ小さなシャツを自身の為に選んだ。一番小さなサイズのシャツでさえ和平には若干大きめに感じられたが、それに伴う劣等感にも勝る感情に、和平の頬が無意識のうちに緩む。

後は寝るだけ、と準備万端でベッドに腰かけ、デスクの上に置き放しになっていたグラスに口を付けるスネークを見上げる。ちびちびと時間稼ぎでもするような彼らしくない飲み方に、にやけそうになるのをどうにか誤魔化すべく眉根の辺りに力を入れる。その不自然な表情はスネークのお気には召さなかったらしく、左目が不機嫌そうに細められた。その半分ほどは照れ隠しであることを、最早知らないわけではない。

空のグラスを睨んだところで中身が湧いて出てくるはずもなく、ぽんぽんと急かす様にベッドを叩く音を無視することも出来そうにない。スネークは観念した様に、和平の隣に腰を下ろす。その勢いにベッドがぎしりと軋んだ。

「おい、ベッドが壊れるだろ」
「知らん。…で、どうするんだ」

非現実的な夢に魘されるのが、いかに子どもらしい悩みであるかということの自覚はあるようで、気恥ずかしいのだろうスネークの左目は和平を捕えようとはしない。
薄く頬を染めたその横顔も魅力的で大変結構だが、和平としてはやはりこちらを見て欲しくて、組まれた腕の裾を軽く引いた。

「………なんだ」
「手貸して」
「………どうして」
「いいから」
渋々と腕組みを解いて差し出された左手をとり、ぎゅっと固く強く握る。

「よし、寝るか」
「は?一体…」
「だから、このまま寝るんだよ」

意図が読めないのか、否、恐らくは薄々読めているのだろう、途端スネークの顔が一層険しくなる。予想通り解かれそうになる手を、もう片方で優しく阻止して。厳しい表情は解り易い照れ隠しだと都合のいい解釈を押し付けて、ベッドに身を預ける。

「手を繋いで寝るとな、同じ夢が見られるんだ」
「…つまり、どういうことだ」
「あんたがその怖い化け物に襲われたら、俺が助けに行ってやるよ。それに、俺の素敵な夢にあんたを招待できるかもしれないしな」
「…お前がいい夢を見られる保証はないだろう」
「あんたと手を繋いで眠れるんだ、いい夢じゃないわけがないだろ?」

スネークはやはり納得していない様ではあったが、それでも繋いだ腕を引けば、抵抗なく和平の隣に身を横たえる。
羞恥と恐怖とでは、恐怖が勝ったということだろうか。どちらにせよ、和平にとって喜ばしい事態であることには変わりない。
性的交渉に比べ、こういった恋人同士の睦み合いの様な行為を酷く苦手とするスネークが、こうもすんなりとこの行為を許容することは極めて珍しい。今は彼の気紛れの理由を探るよりも、有り難くこの幸福な時間を享受しよう。

和平は、いつもより近いスネークの額にそっと唇を寄せる。

「おやすみスネーク、いい夢を」
「…………あぁ」

殆ど真っ赤に近い顔を慌てるように逸らすスネークに、小さな笑いが零れる。程良い疲労と、何よりも例え難い幸福感に、目を閉じて間もなく、和平は深い眠りへと落ちていった。










「……………っつ!!!!」

眼前に迫る異形から身を守るため、勢い良く差し出した腕が毛布を跳ね退ける。弾む息も整えぬまま素早く周囲を見渡すが、そこにあるのは見慣れた自室の風景ばかりで化け物の姿は見当たらない。そうして漸く、その光景が夢であったことに気付く。しかし小刻みに震えるままの両手には、化け物の肉を抉り裂く感覚が未だ残っているかのようだ。
汗に塗れた皮膚に纏わりつくシャツが不快で、着替えを取ろうとゆったりと身を起こした。そこで初めて、和平の右手と繋がったままでいることを思い出す。

何が、『いい夢を』、だ。仰向けで規則正しい寝息を立てる和平の表情は妙に嬉しそうであり、スネークが悪夢に苦しんでいる間も、大方『素敵な夢』とやらを見ていたのであろう。悪気は無いのだろうが、タイミングを見計らったように和平の口から小さく笑い声が洩れる。

根も葉も無いことをさも絶対であるかのように無責任に宣い、大の大人、それも男同士で手を繋いで寝るなどとい羞恥に等しい行為を殆ど強要しておきながら、自分一人のうのうと穏やかな眠りを享受するのに腹が立たない訳が無い。
腹いせとばかりに、相変わらず間の抜けた顔で夢の中の和平の鼻を、ぎゅっと摘んで引っ張ってやる。
途端眉根を寄せ苦しそうにくぐもった呻き声を洩らすが、その程度の反撃では、憂さ晴らしにはとても足りない。
明日目を覚ましたらどうしてやろうかと考えながら、最後にもう一度ぐっと力を込め、解放してやった。和平は逃れる様に緩く首を振り、また微かに呻き。そうして小さく、スネークの名を呼ぶ。

目覚めたのだろうか。少なくとも、彼がスネークであれば次の瞬間には跳ね起きていただろう。しかし和平はほんのわずか身動ぎしただけで、一向に目を覚ます気配もない。一兵士としては如何なものだろう。スネークは浅くは無い溜息を吐き出す。

相棒の吐く嘆息も知らず、和平は未だ険しいままの表情で、その左手を握ったままの腕を引く。
スネークが身を起こしているために、掴みにくいのだろう。自ら引いた腕は掴んだスネークの手までは引き寄せられず、絡めた指が解けていくばかり。辛うじて最後に一本引っ掛かった人差し指が、自らの手の重みに耐えきれずに、スネークの指の上を滑り降りるその瞬間。スネークは咄嗟に落ちていく指を追い掛け、その手をまたしっかりと握り直す。
と、和平の表情が、和らいだ。

「…何をやってるんだ俺は……」

手を繋いで眠る。この行為の効力の無さは既に保証付きだというのに。

再び幸せな夢に戻っていったかのような寝顔を眺めていると、どうにもその手を振り解く気にはなれない。
眠る和平は薄く口を開き、髪を下ろしている所為だろう、幾分幼く見える。平素は誰よりも頑なで、負けず嫌いなこの若者が、本当に素直になれるのは眠っているときだけなのかもしれない。だから自分は今、子供染みた甘えにすら付き合ってやっているのだろうか。

「…いや、違うな……」
スネークは自らその答えを否定する。結局、素直であろうがなかろうが、自分は和平には甘いのだ。少なくとも、泣きだしそうな顔を見て怒りを収めてしまうくらいには。
こうして二人きりになるのも、もう何日振りだろうか。和平が今日まで、明日の任務の為にどれ程の準備を重ねてきたか知らないわけではない。無事に準備を終え、気が抜けたのかもしれない。あるいは、自分と二人きりになれたのが余程嬉しかったか。そんな彼が多少調子に乗ったところで、責める気になれるはずはない。

右手は握ったまま、和平の隣に再び身を横たえる。柔らかな金糸をそっと梳きながら、スネークは小さく苦笑を漏らす。
男同士で手を繋いで寝ようなどと、とんだ物好きもいたものだ。それを許容してしまった自分も大概なのだろうが。
しかし、あんなにも期待溢れた顔を見せつけられて、誰が拒むことなど出来るだろうか。

それに、とスネークは思う。
この状況を、何処か満更でもないと感じている自分が確かにいる。
血と硝煙の臭いばかりが立ち込める戦場を、急き立てられる様に駆けずり回る日々の中で、束の間の穏やかな時間、休まるのは決して身体だけではない。
案外、甘えているのはこちらも同じなのかもしれない。

ふわ、と欠伸が洩れ、スネークは滲んだ涙を乱暴に拭う。朝はまだ遠く、もう一度夢を見る時間は十分にありそうだ。
つい先程まで見ていた悪夢が浮かぶようで、スネークはまた顔を顰める。が、すぐ隣、手を強く握る安らかな寝顔に、己の懸念が余りにも馬鹿馬鹿しいものに思えて。

もう一度だけ、信じてやってもいいかもしれない。俺は、こいつには甘いのだから。

ふ、と笑いを零して。スネークは目を瞑った。


















掬い上げられる様に、ゆっくりと意識が浮上する。
数時間ぶりの光に慣れぬ瞳にぼんやりとした輪郭が映り、その口が緩やかに開いた。

「おはよう、スネーク」
「……あぁ」

目覚めたばかりの乾いた喉では、酷く掠れた情けない声しか出せない。和平はそれに少し笑うと腕を伸ばし、寝癖の付いた髪をくしゃりと撫ぜた。覚醒しきらないスネークは何をされているかも良く理解できず、ただ為されるがままぼんやりとそれを眺めているだけ。

「悪い夢は、見なかったらしいな」

その言葉の意味と妙に嬉しそうな笑みの理由を、働き始めた脳が唐突に理解する。瞬間、スネークは慌てた様に力任せに腕を引いた。しかし、それを見越していた和平の身体はそれでも大きく揺すられはしたが、がっちりと握った手だけは放そうとしなかった。にやにやと楽しげな笑顔を浮かべ、握った手にもう片方の手を重ねる。

「いいじゃないか、もう少しくらい。良い夢見れたんだろ?」

スネークが夜中魘され起きたことを知らない和平は、何か勘違いしているのだろう、昨日の反省を忘れたか、明らかに調子づいている。スネークは小さく息を吐き出し、徐に引いた腕の力を緩めた。それに油断した和平が気を抜くのを見逃さず、突如引き寄せるように和平ごと腕を引っ張る。

「う、わ!?」

どんと音を立てるほどに強くぶつかってきた和平を身体で受け止め、衝撃に呻くその首に腕を回す。何が起きたかを理解した和平が、拘束から逃れる様にもがくが、その程度の抵抗では戒めが解けるはずもない。

「く、るし…スネ…ク……」
「カズ、三度目は無い」
「…?ん、スネーク、なんか顔熱くな…!?ちょ、いだだだだぁぁあああっ!!!」

暴れ喚いていたのが嘘のように、次の瞬間その身からすっと力が抜け落ちる。腕の中でぐったりと動かなくなった和平を、スネークはぞんざいにベッドの上へ放り投げた。

「一人で良い夢でも見てろ」

返事の代わりに洩れる呻き声。再び伸びて来る左手を弾いて、ふんと鼻を鳴らす。
任務まではまだあと少し。スネークは溜息を吐き出した。





そして、もうちょっとだけ手を繋いでてあげるスネーク…や、繋いであげない気がする。
私にはこれがカズスネなのかスネカズなのかよく分かりません。
野郎二人が手を繋いで寝るとか、ほんと誰得ですいません、俺得です。
当初はこの四分の一くらいに収まるはずだったのに、どうしてこうなった。


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